第4話 敵襲
彼は私の前に立ち塞がると不機嫌そうな顔で私を見下ろしてきた。
「あの、何ですか?」
「昨日の詫びだ。町を案内してやる。有り難く思え」
「え、結構です」
反射的に答えてしまった。
でも恩着せがましく言われると嬉しくもないし嫌だ。
というか今日起こるのはこんなイベントじゃなかったはずなんですけどー!!
他の冒険者に絡まれて助けられるっていう胸キュンな出会いイベントのはずなんですけどー!!
何こいつ私の知ってる緋色の勇者様じゃないみたい。
「なんだと……せっかく俺が案内してやろうと言うのに、面倒だな」
また面倒と言われてムカっとする。
「そんな高圧的な態度の人に案内してもらうほど暇じゃないんで!」
そう言って私は緋色の勇者の横をすり抜けて出口へ向かう。
後ろから声を掛けられたが振り返ることはしなかった。
何あれ何あれ何あれ!
私の好きな緋色の勇者様と全然違うんですけど!
私の知るヒイロ・レスタルヴァはこのレスタルヴァ王国の第二王子で熱血、第一王子と比較されることもあるが気にしない心優しい王子様で間違っても女性相手に面倒とか言うような人じゃなかった。
ていうか普通に腹立って逃げてきちゃったけど怒ってないかな……
ちょっと反省しながら私は大通りを歩いていく。
そしてちょうど見かけた防具屋に入る事にする。
「おぉ、適当に見てってくれや」
こちらを見ずにそう言ったのはカウンターの奥にいる小さなおじさんだった。
「もしかして、ドワーフ?」
思わず呟いたのが聞こえたのかおじさんが私の方を見る。
「もしかしてもなにもドワーフだぜ?今時珍しくもないだろ」
「あ、ごめんなさい。私山奥に暮らしてたからドワーフと会うのは初めてで……」
「なんだ。そうなのか。まぁ小さいだけのオヤジだよ」
「そんな!あの、ここにある防具はおじさんが作ったんですか?」
チラリと展示されている防具を見る。
どれも綺麗で、それでいて防御力がありそうなものばかりだ。
なによりデザインが良い。
「あぁ、そうだぜ。お嬢ちゃんだと……この辺だな」
そう言ってカウンターから出てきたおじさんが教えてくれたのは軽くて丈夫なミスリルを使ったらしいブレストプレート類だった。
どれも可愛らしくて女性用のデザインだと分かる。
「金貨150枚くらいだとどれになりますか?」
「そんなにあるなら……これだな金貨142枚だ」
それは何かの皮を使ったプレートとローブが一緒になったデザインだった。
サイズもちょうど良さそうだ。
「魔法で強化されてるから見た目よりは防御力があるぜ」
「じゃあそれで!」
「まいど!」
きっちり金貨を142枚渡してローブとプレートを受け取った。
その場で試着する。
「うん?ちょっとばかし調整が必要か」
そう言っておじさんは留め具の締まりを微調整してくれた。
おかげでピッタリした着心地になる。
「ありがとうございます!」
「アフターサービスも仕事のうちよ。修理なんかもやってるから壊れた時は持ってきな。ま、金はいただくがな!」
「ぜひ来させてもらいますね!」
お礼を言って店を出た。
カンカンカンカン!
急に鐘の音が響き渡る。
ざわりと周囲を歩いていた人々が騒ぎ出す。
普通じゃない様子に私はどうしたらいいのかと立ち尽くした。
「おい!お前!」
店を出てすぐに呼び止められる。
聞き覚えのある素敵ヴォイスにトキメキを少し感じたがすぐに嫌な気持ちになった。
「……なんですか」
声の方を見れば予想通り緋色の勇者がこちらに向かって来ている。
彼は私の前で立ち止まると
「なぜこんな所で突っ立っている?!この鐘の音が聞こえないのか!」
と言ってきた。
私は首を傾げる。
「この鐘の音は一体何なの?」
そう問いかければポカンと口を開けて私を見た。
「#敵襲__・__#の鐘だ!!冒険者は皆南門へ向かったぞ?!」
「敵襲?」
一体どういう事だろう。
そんなイベントこんな序盤じゃ無かったはずだ。
「お前も冒険者なら来い!」
そう言って彼は私の手を引いた。
少し強引な仕草にドキッとする。
推しに触れられてドキドキしないほうが無理だと思う。たとえそれが理想の推しじゃなくても。
仕方なく私は手を引かれて南門へ向かうのであった。
私たちが南門に着いた時にはもう戦闘は始まっていた。
敵はガーゴイルで数え切れないくらいいる。
正直押されているように見えた。
「あ、ヒイロ様!」
私たちの姿を見つけて駆け寄ってくる者がいる。
蒼色の勇者ユウト・ハイランドだ。
彼は杖を胸に抱きしめ涙で潤んだ瞳で緋色の勇者を見た。
「ヤバイですよぉ!もう逃げましょうよぉ!」
誰これ。
私の知る蒼色の勇者はこんな臆病な事言わない。
冷静沈着でパーティの作戦参謀でクールビューティ、泣きそうな顔なんて絶対見せないキャラだった。
一体どうしてこんなにキャラが違うんだろう?
不思議でならない。
「確かにこの数は面倒だな……」
出た。面倒。
私は呆れて緋色の勇者を見る。
「では敵前逃亡ですか」
「なに……?」
私の言葉にムッとした表情を見せた。
「人の事引っ張ってきておいて逃げるの?」
「逃げるなんて言ってねぇ!」
「じゃあすぐに面倒だって言うな!聞いてて気分が悪くなる!」
「なっ?!」
私は思っていたことを叩きつけるように言う。
「じゃあ私は行くから!」
そう言って私は魔法剣を抜いて走り出した。
緋色の勇者
私は冒険者に混ざって魔法剣を振るう。
石のように硬いガーゴイルの皮膚を魔法剣はいとも簡単に切り裂いた。
「さすが剣聖スキル……チートだわ」
何匹目かも分からないガーゴイルを切り捨てて次の標的へ向かう。
新しい防具のお陰で擦り傷も無い。
本当にいい買い物をしたと思う。
「はぁっ!!」
向かってきたガーゴイルを縦に真っ二つにする。
「なんでこんなにガーゴイルが……」
始まりの町周辺の敵は弱い奴ばかりでガーゴイルなんてもっと先の、それこそ魔族領まで行かないと出てこない筈だ。
「みーつけた」
空から降ってきた声に驚いて上を見ればそこに金色の勇者の姿があった。
「まさか、このガーゴイルはあなたが?!」
嘘であって欲しいと思いつつ問いかける。
「その通り!俺の魔法で作ったゴーレム達だよ」
確かに、金色の勇者のスキルは土操作でゴーレムの作成を得意としていた。
まさかそれを仲間になる筈の彼に差し向けられるとは思ってもみなかった。
「どうしてこんなことをするの?!」
「そんなの、君の力を見るために決まってるだろ?」
「え……?」
思いもよらない言葉に動きが止まる。
私の力?
まさか魔を払う聖女の力のことだろうか。
「俺の魔法を破った力、どんな能力か分からないが野放しにしておくには危険すぎるからな」
彼が手を振るとボコボコと地面から新たなガーゴイルが三体生まれた。
「くっ!」
問い詰めたい事はあるけれど今は目の前の敵を何とかしないと……!
私は再び魔法剣を構える。
三匹は同時に飛びかかってきた。
頑張れば二匹いけるかもしれないけど三匹はキツイ。
「危ない!」
私の横から飛び出してきた氷の塊がガーゴイルの一匹に当たり砕け散った。
ガーゴイルもその場に崩れ落ちる。
「でやぁ!」
気合いの一閃が残りの二匹いたガーゴイルを叩き斬った。
振り返るとそこにいたのは蒼色の勇者と緋色の勇者の二人だった。
「あなた達……」
私の言葉に緋色の勇者はフンと鼻息を吐く。
「元から逃げるつもりなんてねーよ」
そう言って好戦的な笑みを浮かべる。
その仕草を格好良いと感じてしまうのは推しのすごい所。
「ぼ、僕は逃げようって言ったんですけど……ね……」
ちょっと諦めたように蒼色の勇者は言った。
二人は親友で主従でもあるから緋色の勇者の決定には逆らえないんだろう。
「見るからに年下の女にあんな事言われて平気なわけねーだろ?」
つまり私の言葉に発破かけられたと。
緋色の勇者は剣を構えて空を見る。
そこには変わらず金色の勇者がいてこちらを面白くなさそうに見ていた。
「その子の力を見たかったのに邪魔するなんてつまらないなぁ」
「魔族が人間に興味を持つとは珍しいじゃねーか」
緋色の勇者はチラリと私の方を見る。
「はぁ、やめだやめだ。やる気無くなっちゃった」
金色の勇者が手を振って更にガーゴイルを沢山召喚した。
ガーゴイルに囲まれて一気に形勢不利になる。
「俺は退散するよ、じゃあね」
そう言って彼は飛び去っていく。
「くそ、逃すか!」
「ひ、ヒイロ様!危ないですよぉ!」
緋色の勇者が追いかけようとするが周囲を囲まれていて下手に動けない。
「どうしよう……」
いくら剣聖のスキルがあってもこの数を相手にするのは厳しいものがある。
困っていると今まで黙って成り行きを見ていたティアが話しかけてきた。
「聖女様、好感度が一定値を超えました!今こそ加護を与える時です!」
「え、か、加護?!」
聖女の加護とは相手を勇者に任命する儀式である。
こんな状況で加護を与えるって何を言っているのか……。
ていうか好感度が一定値を超えたって、この状況で?!誰が?!
「彼です!」
とティアが指差したのは緋色の勇者だった。
お前こんな状況でなんで好感度が上がったし。
ツッコミたいのを心の中に押さえ込んで私は緋色の勇者に言った。
「あなた、名前は?」
「は?なんだ急に」
「いいから、名前は?!」
「ひ、ヒイロだ!ヒイロ・レスタルヴァ!」
いきなり名前を聞かれて怪訝そうな表情をしたが勢いに押されたのかすんなりと名前を教えてくれる。
「ヒイロ、しゃがんで!」
「なんでだ?!」
そういいつつも片膝を立ててしゃがんだ。
私はその正面に立つと急いで祝詞を口にする。
「聖女さくらの名において、ヒイロ・レスタルヴァを緋色の勇者に任命する」
少し恥ずかしいけれどヒイロの額にキスをした。
すると聖女の力が体から溢れてきて周囲のガーゴイルを土塊に戻していく。
すぅ、と心に熱い意思が灯った気がした。
唇を離すとヒイロは立ち上がる。
ガーゴイルが一掃されたのを確認して不思議そうに私を見た。
「聖女……?」
「はい……一応、そうです……」
「俺が緋色の勇者?」
確認するように聞いてきたので頷く。
すると信じられないものを見たような表情で私を指差した。
「全然美女じゃねーじゃん!!」
「うるせー聖女に夢見てんじゃないわよ!!」
私の右ストレートが顔面に命中したのだった。
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