♰24 予感。




 夜になっても、顔も頬も熱くて、治まらない。

 私はベッドの中で、呻くこととなった。


「うぐあああっ」


 触れられた唇まで、まだ熱いように思えてしまう。


「……」


 金色の瞳を向けてきたキーン。

 呆れているように思えた。

 さっきから、うるさかったかもしれない。


「ごめん、キーン。さっきは、ありがとう。また助けてくれたね」


 いい子だ、と私は親指で額を撫でつけた。

 ぷいっと、そっぽを向かれる。


「キーンはまだ、ぐったりだね。ゆっくりしていていいんだけど、でも私は近いうちに旅に出ようって考えているんだ」


 子猫の顔が、こっちにまた向けられた。


「その時はどうする? 妖精さんのお迎えが来るまで、待っているべきかしら……」

「……」

「約束した通り、そばにいる間は私が守るよ。……助けられてばかりだけれども」


 苦笑いをしてしまう。

 私が守るって約束したのに、頼りないなんて思われただろうか。


「……キーンがいてくれなかったら、どうなっていたことやら……本当にありがとう」


 もうメテ様に捕まらないようにしなくては。

 少し落ち着いた私は、ゆっくりと眠りに落ちた。




 翌日。グラー様を会いに行こうと考えていたけれど、彼の方から部屋を訪ねてきてくれた。


「おはようございます、コーカ様」

「グラー様ぁ!」


 私は泣きつくように、グラー様に駆け寄る。


「おやおや、どうなさったのですかな?」


 にこにこと穏やかなグラー様。

 おたくのメラ様が!!

 ピティさんの退室を待ってから、伝えた。


「メラ様とは、もう一緒に作業が出来ません!!」

「メラですか? 変身を見せたとご機嫌でしたが……メラが嫌いに?」

「変身を見て嫌になったわけではないです! 変身は素敵でした!」

「それはよかったです。変身を見たがっていましたからね」


 グラー様は、のほほんとしたまま。

 変身自体は、本当に素敵なものだった。


「メラにも言ったのですよ。きっとコーカ様なら、変わらないまま見つめてくれると」

「……そうなんですか?」

「ええ、そうです。ここ数日、思い詰めていたようなので、背中を押す言葉をかけました」


 グラー様が、背中を押したのか。


「そう言えば、ずっとむくれた顔をして考えてましたね」

「ゴホゴホ……。失礼。魔法道具作りで、旅に出る準備をしているとわかっていましたね。少々腹を立てていたのでしょう」


 少し咳をするために、顔を背けたけれど、私と向き直ると教えてくれた。

 なるほど!

 あの問いたそうな視線は、それが原因か。

 腹を立てられるのは、ちょっと理解できないけれど、納得した。


「ゴホゴホ」


 また咳をするグラー様。


「大丈夫ですか? 風邪ですか?」

「ご心配をどうもありがとうございます」


 やけに重たい咳をしているな、と思ったけれど、グラー様はただ微笑むだけ。

 風邪だと肯定することなく、否定もしなかった。

 そこで、扉がノックされる音が響く。

 グラー様が確認すると、どうやら彼を呼びに来た魔導師みたい。


「申し訳ございません、コーカ様。また時間を作って会いに行きますので」

「は、はい……」

「大丈夫ですよ」


 何を根拠に思っているのだろうか。

 私は、昨日捕まって唇を奪われたのだけど……。

 お忙しいグラー様を廊下まで見送っていれば、また咳をする姿を見た。

 ご老体の上に、あの重たい咳。何かの病気なら、休んでほしい。

 仕事なんて、大丈夫だろうか……。




「口付けしていいか?」


 トリスター殿下の稽古は、休みだとピティさんに教えてもらったので、キーンを連れて庭園で読書をすることにした。

 奇しくも、初めてメテ様と初めて言葉を交わした場所。

 メテ様は、歩み寄ってきた。にこっとご機嫌な開口一番がそれ。


「え、なんで許可がもらえると思うのですか?」


 きっと無理やりすれば、目を合わせてもらえないとわかっているから、訊ねたのだろうが。

 あらかじめ、聞けばいいってわけではない。


「まんざらでもないだろ?」

「自信過剰にもほどがありますっ」

「よくなかった?」

「うっ」


 嘘ついてもバレると思い、私は本で顔を隠した。

 よくなかったわけではない。

 いや、初めてなのだ。悪くも、よくも、わからない。

 比較出来る経験がないのだ。

 メテ様は、遮る本を軽く押して退かすと、目を覗き込んだ。


「初めてにしては、よかっただろう?」

「~っ!!」


 がぁああっと赤面する。

 互いに初めてなのに、その事実は恥ずかしいのに、よかったことを確信している笑み。

 あのファーストキスは、互いにいいものだったと思っている。

 私は、本の中に顔を突っ伏した。

 無邪気に喜んでいるメテ様の眩しさに、目が眩みそうだ。

 こっちは年上の三十路だっていうのに!

 こんなに動揺させられるなんて! なんか悔しい!

「その反応、そそる」


 にやりと口角を上げたメテ様のルビーレッドの瞳は、獲物を捉えた肉食の目に思えた。


「まぁいいさ。ところで、いつ旅に出るつもりなんだ? この城から出るつもりなんだろう?」

「……」


 近いうち、なんて。

 正直に話したら、どんな反応をされるのか。


「コーカが、”本物”だってバレるのも時間の問題だと思ったが……まぁ、オレも、誤解した連中のために城に居座る気はない。……誤解だなんてもんじゃないか」


 聖女に関することを口にし出したから、周囲に人がいないかを確認した。

 誰もいないさ、とメテ様は目の前に腰を下ろして、話を続けようとする。


「あの偽物も、自分が違うって気付いたら、コーカに何をするかわからないぞ」


 そうなんだよね。

 あの性格では、攻撃を仕掛けてくるはず。

 絶対に、立場が逆転したら、許さないだろう。


「グラーのじいさんも、”本物”を見送ろうなんて……いや、どっちが先なんだ?」


 グラー様の名前が出てきて、意味深に呟くメテ様。

 綺麗な指先が、自分の顎を撫でる。


「どっちが、先って……どういう意味ですか?」

「……」

「メテ様?」

「オレも一緒に行ってもいいか?」


 質問に答えてくれず、ただ笑いかけてきた。


「旅だよ。そうすれば、わざわざ魔法道具をそろえなくても、いるだけで便利だぜ?」

「あっ……えっと……え?」


 突然の発言に、私は戸惑う。


「でも、メテ様には仕事が……」

「こっちにいる理由がもうすぐなくなるから、どうするかは決めかねていたんだ。コーカといることを選ぶ」


 私のすぐそばに横になったメテ様は、空を見上げる。


「旅ね……考えたことあったが、実行しようなんて、面白いな」


 そう笑うと、メテ様は目を閉じた。

 え? 寝ちゃうの?

 すやーっと深い息を吐いたあと、規則正しい息を立てた。

 右には、メテ様。左には、キーン。

 挟まれた私は、肩を竦めながらも、読書を再開させた。

 静かな時間が、過ぎっていく。

 その日、グラー様は会いには来なかった。

 忙しいのだろうと思い、日を改めて時間をもらおうと思い、トリスター殿下と稽古をする。

 当たり前のようにやってきたメテ様は、またもや開口一番に「口付けをしよう」なんて言うものだから、変な空気になってしまった。

 トリスター殿下は、笑顔を張り付けたままだったけれど、背後のオーラが黒く感じる。刺々しい。

 なんか……怒ってる……?

 以前は、私をメテ様と取り合うつもりはないなんて、はっきり言っていたのに……。

 まるで嫉妬しているみたいだ。変なの。気のせいよね。

 いくらモテ期でも、断言していた腹黒王子まで……。まさか。


「稽古はいつまで続けるんだ?」

「トリスター殿下のですか?」

「コーカの可愛さに惹かれてるって理解してるか?」


 魔法材料庫で、作業をしながら、メテ様は問う。

 この人、私のこと、可愛いとか思っていたの?

 メテ様もやっぱりそう思うってしまうぐらい、トリスター殿下はあからさまだったのか。


「それとも、玉の輿が狙いか? 聖女なら、王子と結婚出来るが……問題が多いぜ。王弟殿下も好意を持っている。ドロドロだな」


 他人事みたいに、くくくっと笑うけれど、この人が筆頭なんだよな……。


「玉の輿とか、興味ないですね。私は聖女ではないですし」


 きっぱりと否定をする。聖女じゃないとは言われてないけれど、聖女の座は奪われた。なので、実質私は ”聖女じゃない”。

 それこそ、面白い冗談みたいに、ふっと笑うメテ様。


「聖女じゃない、ね……。とにかく、これ以上は惹きつけるなよ。オレはコーカを大事にしたいと思っているが……嫉妬で何するかわからないぜ」


 ちゅ、と不意を突いて、私の左耳にキスをしてきた。


「ちょっと! いきなりキスをしないでください!」

「いいだろう? 唇以外なら、勝手にしても」

「よくないですよ! グラー様に言いつけますよ!」


 真っ赤になって怒る私を、また愉快そうに見てくるメテ様。

 グラー様に言いつけても、あんまり意味はなさそう。


「そ、そう言えば、メテ様。グラー様はまたお忙しいのですか? 会いに来るって言ってたんですけど……」

「……グラー、ね」


 急に、愉快そうな笑みをなくした。

 メテ様は、かしかしと首の後ろを掻いて、よそを向く。


「……明日、会いに行こう? 連れてってやるよ。グラーのじいさんの部屋に」

「え? 押しかけてもいいんですかね?」

「コーカかなら歓迎だろう。それに……」


 言葉の続きは、なかった。

 コンコン!

 荒々しいノックが響いたからだ。


「メテオーラーティオ様! いらっしゃいますか!?」


 それは、ルム様の声だった。


「グラー様がっ! グラー様がっ!!」


 中に入ってきたルム様は、真っ青な顔でグラー様のことを必死に伝えようとする。

 そして、私を見た。もっと激しい動揺を見せる。

 私の前では言えない様子で、一度口を閉じた。


「見やがったのか?」


 ルム様の胸ぐらを、メテ様は掴んだ。


「っ!」

「その目で、グラーを見たのかと聞いている!?」


 占い師ルム様は、アメジストの瞳で予知をする。

 それは大半、人の死の予知を見るーーーーだから。


「ご……ごめんなさいっ」


 涙をにじませた目をぎゅっと閉じて、ルム様は謝罪を口にする。

 グラー様の死を見たのだと、肯定した。



 

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