♰16 白い蛇。



「神秘の蛇! コーカに癒してほしい!」

「神秘の蛇?」


 それはとても、とんでもなさそう。

 妖精より希少なのかしら。


「癒してほしいって……妖精や精霊じゃあだめなの? 怪我しているようには見えないわね」


 真の聖女の私を頼って癒してほしいのか。

 けれども、それなら妖精や精霊でも癒せるのでは?

 むしろ、その方がよさそう。

 怪我を治癒する魔法なら覚えたけども……。


「コーカじゃないとだめ。お願い」


 うるうる、とつぶらな瞳で見上げてくる。

 やだ。可愛い。

 つい、頷きたくなる。


「お願いを聞きたいけど、私はこの城の居候だから……この蛇さんを一緒の部屋に置いてもらえるかを聞かないと……。蛇さんは難しいかも」


 居候の身で、勝手に動物を入れられない。

 仔猫とかなら、頼みやすいけども。


「この姿は、見せないよ。どんな姿にも変えられるから、何がいいかな?」


 フォリは、蛇のそばに移動する。


「ずっと姿を消すことは、出来る?」

「それより仮の姿を見せた方がいいよ」


 姿を消すのは可能性だけれど、仮の姿で欺けたいのか。

 神秘の蛇だもの。見られたらまずいのか。


「じゃあ、仔猫の姿はどう?」

「何色がいい?」

「……黒はどうかしら」


 自分の髪を摘んで、黒を選んだ。

 フォリは頷くと、小さな手で純白の蛇の頭を撫でた。蛇は、金色の瞳を開く。

 それから、姿を変える。ふわりと蛇の姿が歪み、黒い仔猫が現れる。ぐったりした様子で、寝ていた。


「すごいわね。……病気なの?」

「癒やして」

「どう癒せばいいの?」

「コーカに任せる」


 私に任せるとは……?

 いいのかしら。全然、事情がわからない。


「フォリ。事情を話してくれないと、困るわ」

「神秘の蛇で、コーカの癒しが必要」


 フォリはこれで伝わっていないことが不思議みたいで、小首を傾げた。

 しょうがない。神秘の蛇について、自分で調べるか。


「出来ることはやるわ」

「ありがとう、コーカ」


 むぎゅ、とフォリに抱きつかれた。

 離れると、バイバイと手を振り、消える。


「……さて、仮の呼び名を決めましょう?」


 ベッドに座り、私はぐったりした仔猫に問う。

 ベッドが軽く揺れて、仔猫は顔を上げた。金色の瞳だ。さっきと同じ。


「自己紹介すると、私は幸華って名前。幸せな華と書いて、コウカって呼ぶの。あなたは金色の瞳が素敵ね。んーと、キーンなんてどうかしら?」


 金色のキーン。

 キーンって海外のファミリーネームにあったっけ。意味は知らないけど。


「キーンちゃん? キーンくん? どっちかしら……」


 手を伸ばすと、なんと指に噛み付いてきた。


「痛い! びっくりした……」


 慌てて手を引っ込める。子猫の牙に噛みつかれた傷口から血が出た。


「急に触ろうとしてごめんなさい……キーン。でも、噛まないで? 私はあなたを傷付けたりしないわ」


 視線を合わせるために、ベッドに寝そべる形で覗き込む。

 睨むような目付きをされた。警戒心が強いのだろうか。

 少しの間、睨めっこするように視線を合わせた。

 そこでノックする音が、聞こえてくる。このしっかりとしたノック音は、ピティさんではない。グラー様だろう。


「こんにちは、グラー様」

「こんにちは、コーカ様。トリスター殿下との稽古はいかがでしたか?」


 気になって来てくれたみたいだ。


「剣術の基礎から教えてもらいましたが、腕が疲れてしまいました」


 笑って腕を上げて見せる。


「そうですか、おや? 血が出ていますよ。剣で切ったのですか?」

「いえ、今日は本物の剣は持っていませんよ。これは子猫に噛まれた傷です」


 また血が滲んだ指先に注目された。


「子猫?」

「はい。部屋で飼っても大丈夫でしょうか……? もう部屋に入れてしまいましたが」


 申し訳ないと言った顔で、私は扉を広く開けて、グラー様を中に招く。

 グラー様に、ベッドの上の子猫を見せた。


「……子猫、ですか」

「はい」


 頷いたあとに、グラー様の横顔を見て気付く。

 グラー様には、この子猫の正体がバレてしまうのではないだろうか。正直に話すべきだろうか、と私は少し考え込む。


「ぐったりしていますな。この城の中には、簡単に入れない結界がありますから、そこを通ったせいですかな」


 結界がある。

 城に迷い込んだなんて、下手すぎる嘘になるのか。


「虫ならすんなり入れますが、小動物には少々きつかったのかもしれません」

「あ、噛まれるかもしれません」


 グラー様が手を伸ばすから、触れる前に言っておく。


「警戒心が強いようですね」


 グラー様は触れないことにして、手を下ろす。


「私めが許可しましょう。誰かに問われたら、私の名前を出してください」

「ありがとうございます、グラー様」


 無事、部屋に置く許可をもらえた。


「怪我の手当てをしましょう」

「自分で出来ますよ」


 今度は私に手を差し出すから、断る。


「ーー癒しを与えよーー」


 怪我などの治癒魔法を唱えた。

 スッ、と傷口は塞がる。

 大丈夫、とその手を開いてみせた。


「よかったです。どうか、コーカ様を傷付けないでください」


 グラー様は私に微笑むと、ぐったりした子猫に声をかける。


「キーンって呼ぶことにしました」

「キーンですか、いい響きですな」


 ホッホッホッ、と肩を揺らして笑うグラー様。


「治癒の魔法も十分使えますし、コーカ様なら元気になったキーンとすぐ仲良くなれるでしょうね」


 なんでそう思うのだろうか。

 私は不思議になって首を傾げる。

 グラー様は、優しく微笑むだけ。


「この前貸した本は役に立っていますかな?」

「はい。色々魔法の知識が増えて嬉しいです。材料を集めることが出来ないものがほとんどなので、実行はしていませんが……」


 旅に役立つ魔法が載った本は、読み返して暗記を頑張っている。材料を揃えて試したいところだが、グラー様は多忙だもの。頼みづらい。


「私が手伝えればいいのですが……すみません」

「謝らないでください、グラー様にはよくしてもらってばかりです」

「では、代わりにメテなんてどうでしょうか?」

「へっ?」


 やっぱりグラー様は多忙で無理かと肩を竦めたら、メテ様の名前が出てきた。


「グラー様と同じで多忙なのでは?」

「私は手が離せないですが、メテの方は多少時間が作れるはずですよ。頼めば、きっと喜ぶはず」

「喜ぶのですか……?」


 確かにメテ様は私に気がある感じではあるけど、魔法のお試しに付き合ってくれるだろうか。

 面倒がりそう。


「ええ、あなたのためなら」


 グラー様は、眩しそうに目を細めて優しく笑った。


「……そう、ですか。では、会えたら、頼んでみます」


 私は頷き、部屋をあとにするグラー様を見送る。

 キーンは相変わらず、ぐったりとベッドを占領していた。



 

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