♰25 見送る。


 ルム様は、事故で予知を見たわけではなかった。

 グラー様が、頼んだという。

 自分がいつ死んでしまうのか。

 元々、グラー様は……ーーーー。




 グラー様の屋敷に来た。

 メテ様の魔法で、一瞬で城の外の屋敷へ。

 あまりにも大きいのに、物静かな印象を抱く。

 その静けさは、寂しさまで感じた。

 メテ様は私の手をずっと握って、歩いていく。もう片方には、キーンを乗せたカゴを持ってくれている。

 真っ直ぐに、グラー様の部屋まで来た。

 ノックをして、私達の訪問を知らせる。

 扉の前で立ち止まったメテ様は、ただ顎でさして中に入るよう促す。

 私は迷ったけれどそばにいると約束したから、キーンのカゴを抱えて私だけ中に入らせてもらった。


「来てくださってありがとうございます、コーカ様」


 疲れ切った声で、グラー様はそう私に声をかける。

 温かな笑みを浮かべていたけれど、ベッドの上に横たわったままだ。

 ごくりと息を飲めば、喉の痛みを感じた。


「お邪魔します。キーンもいいですかね?」

「どうぞ」


 グラー様に許可をもらって、私はそばまで歩み寄り、ベッドの隅にカゴを置かせてもらう。

 ぽん、とベッドを軽く叩くから、私はそこに腰を下ろす。


「……」


 スン、と鼻を啜る。ちょっと耐えられそうになくて、涙が込み上がってしまった。


「大丈夫ですよ」


 グラー様は、優しく声をかける。


「大丈夫? 酷い嘘ですね」


 苦しく笑うと、涙はポロポロと落ちてしまった。


「コーカ様……限りある命を持つ者の定めです。私めは十分生きてきました。欲を言えば、もう少しだけ生きたかったですが……」


 しわのある手を伸ばしてきたから、そっと手を重ねる。

 指先が冷たい。


「なんで、ルム様に死を見てもらったんですか?」


 もう一度鼻を啜って、私は泣きながら問う。


「自分の限界を感じていましたし……何より、コーカ様が旅立つ準備が出来るまで持つか……確認をしたかったのです」


 私は余計泣いてしまった。


「なんで私のためにっ」


 私のために自分の死を正確に知ろうとしたなんて。

 どうしてそこまでしてくれるのだ。


「私がっ……本物の聖女だからですか?」


 グラー様は気付いている。きっと。

 それを口にしても、グラー様は微笑んだままだ。


「いいえ。聖女様だからではありません。あなたが好きだからですよ、コーカ様」


 変わらず、優しい声。


「魅力的なお方です。あなたに出逢えてよかったです、私も……メテも。そしてキーンも」

「キーンも?」

「ええ。キーンは……子猫ではないのでしょう? 変身できるということは、白蛇でしょうか?」


 私は振り返ってキーンを見てから、頷くことにした。


「妖精が……癒してほしいと預けてきたんです」

「そうでしたか……コーカ様なら癒せますからね」

「それは……よくわかりません」


 癒せる力を持っているかなんて、わからない。

 癒せているのかも、わからない。


「コーカ様は、癒しをもたらしてくれます。あなたに会う度、癒しを感じておりました。そして、情熱も与えてくれるのでしょう。メラがそうですね」

「情熱? 私が、ですか?」


 グラー様は、手を握ったまま微笑んだ。


「ええ。情熱を与えてもらったメラは、嬉しそうでしたよ。あなたに出逢えて本当に幸せだと思っているに違いありません」


 そうなのかな、と私は少し疑う。


「あなたは美しいお方です。惹かれて当然です。私もいくらか若ければ、メラと取り合っていたかもしれませんな」


 笑ってしまうと、グラー様は「冗談ではありませんよ、本気です」と笑った。


「あなたに出逢えた幸せをお返しするためにも、幸せにしたいと思えるのでしょうね」


 グラー様の目が、少し悲し気な目をした。


「コーカ様が元の世界に帰れる方法を見付けて差し上げたかった……」


 心残りになってしまうだろうか。


「大丈夫ですよ、グラー様。私はもう……この世界で第二の人生を歩むと決めましたから。自由に生きていきます」


 そう笑顔で告げる。

 眩しそうに微笑んだグラー様は、また私の手を包むように握り締めた。


「空から見守っております、コーカ様」


 その言葉に、また涙が零れてしまう。


「コーカ様に、この屋敷を授けます。いつか、帰る家を必要とした時にでも帰ってきてください」

「え? このお屋敷を、ですか?」

「ええ。私めには授ける子どもはおりませんから」

「……。グラー様。実は、私は……見た目通りの年齢ではありません。十六歳の少女ではないんです」


 私を孫のように思っているから、いたたまれなくなり、打ち明けることにした。


「なんとなく、そうだと思っていました。初めてお会いした日の質問で……。しかし、私からすれば子どものような年齢でしょう?」


 グラー様はなんてことないみたいに笑う。

 確かにそうだから、つられて笑ってしまった。


「若返った聖女……特別ですな。それとも今まで明かしていなかっただけで、今までの聖女様は皆、若返っていたのでしょうかね」


 ふーっと疲れたように息を深く吐くグラー様。


「少なくとも、聖女を名乗っているレイナは違うようですけれど……。彼女の魔法は聖女らしいって聞きましたがそうなんですか?」

「いえ……レイナ様は煌びやかさというか、派手な演出が加わる変わった魔法を使うだけです。個性の表れでしょう。稀にあることです」


 個性で聖女だという認識が強まったのか。

 レイナ自身、自慢していたものね。


「私の魔法は……」

「強力だと思います。もっと教えて差し上げたかったのですが……その役目はメテに託しましょう」


 私は首を横に振る。

 そういうことを聞きたいわけではない。


「……私の力では、グラー様を救えないのですか?」

「その気持ちだけで十分です。言ったでしょう、限りある命を持つ者の定めです。私の寿命が尽きる時間ですから」


 私は押し黙って、また涙を落とす。

 聖女でも、救えない。

 寿命を延ばす魔法はないのだ。


「いつ旅立つのですか?」

「ルム様にバレてしまったので……そう長くは城に滞在しないつもりです」

「帰る家はここですよ。コーカ様。いつでも、帰ってきてください」

「帰る場所まで作ってくださり、ありがとうございます。グラー様。最初からよくしてくださり、ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」


 ポロポロと涙を溢して、お礼を伝える。


「まだ足りないと思うのは、我儘でしょうかね……。抱き締めさせていただいてよろしいでしょうか?」


 私は身を乗り出して、グラー様の胸にそっと寄り添った。

 耳から伝わる鼓動はなんとなく、弱々しく思えてしまう。

 胸が苦しくなってしまった。

 本当に……。

 逝ってしまうのでしょう。

 グラー様の両腕が、私を包み込んだ。

 消えてしましそうな温もり。

 放しがたいとすがりついた。


「グラー様……私に出来ることはありませんか?」

「こうしてくれるだけで構いません……そばに来てくださりありがとうございます。本当に、ありがとうございます」


 ああ、どうか。

 どうか、どうか、私に本当にあればいい。

 癒しの力で、安らかに……。




 それから、メラ様に連れて行ってもらい、三日間、グラー様の屋敷に通い詰めた。

 三日目。ルム様の目の前で、グラー様は静かに息を引き取った。




 

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