2ー1 友達の家で
ガタガタガタガタ
「ガタガタするな」
そんな?!
タケっちは俺に死ねって言うんですか!
協力者に説明が必要かなって思って家の前で待ち伏せてタケっちを捕まえた。死なば諸共とか自分の家バレがしたくないとかじゃない。勿論違う。友情に厚いだけである。
嫌そうに抵抗する親友に照れ隠しだと分かっている俺は実力を行使。無理やり快く部屋に上げさせて貰い、飲み物を揺すって持ってきて貰ったところだ。
今から話す恐怖体験を思って震える俺に、親友だと思っていた奴は酷い言葉を投げ掛けてくる。酷い。
「……麦茶持ったまま震えるから零れてんだろうが」
そうだね。
一先ずテーブルの上に零したお茶を拭き取る。
そして再び向かい合って座る。
では。
「待て。震えながらまたコップを握ろうとすんな。繰り返すだけだから。バカなのか?」
「ああ」
「待て。だからいいって訳じゃねえ。なんで握っ、あーまた零すし! ……なんなんだ? どうしたらやめてくれんの? 俺なんかしたか?」
「ああ」
「てめえ!」
いつもの挨拶をかましつつドッタンバッタン。痛い痛い。
傷心の友に更に傷をつけるなんて! 傷付いた(物理)! 慰謝料を請求する!
具体的には出涸らしじゃなくジュースとお菓子を出せよ! なんだよそれぐらいいいだろ!
暫し時を空けて。
再び向かい合う俺と
テーブルの上には勝ち取った戦利品が。甘い。友達の性格じゃなくてお菓子がね?
出された物は食べるというマナー値が天元突破してる俺を、タケっちは何が不満なのか最近上げることを覚えた前髪をイジりながら睨んでくる。これ見よがしな溜め息もプラス。
これは話し掛けて欲しい合図かな? やれやれ、構ってちゃんめ。仕方ない。
友達思いな俺が「まだお菓子食べてるでしょうがあ!」という言葉を飲み込んで口火を切ろう。
「何か悩み事か? 相談に乗るぞ」
「目の前で菓子食ってるバカとの縁が、どうやったら切れるかなって悩んでる。協力してくれるか?」
「わかるわかる。その髪ダセえよな」
「殺されてえのか?」
瞳に剣呑な光が宿り出した親友に対して……俺のできることなんて……。
「マジ似合ってない」
油を注ぐだけである。
唐突に立ち上がった友達にタックルをかます俺。
「離せ」
「やめるんだタケっち! 俺は友達を殺人者にしたくない!」
そっちの押し入れには金属バットとかパイプしか入ってないじゃないですか! なんで家にパイプがあるんですか?
そもそもタケっちは中学時代は野球に明け暮れていた坊主頭だ。身体付きも細身ながらガッシリしてて顔も強面。
なのに高校から髪伸ばして前髪上げられても。小学校からの知り合いとしては先入観がですね? いや他意はなくてですね? んねえ?
「五分刈りで、五分刈りでよかったじゃないか! 何が気に入らないって言うんだ?! 悪いところあるなら直すから! 私、頑張るから! だからお前も髪直せ」
「ぶっ殺す!」
もはや己の拳が凶器だとばかりに足にすがりつく俺に殴り掛かるタケっち。痛い痛い。
ある程度殴って収まりがついたのか、三度テーブルを挟んで向かい合う俺たち。
「全く。やれやれだぜ、やれやれ。さっさと本題に入りたいってのに、やれやれ」
「おまっ、……いや、いい。マ・ジ・で! 話進まんから、早く話せ……! そして死ね」
「タケっちの前髪が似合ってない問題?」
「しつけえぞ! なんでそんな……え、マジで似合ってねえの?」
……。
「ここに来た理由な。今日ラインで無理めのお願いしたじゃん?」
「え、待って待って。マジか? だからか? だから俺に彼女ができんのか? 話し掛けられねえのか?」
「髪のせいにするな!」
「お前が似合ってないとか言うからだろうが! ……うっそ。結構見られてるって思ってたのに……」
うん。見ちゃうよね。
そしてそれと彼女が云々は別問題だよね。
タケっちとは二年で別のクラスになったからクラス内の立ち位置は知らんが、まあ見ちゃうよね。しかしタケっちの青い顔を見るに……もしかしてしでかしてしまったのか?
気になる異性の前で気取っちゃった後か?
後の祭りか?
殴られ続けて見た目のダメージは俺の方が大きい筈なのに……ズッシリ沈んでいるタケっちの方が死にそう。誰が彼をこんな目に?!
まあでもあれだ。
「まだ傷が浅くてよかったじゃん」
「うるせえ!」
俺のおかげだぞ?
意外と傷が深いのか俯いて落ちていく友。そんなにか? 何したのお前。
親友が立ち直るまで、そっと見守るとしよう。
具体的には、お菓子が美味い。
何かを思い出しているのか時折「……あー!」やら「……っジか」やら呟くタケっちを放置しつつ腹を膨らませる。
思春期だから、色々あるよな。
ある程度回復したのかノロノロと顔を上げるイキり前髪に眉を片方上げて『大丈夫か?』と尋ねる。ジュース飲んでるからね。
簡単なジェスチャーが伝わったのか、タケっちはそれに苦々しげに手を振って応える。
「あー……もういいわ。明日髪切り行くし。んで? 何? なんか用か? なあ? ほんと……ほんと何……なんなのお前」
途中から文句になっとるがな。
ジュースを飲みきって答える。
「君にとってのセイヴァーさ」
「刺す方の?」
「刺す方の」
日本語訳サーベルの方。
こちらに構う気力もないのか自分の分のジュースに口をつけるタケっち。
「そんで? なんで俺が高城さん呼び出しの電話を学校に掛けにゃならんかったわけ?」
「それな」
本題な。
タケっちも勿論、高城 雫を知っている。
有名人だしね。
一切合切をぶちまけて、黄泉路だろうと共に駆け抜けることを一方的に約束した友に爆弾を渡そうとした刹那――――寒気を感じて言葉に詰まる。
いや待てよ? これって…………ゲロっていい系の話だっけ?
メイドが見ちゃった系の話だが、拡散はマズい気がする……。そういうのは糸を辿って最終的に犯人に行き着くのがセオリー(犯人談)。
それはいかん、俺のリスクが高まる。
「おーい、なあ? 聞いてる」
「聞いてねえ」
ちょっと考え事してるんだから大人しくしてろ!
手をワチャワチャとさせるタケっちにお菓子を一つ渡して黙らせる。それでも食ってろ!
整理だ。
学内の優等生美少女のちょっとアレなところを知ってしまったヒエラルキー底辺。見つかれば死。しかし証拠はない。俺が関連してるかどうかも既に闇。ちょっと気にかかるとすれば掛かってきたイタズラ電話……。
そこで、呑気に個包装のチョコ菓子を食ってるマヌケに視線が向く。
「なんだよ?」
こいつヤッちゃえば……。
「なんで立ち上がんだよ?」
確か鉄パイプがあったな。
「――っ! させねえ! なんか知らんがお前本気だな?!」
「あたぼうよ」
黄泉路は一人で行ってくれ。
今度はタックルを喰らう側になった俺。くっ、卑怯な奴めっ! 足にすがりついてくるなんて男らしくないぞ!
さっきまでとは違いドタバタが長い。なんせ本気なので!
「離してくれタケっち! 俺の輝ける未来の為に!」
「嘘でも世界平和とか言えねえのかお前は!」
「バルス!」
おらぁ! 硬い?! 鋼か、こいつの腹筋は!
やはりアイテムがないと。
互いに互いの命を狙うプロレスをやっていると、少し暴れ過ぎたのか、階下からダダダダダダダッと誰かが駆け上がってくる音が聞こえた。
やべ。
「うるっさい! 帰ってんなら……大人……し……く……」
扉を荒々しく開いて入ってきたのは、武居さん家の八千代ちゃんだ。
肩で切り揃えた髪に大きな瞳、愛嬌のある顔立ちにほっそりとした体型、とてもタケっちの妹とは思えないね。
蹴り開けた扉を見てなければ。
学校帰りなのか鞄片手にセーラー服姿のままで登場だ。
「お邪魔してまーす」
「おー、ヤチ。おかえりー」
瞬時に元の席に戻った俺たちに、怒鳴り込んだのが恥ずかしかったのか八千代ちゃんの顔が赤くなる。
「あ、はは……。えーと、あ、た、太洋さん。お、お久しぶり、です……。来て……たんですね?」
「うん」
来てました。
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