♰ 22 悪女。



 何故だ。

 何故、バレた?

 もしかして、占いか。

 国中の天候や災いを占うその能力を使ったの?


「勝手に占ったんですか? 私のこと」


 ついつい、笑みのまま怒って訊ねてしまう。

 いや、だって、色気王族二人の真似をしてしまったんだ。

 許してほしい。

 ルム様は、私に口を押さえられたまま、青ざめた。


「もうふわけあふりまへん」

「……占ったんですね、私のこと」


 私は肩を竦めて、ルム様の口から手を離す。


「申し訳ありませんっ!! どうしてもあなたのことを知りたくてっ、まさか聖じょ」

「口にしないでください。それを、絶対にっ」

「んんっ」


 今度はメテ様の真似で、睨むように見上げた。

 威圧を上手く出せたらしく、ルム様は自分の口を両手で押さえ込んだ。

 私とレイナが聖女の召喚で来ることも、占ったルム様にバレてしまった。

 クッ……。

 これは一刻も早く、旅に出た方がいいかもしれない。

 レイナが聖女だと思われているから、自由にしてもらっているのだ。

 公けにしたら、きっとこの城から出してもらえなくなる。

 旅に出て、第二の人生を歩む計画が……。


「……ルム様」


 悪いことだと理解しつつも、私はルム様の好意を利用することにした。

 人生を狂わさられてたまるか、という一心だったのだ。

 許してほしい、ルム様。


「他言、してませんよね?」


 にこやかに微笑む。

 そっとルム様の白いローブを掴み、寄り添う。


「え、ええっと、ま、まだ……だ、誰にも、言ってません、けど」

「ずっと……心にしまってくれませんか?」


 上目遣いしながら、甘ったるい声を出す。

 ルム様には効果的らしく、顔が見る見るうちに真っ赤になっていく。

 触れてみた胸から、伝わる鼓動。ドキドキしていることは、わかった。


「そ、そんなっ」

「お願いします」


 きゅるんって効果音がつくぐらい、上目遣いで迫る。


「私と、ルム様だけの、秘密にしてほしいんです」


 どんどん迫ると、ルム様は真っ赤になりながらも、身を引く。


「だめ、ですか?」


 小賢しく、首を傾げる仕草をつけてみた。


「そっ」


 ルム様が、声をひっくり返しながら、声を上げる。


「そんなっ! 人だとは! 思いませんでしたっっっ!!!」


 耳まで真っ赤になっては、ルム様は紫色の髪を振り回すように逃げ出した。

 いや、私だって、吐きそうだよ。

 レイナが脳裏に浮かんでしまって、しょうがなかった。

 吐きそうだよ。

 ちょっと蹲ってしまった。

 私に、尻軽悪女は無理そうだ。


「にゃあ」

「ああ、キーン……待たせたね、ごめん。部屋に戻ろうか」


 散歩も十分だと思い、キーンをバスケットに乗せて、私は部屋に戻った。

 ルム様は黙ってくれるといいけれど……。

 人がいいし、きっと黙ってくれるはずだ。……多分。


 そわそわと落ち着きがなかったけれど、世話をしてくれるピティさんは、朝食はどうだったかをルンルンした様子で問う。

 まだメテ様に抱えて運ばれた噂は、聞いていないようだ。終始、ご機嫌だった。

 ルム様は、まだ他言していない様子。

 簡単なことではないだろう。

 だって、レイナを聖女として紹介したパーティーまで開いたのだ。

 実は、違っていたなんて。

 聖女が来るーーーーとまで占いで当てたのに、どちらかまでは占いそびれた。

 私にとっては好都合だったけれど、もしかしたら、ルム様も責任を負うかもしれない。

 聖女だと偽りを言ったレイナは、どうなることやら。

 私には、関係ないけれど……。

 一刻も早く、旅に出なければいけない。

 レイナの代わりに、聖女に祭り上げられてたまるものですか。

 そうと決まれば、急がらなければ。

 旅に必要だと思ったものは、全て揃えなくてはーーーー。


 翌日。

 トリスタ殿下の稽古に向かった。


「おやおや」


 驚いた表情をするから、私は首を傾げる。


「昨日のアレに耐え切れず、もう来ないかと思った」


 昨日のお仕置きもといスパルタで、もう稽古はやめると考えていたようだ。


「根性ある」


 なんて、トリスタ殿下は覗き込むと笑って、私の頭をぽんっと軽く叩いた。


「……」


 頭。撫でられた。


「……あ。誤解しないでくれよ? 別にその辺の女性より根性があると褒めただけだ……」


 トリスタ殿下が、撫でてしまった自分の手を見つめる。


「いちいち誤解はしませんが……トリスタ殿下も行動には気を付けてくださいね。精霊に呪いをかけられた誰かさんみたいに、魅力的ですから」

「ふっ。オレに呪いをかけるってことかい? それにしても面白い。君がオレを魅力的だと思っていたとは」


 ヴィア様みたいに魔法をかけられても知らないぞ、って意味だったのに笑われた。


「素を知れば、魅力的だとは思わないものだとばかり……」

「魅力的なことは変わりありませんよ?」

「ふーん」


 トリスタ殿下が腹黒だってことは、別に魅力の軽減に繋がらないと思うけれど。

 人のいい笑みでニコニコした王子様だという認識だったら、話は違うかもしれないか。

 気付くとトリスタ殿下の視線は、私の後ろに向けられていた。

 ぱちくりと瞬きをしたあと、私は後ろを振り返る。

 気配を消して、後ろに立っていたのはメテ様だった。

 悲鳴を上げなかった私を、誰か褒めてほしい。びっくりするじゃないか。


「……」


 また口説いていると怒っているのだろうか。

 トリスタ殿下が、触れてきただけだ。

 じっとルビーレッドの瞳は、私を見つめる。

 あら。怒った様子は、なさそう。

 と思いきや、頭をぽんぽんっと撫でられた。


「さぁ。稽古をしましょうか、コーカさん」


 クスクスと笑って、トリスタ殿下は笑いながらも、稽古を始める。

 昨日ほどのスパルタはなかった。

 それどころか、何度も身体は痛くないかと気遣ってくれたのだ。

 メテ様は終わるまで、キーンと一緒にいてくれて、ベンチで座って待っていてくれた。

 ずっと考え込んだ様子で、ムッと唇を尖らせていたけれど。

 終わった頃になると、ルム様が近付いてくる姿を、トリスタ殿下が見付ける。

 三人でルム様の方を見ていたけれど、そんなルム様にタックルするような抱き付きをした人が現れた。

 ミルキーブラウンの色の髪を靡かせたレイナだ。


「ルム様ぁ! 今日こそ占ってくれませんかぁ?」


 甘ったるい声を出して、胸を押し付ける。

 昨日の私は、あんな感じだったのだろうか。

 そう思うと、反省とか後悔とか羞恥心が、猛烈に襲い掛かった。


「……すみません、離してください」


 少し青い顔をしたルム様は、きっぱりと断る。

 前までは逃げ回っていたのに。意外。

 そう思ったのは、私だけではないみたいだ。

 手を放したレイナも、ポッカーンとした顔をしている。


「あっ、あの、何をなさっているんですか? トリスタ殿下、メテオーラティオ様、コーカさん」


 トリスタ殿下とメテ様に挨拶をすると、最後に私へ笑いかけた。

 青かった顔を、今度は赤らめて、見つめる。


「稽古ですよ、終わったところです……ぷっ」


 トリスタ殿下は、耐えきれなそうに笑った。

 理由は、ルム様の明らかな態度か。

 はたまた、自分を差し置いて、三人のイケメンに囲まれた私を、物凄い形相で睨めつけるレイナを笑ったのだろうか。

 なんか、メデューサのように髪がうねうねと動き回ってしまいそうな、幻覚が見えそうだ。

 それぐらいお怒りだと伝わる。

 メテ様がいるから、そんなレイナは退散した。



 

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