第16話 人とエルフ


朝になり、エリザが攫われた話を聞きつけたガリオンさんが私兵を動かそうとするのを必死に止めた。

昨日、翠色の勇者は気になることを言っていた。

『花だけでは飽き足らず』と。

きっと花とは聖地に生えるという花の事だろう。

彼の様子からするとその聖地もしくは花そのものに何かあったのかもしれない。

その事をガリオンさんに聞くと彼は不思議そうに首を傾げた。

「聖地に何かあったとは聞いておりませんな。ただ、今年は花が少ないので取引ができないとだけ伝えられております」

「花が少ない……?」

それはおかしい。

聖地の花は小さく沢山花をつけるものだからだ。

やはり何か起こっているとしか思えない。

「おかげで今年の香水は値段が高く買い手がつかないのですよ」

ガリオンさんは困っていると眉を下げる。

「とにかくエルフの里に行ってみよう」

「それがいいですな。通行証を発行させましょう」

ヒイロの言葉にガリオンさんが頷く。

緑深き森に入るには領事館の発行する通行証が必要なのだ。


私たちは通行証の発行を待って緑深き森に向かうのだった。



*********



エルフの里は思っていたほど閉鎖的ではなかった。

ガリオンさんと取引をしているおかげか、人間だからと追い返されることがなく安心する。

私たちは道行く人にお願いして村長の家へ案内してもらった。

「お客人よ、よくぞまいられた」

村長は手土産も事前連絡も無しに来た私たちを不審がらずに歓迎してくれた。

私たちは居間に通され、草で編んだ座布団の上に座る。

「して、何用か?」

「単刀直入に言おう、昨日俺たちの仲間が一人のエルフに攫われた。そいつの情報が欲しい」

「ほう……なるほど、なるほど」

何かを納得したように何度も頷く村長に短気なヒイロが不機嫌になっていくのが分かる。

「恐らくアルトの奴じゃろうな。奴は聖地が人間に穢されたと激怒しておる」

「それは一体どういうことなんですか?」

私が聞くと村長は私の方を見て目を見開いた。

「おぉ、聖女様がいらっしゃったとは!」

「え、わかるんですか?」

ステータス画面も見ずに分かるものなんだろうか?

「わかりますとも、精霊がそう言っておりますので」

「そ、そうですか」

傍に精霊がいるんだろうか?

私には見えない。

「アルトは翠色の勇者様の子孫で聖地の番人をしておりますじゃ」

「勇者の子孫!あいつが?!」

ヒイロが驚いたような声を上げる。

その言葉に頷いて肯定すると長老は言った。

「聖女様がいらっしゃるなら聖地を見てもらうのが一番いいじゃろう」

そう言って村長は傍に控えていたエルフの青年に道案内を命じる。

「願わくば、聖女様にあ奴を怒りから解き放っていただきたい」

「できるかわかりませんが……」

と私は一言断っておいた。

だって本当にできるかわからないからだ。

すでに私の知るゲームのイベントとは違う動きをしているためこれから先どうなるか全くわからない。

「それでも、あ奴をよろしくお願いする」

「……はい」



私たちは青年に案内されて聖地に向かうことになった。



********



「飯だ。食え」

朝になってようやく扉を開けてくれたアルトにそう言って渡されたのは朝咲きのスイートベリーだった。

「ありがとう」

お腹もすいていたのでありがたく受け取る。

端を少しかじると甘い汁が口の中にあふれ出す。

「……本当にエリザなのか?」

一晩経って冷静になったのか確認するようにアルトが言う。

「本当ですわ。聖地の花で花かんむりを編んだエリザですわ」

その花かんむりを持ち帰ったことで良い香りに目を付けたガリオンによってエルフの里との交易が始まったのだ。

「その話……本当なんだな」

ようやく本人だと信じてもらえたらしいことに安堵する。

「ねぇアルトさん、何があったんですの?」

「……花が、咲かないんだ」

「え」

「半年前に聖地に人間が迷い込んできた。そいつは街に送り届けたがそれから聖地の花が枯れて、新しい花が咲かないんだ」

「そんな……」

あの美しい花畑が今枯れてしまっているということにショックを受ける。


「大変だアルト!村長が人間を聖地に!」

「なんだと?」


エリザが何か言う前にエルフの少年が駈け込んできてアルトはそちらに目を向けてしまう。

「すぐ行く」

「お待ちになって!」

「エリザはここにいろ」

そう言って扉は閉ざされてしまう。


「アルトさん……」


扉に縋る様に身を預ける。

一体何が起きているのだろう。

本当に人間のせいで聖地に異変が起きているというのだろうか。

「確かめなければ……」

そのためにはまずここを出ないといけない。


「誰か……!いないのですか?!」


エリザは声を張り上げて叫ぶ。

すると声が帰ってくる。

「そんなに叫ばなくても聞こえているよ」

「あなたは?」

「君を助けに来たのさ」

そう言って声の主は扉を開けてくれた。

そこにいたのはどこにでもいるような青年で、どうしてここにいるのか不思議に思う。

「聖女様に伝言を頼みたい」

「え、えぇいいですわよ」

青年の正体がわからず警戒するエリザに彼は言った。


「今回の件、魔族が関わっている」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る