♰23 水と火花。



「あの、その、えっと……お時間がありましたら、お話を……」

「オレに殺されたいのか? ルム」

「えっ」


 昨日の話の続きがしたかったのだろう。

 ルム様が私と話をしたがったけれど、メテ様が却下した。すごく物騒。

 レイナと同じく退散しなくていけなくなったルム様と並び、トリスター殿下もその場をあとにした。

 キーンを乗せたバスケットを運ぼうとしたけれど、先にメテ様が持って運んでしまう。


「今日は何作るつもりだ?」


 魔法材料庫に向かいながら、メテ様は問う。


「そうですね……野営のための結界を張る道具を作りたいです。それに雨を遮る道具に……」

「……」

「……なんですか?」


 考えていたものを口にしてみれば、メテ様はじっと何か言いたげに見てきた。


「……」


 メテ様は、何も答えることなく、魔法材料庫の扉を開けて先に入っていく。

 意味深に見てくるくせに、どうして答えてくれないのだろうか。

 何を考えているのだろう。


「今日は雨を遮る道具にするか」


 メテ様が、また道具に必要なものは、何かと問う。

 それに答えると、材料をポンポンと出してくれて、作り方を教えてくれた。

 降り注ぐ雨水を吸い取っては、溜めてくれる道具。

 未来的な傘ってところだろう。

 雨の日に身につければいいということで、ペンダントにした。

 水を吸う特別な石は、藍色。

 グラ様にもらったお守りのブレスレットもあって、これで水の関連で心配することはなくなった。


「メテ様! 試してもらってもいいですか? 水を出してください!」


 私はペンダントを身につけて、軽い足取りでバルコニーへ出る。

 メテ様もあとから出てくると、少しだるそうに手すりに凭れた。


「”ーー大いなる水よ、我の手に集い、清らかに包みたまえーー”」


 私に向かって差し出した手から、水が溢れ出す。

 透明な水が私に向かって飛んできた。

 反射で目を瞑ってしまったけれど、私にはかからない。

 水面が、揺れる。メテ様が透けて見えるけれど、私はそれよりも水を目で追いかけた。


「わぁ!」


 くるっと私は回る。

 水が、私を囲ったからだ。

 それでも何か見えない壁に遮られるように、触れてこない。

 触れようと手を伸ばしても、避けるみたいにへこんでいく。

 楽しくて、またもう一度、回った。

 ひんやりした水の空気を感じる。

 こうして遊ぶのは、やっぱり楽しいものだ。

 けれども、急に、宙を舞っていた水が落ちた。

 ばしゃんっ、と足元が水浸しになる。


「め、わっ!?」


 メテ様と呼びかける前に、私の身体が浮き上がったものだから、驚いて声を上げた。

 メテ様が抱き締めるように、持ち上げてきたのだ。

 この行動の意味が分からなくて、瞠目させた。


「あの……メテ様?」


 当然、密着状態に戸惑いつつ、私はこの行動の理由を問う。

 足がつかない。水でドレスの裾を濡らさないためだろうか。

 なら最初から水を落とさなければよかったのに。


「……」


 メテ様は、まだ考えごとをしているように黙り込んだ。

 肩に腕を置いて、私はなるべく上半身を離す。


「メテ様?」


 見つめてくるルビーレッドの瞳が、近すぎる。

 左右を見つめ返していれば、やがてチカチカと目の前が煌めいた。

 それは火花だったらしい。鼻先で、火花が散る。

 ちりちりっ、と火が花が咲く。

 そこかしこに、咲いた花が集まっていき、メテ様が炎に包まれてしまった。

 熱さを感じて、一度、手を放す。

 瞬きをするくらい、刹那のことーーーー。

 花の花びらが散るように、炎が散っていったかと思えば。

 私のも、メテ様のも、黒髪が靡く。

 メテ様の頭には、先程までなかった深紅の角が伸びていた。

 渦巻くように後ろに伸びた深紅の角は、ルビーよりも濃い赤い角のようだ。

 思わず、触れた。どちらにせよ、離した身体を支えるために、彼に触れる。

 結構がっしりと角に触れた、というより、掴んでしまった。

 角らしい硬さを感じる。熱が、奥の方でこもっているみたいだ。


「ーー触れるのか」


 やっと声を発したメテ様の口はとても大きくて、ギザギザな牙が並んでいたのが、その距離から見えた。

 ルビーレッドの瞳は変わっていなかったけれど、色白だった肌は赤い鱗に覆われている。

 蜥蜴のような顔だ。いや、正しくは、竜のような顔か。

 きっと真っ赤なドラゴンにも変身するのだろう。

 ーーーーなんて、綺麗なんだ。

 私は、感嘆のため息をついてしまった。

 やっぱり、美しいと思えてしまったのだ。

 どうして、こんな姿を恐れるのだろう。

 どこを見ても、恐れるところなんて、見つからない。

 また思わず、私は彼に触れた。

 鱗はつるっとしていて、一つ一つが宝石のよう。

 黒い長い睫毛の下にあるルビーレッドの瞳は、相も変わらず魅力的だ。


「撤回する」


 メテ様は、また炎に包まれた。

 また、ちりちりっと火花が散る。

 鱗が一つずつ、剥がれるかのように、火の花びらとなって散っていく。

 その様はまた熱さを帯びていたけれど、心地よくて、それでいて。

 やっぱり美しいと思えてならなかった。


「オレは、コーカに恋している」


 人の姿に戻ったメテ様は、眩しいくらいの笑みで私をーーーー……。

 愛おしそうに、見つめた。

 とろけそうなほど、熱い眼差し。

 すっと私の腰を支えた右手が、背中を滑っていったかと思えば。

 引き寄せられた。

 距離は縮められて、気付けば、唇を重ねられていた。

 温かく感じる湿った唇が。


 ちゅ、く。


 と音を立てて、離れていく。


「その瞳で、変わらず見ていてくれ」


 すりっと額を重ねて、こすりつけて、メテ様はまた愛おしそうに微笑む。

 変身の時の火が、この胸に燃え移ってしまった気がしてならない。

 胸の奥はとても熱くて、とろけそうなほど、甘い感じがした。

 そんな私に再び唇を重ねようとするものだから、慌てて大きく開いた口を手で塞いだ。


「や、やめてくださいっ!」

「んんっ」


 メテ様は顔を振って、手を振り払おうとした。


「もう離してください! おろしてください!」

「んん」


 やだ。と言ったらしい。

 じたばた暴れたけれど、びくともしなかった。力が強すぎる。


「かぷっ」

「あ?」


 飛びつくようにして、頭にかじりついたのは、なんと子猫の姿のキーンだった。

 私を助けてくれるみたいだ。

 キーンの首根っこを掴むと、メテ様は私を下ろしてくれる。

 そして、私の腕の中にキーンを下ろした。

 ホッとしていたのも、束の間だ。


 ちゅっ。


 また私の唇を、メテ様は奪った。


「癖になるな、これ」


 メテ様はニヒルな笑みを浮かべると、もう一度噛み付くように唇を重ねようとする。

 私は精一杯、抵抗をした。


「やめてくださいって!!」

「そんな顔しておきながら、オレに気持ちが少しもないなんて、言うなよな?」

「……っうう!」


 そんな顔ってどんな顔だ。

 ドキドキと胸が高鳴っているせいか。

 そのせいで、顔が真っ赤になってしまっているのだろう。

 そもそも、私はーーーーこれがファーストキスだ!!!


「もうっ! もうっ!! メテ様なんてっ!」


 いや、多分、彼もまたファーストキスなのだろう。

 それなのに、上手いってどういうことだ。

 とろけそうなキスって……ーーーーうわぁああ! もうっ!!


「っう!」


 私の反応を愉快そうに見つめてくるルビーレッドの瞳は、相も変わらず。

 私は、一刻も早く逃げようと思った。

 理由はもちろん、メテ様が怖いからではない。

 恥ずかし死にそうだからだ。


「次してきたら、もう目を見ませんからね!!」


 言い捨てるように、私はキーンを抱えて逃げ出した。



 

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