1ー1 机の下で



 おけ。状況の把握と正気の確認がまず第一だ。


 耳に響き続ける呪詛と、サラサラという馴染み深いペンを走らせる音だけが物置部屋を占めている。負けるもんか。


 毒々しい言葉とは裏腹に声の抑揚は抑えられ、淡々と続くそれが余計に怖かった。わかった。降参だ。負けでいい。もうやめてっ!


 状況はレッド。死徒です。正気っていうか瘴気は確認できそう。助けて。


 ちなみに俺の現在位置は、部屋の中央にデンッと置かれて、くっ付けられた四つの長机――の下にあるダンボールの中だ。


 ダンボールにインしてる。


 何故か?


 隠れたからだ。


 何故隠れているのか?


 ここに居ることがいけないことだと分かっているからだ。


 許可のない侵入中だ。スネークしてる。


 だからか? だからこんな罰を受けなきゃいけないのか?


 だとしたら罰が重すぎるよ神ぃ……。


 思春期真っ只中の青年に、こんな今後の女性関係に響きそうなトラウマを植え付けるだなんて……。もう女の子に夢を見れないよ! あんたほんとに神かよ?! この悪魔!


 ああ……こんなことになるんなら、こんな場所見つからなきゃ良かったんだ。


回想入るよ。


 事の起こりは一年の時の文化祭。


 模擬店をやるというクラスの意志に平メイトの俺が何を述べれる訳もなく、 唯々諾々と使わない机を屋上前の踊り場に運んでいた時の事だ。


 『力仕事はオメーらがやれ』そんな女子の重圧に負けた顔がイケてないメンズ、略してイケメンの俺たちは、教室が二階という位置にも拘わらず四階より上の踊り場に不要な椅子や机を運ぶという仕事を授かった。女子はイケメンが好きだからな。ははっ、こんな力仕事できないってぇー。ムリムリ。……え? あ、はい。……ドぐされビッチどもがぁ。


 給仕は女子(上ランク)、調理は男子(上ランク)という公平な振り分けの下に得た、裏方(残り者)が我らの仕事。


 当日の拘束時間が少ないという理由で仕事量は多め。


 残り者にはしごとがあるとか、昔の人は何を言っちゃってるのかな。バカなの? 過労死するの?


 そんなフワフワした物じゃなく、もっと即物的なご褒美はなかったん? 大丈夫なん? 昔の労働条件。


 昔だもんな。


 「部活が」「習い事が」と一人二人と消えていく中、いつの間にやら教室に残っていたのは俺だけだった。


 弱者は淘汰されたのだ……。


 むしろ淘汰されちゃった。


 ちくしょう。


 友達だと思っていた奴らは普段はサボるばかりで碌に行かない塾なんぞに行きやがった。


 奴らが異世界転生することを祈ってる。


 具体的に?


 ハネられろ。


 そんな、無双好きの友達の夢が叶うといいなと思っている心優しい俺は、しかし翌日の「机運び終わってないじゃん!」という女子の叱責を恐れ、渋々と机を四階の踊り場へと一人で運んだ。


 言い訳の無い俺に視線が集中するのはわかってる。友達だと思っていた奴らは流れるように言い訳を吐いて俺を売るだろう。なんて奴らだ! 俺もそうする。だから頑張る。


 しかし全部はやりたくない……むしろ一つもやりたくないがそういう訳にもいかない、そう思った。


 ……一人なんだよ?


 ……ここは一人で頑張った程度にしておくのがコツだろう。一人前。仕事ができる男をそう言う。よせやい。


 そこそこやってあり、まあ一人でやったんなら仕方ない、許せる、そんな仕事量がいい。


 ここで一人で頑張ったとしても、それを褒められることも詫びられることもないのだから。


 なら適当に手を抜いても、うん。


 問題ない!


 いやあった。


 手を抜くと決めたので、四階の踊り場に持っていった机や椅子は、規則正しく並べなかった。


 この方が頑張った感出てるんじゃね? とか思ったのもいけなかった。


 しかも四階まで登るのがダルくて、踊り場に到達すると割と適当に放り投げる感じで机を置いていった。


 ぶん投げていた訳じゃないんだが……上に重ねていた椅子が滑る程度には適当だった。


 滑った椅子は隣の椅子に当たり、そこからはドミノ倒しのように机や椅子が、何故か置いてあった去年使ったゲートやらを巻き込んで連鎖して倒れてしまった。


 ……うわーお。


 見て見ぬ振りをして帰っても良かったんだが、ここを使っているのはうちのクラスで、机やら椅子やらを運び込んだのは裏方で、今日残っている裏方は俺だけという……コナン君されちゃうのが間違いなかったので、仕方なく片付けを始めた。


 真面目に運んでいたらとっくに終わっただろう時間まで掛かった。


 人間コツコツやるのが大事なんだと学んだ。こういうことから教訓ってのが生まれるんだろうな。


 机は投げちゃダメ、絶対。


 キチンと机と椅子を整理しながら掘り出して積み上げ、それが去年の学祭に使ったと思われるゲートや小道具まで及んだ時に、そこを見つけた。


 扉だ。


 異世界に行けるとかそんなんじゃなく普通に壁にある扉。


 屋上への扉じゃない。それはまた別にある。


 ここは、かつて物置部屋と呼ばれた部屋の扉だ……。


 いや、今も呼ばれてるんだけどね。


 ただこの部屋の扉は、開かない。


 曰くがあるわけじゃなく、なんでも鍵を紛失してしまったらしく、開かずの部屋になっているそうだ。なんつうドジよ。


 本来なら踊り場に置いていた机や椅子は、ここの中に収納する筈だったというから、鍵を亡くした先生には感謝だ。


 運び入れとかめんどくさそうなんで。


 ……ハッ?! だから去年使ったゲートやら小道具やらが行き場を無くして踊り場に放置されてるのか! おう、感謝返せや。


 だからという訳じゃないが。


 余計な仕事となった倒れた小道具やらゲートを立たせている時に、何気なく扉のノブを回してみたのは、開かないというのが伝聞だったせいというか……まあ、ただなんとなく試してみる気になっただけというかなんというか。


 ガチャリ。


 しかし扉は開いた。なんでやねん。


 ……開きましたけど?


 中を覗くと、物置部屋は意外と広く綺麗だった。


 ただ長机とパイプ椅子、空の棚や掃除道具でも入ってそうなロッカーなどが、そこそこのウエイトを占めていた。ここを整理して運んできた机と椅子と去年の備品とを今更運び入れるのは……ハハハッ。


 ……嘘だと言ってっ……!


 現実逃避気味に扉を閉めて、一息。


 ……どうしよう。


 誰かさんが机やら小道具やらを整理したお陰で扉までは到達しやすくなっている。


 しかもここ、開くのだ。


 先生か誰かに見つかって、机やら……何なら去年の備品まで中に収納するように言われるのは時間の問題だと思われた。


 言われるのはどこだ?


 うちのクラスだ。


 うちのクラスの誰だ?


 裏方だ。


 裏方ってのは誰だ?


 俺だ。


 ……どどどどうしよう? どうしようどうしようどうしよう!


 なんでどんどん面倒になるの? 俺がなんかしたの? 謝ったら許してくれるの?


 動揺のせいかノブをガチャガチャと回していたら――カチャンという音が響いた。


 それはまるで……。


 確かめるように扉を引っ張った。


 開かない。


 神よ……! あんた神様だよ!


 オッケー、最高だぜ。しっかり鍵が掛かってやがる、ヒュー!


 なるほど。


 もしかしたら部屋の中に鍵を置いたまま鍵が掛かって、開かずの扉とかになったんじゃないかな。きたこれ名推理(普通)。


 ……うん。だとしたらなんで開いた?


 鍵は古いタイプのモノロック錠だ。


 ノブをガチャガチャすると閉まるってことは、だいぶイカれてる。


 ……衝撃か? もしかして叩いたら開くんか?


 とりあえずバンバンやってみた。


 開かない。


 手が痛い。


 ……そういえば、位置的にゲートが倒れたのはこの辺り……。


 ふと高めのゲートが当たった位置を目算して、そこらを強く叩いてみる。


 ガチャリ。


 ……なかなか面白い音が鳴るやないかい?


 ノブを回すと――再び扉が開いた。


 にやり。


 これは使える。


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