♰17 頼みごと。



 なんとかベッドを半分ずつ使うことが出来て、キーンと一緒に一夜を過ごす。

 危害を加える気はないと理解してくれたのか、翌朝は触らせてくれた。ピティさんが用意してくれたミルクの元まで運んだ。

 ちゃんと子猫のうぶ毛やぷにぷにの肉球を感じた。すごい変身だ。

 クンクン、とミルクを嗅ぐ姿はまだ警戒しているように見えたけれど、ちゃんとペロペロと舌で舐めながら飲んでくれた。


「どうしましょうか……? 部屋に置いていってもいいのかしら」


 独り言のように呟きながらも、私はピティさんに確認をする。

 キーンを一人にしてもいいのだろうか。癒すように言われているけれど、これから護身術の稽古をしてもらう時間だ。連れていくべきか迷う。


「これだけ大人しければ、部屋を汚す心配はいらないと思いますが……どうでしょう。一人にしたら寂しがるのではないでしょうか?」


 寂しがるだろうか。私には懐いてない。

 でも体調不良の時、一人は寂しいか。

 見ず知らずの部屋だし、心細く感じるだろう。


「じゃあ、一緒に行きましょう。キーン」


 笑いかけると、無反応を示すキーン。

 それでも、連れて行くことにした。

 ピティさんは大きめなバスケットを用意してくれたので、私はタオルとクッションで簡易のベッドを作る。

 そこに乗せて、運ぶことにした。

 昨日と同じ騎士の稽古場に行く。

 ちょうど同じくらいにトリスター殿下も来た。


「子猫連れ?」


 にっこりと笑いかけても、手を伸ばそうとしない。迂闊に触ろうとしないはいいことだ。

 ピティさんも噛まれた。王子にも怪我させてはいけない。


「はい。グラー様の許可は得ています。キーンです」

「この子も剣術を習いたいのかい?」

「見学だけです」


 キーンを乗せたバスケットは、ベンチに乗せた。キーンは興味を示すことなく、ぐったりとしている。


「病気みたいだね、大丈夫かい?」

「グラー様が言うには、結界を無理に入ったせいかもしれないだとか……」


 妖精が出入り出来ているみたいだから、きっとそのせいではないとは思うけれど。

 グラー様が言ったことをそのまま言う。


「そうだね。そうかもしれない。安静にした方がいいのに、何故連れて来たんだい?」

「一人にした方が寂しいかと思いまして……」

「ふぅん。大人しいし、このままにしよう。じゃあ、始めよう」


 キーンを見たあと、トリスター殿下は稽古の開始を告げる。

 私も木製の剣を持って構えた。

 色んなシュチュエーションで、どんな構えをしてどう動けばいいかを、教えてもらう。

 おさらいで、教えた動きをもう一度やってみろ、とトリスター殿下に言われているところに、彼はやってきた。


「話があるって? グラーのじいさんから聞いた」


 また挨拶を忘れて、上機嫌に笑いかけてくるメテ様。

 グラー様は、もったいぶったみたいだ。


「ああ、それなら……えっと、ごめんなさい。トリスター殿下。稽古の最中にすみません」


 メテ様に話しかけられたから、木剣を下ろしてしまった。

 でも時間を割いてまで稽古をしてくれているトリスター殿下に悪い。中断するかは、彼が決める。

 けれど、いい人の面を被っているのか、トリスター殿下は「構わないよ、休憩しようか」と微笑んで答えた。


「メテ様に頼みたいことがあるのです」


 話をするために、私はベンチに歩み寄る。

 メテ様の方が早く、ベンチに腰を下ろした。バスケットの中のキーンを一瞥するだけで、メテ様は気にした様子は見せない。

 鼻が利くメテ様なら、気付いてしまいそうだと思ったのに。

 キーンの方も、気にしていない。何も関心がないのだろうか。


「頼みたいことって? 魔法での護身術とか?」


 頬杖をついて、メテ様はニヤリと意地悪に笑って見せる。


「剣術よりいいってやっと気付いたか?」

「剣術を馬鹿にしないでください、メテオーラティオ様」


 やんわりとそう言葉を返すトリスター殿下。


「魔法での護身術もぜひ学びたいところですが、メテ様にはその……」


 なんて言ったらいいのだろうか。

 相変わらず、メテ様のルビーレッドの瞳は美しい。

 真っ直ぐに私を見上げる宝石のような瞳。


「魔法道具を作る手伝いをしてもらいたいんです。なんでも入る鞄の作り方とか、結界を張るムーンパールという石の作り方とか……」

「……ふーん?」


 やはり面倒だと思われてしまっただろうか。

 少し不機嫌そうに目を細められた気がする。


「あの女が来るぞ」


 クイッと顎を上げて指し示したのは、こちらに歩んでくるレイナだった。

 恐らく、トリスター殿下に駆け寄ろうとしたのだろう。サイドには護衛か知らないけれど、騎士らしき男性が二人ついている。

 すっかり美形を見慣れてしまった私からすると、まぁまぁな顔立ちの二人だと思う。逆ハーレムの一員かしら。

 しかし、ピタリとレイナは足を止めた。数秒固まったあとに、回れ右をする。そのまま踵を返していく。


「フン」


 メテ様が嘲るように鼻笑いをしたから、きっとメテ様に気付いて逃げたのだろう。

 トラウマレベルになっているのだろうか。

 私の想像する竜人族って、美化しすぎなのかしら。

 同じくあとからレイナを見送る形になったトリスター殿下は「ほーう?」と、どこか嬉しそうに笑う。

 レイナを疎ましく思っているトリスター殿下は、メテ様というレイナ除けを発見した。


「メテオーラティオ様、時間があればいつでもコーカさんの稽古を見物してもいいですよ」


 私がここにいるのに、遠慮ない。

 メテ様が居てくれるなら、私もレイナに余計な絡みをされずに済む。

 私にとってもいいことだ。

 メテ様の予定はどうなんだろう、と思うが、その前に私の頼みごとの答えを教えてほしい。

 やはり面倒がるだろうか、と首を傾げて見た。


「いいぜ。引き受ける。王子との稽古が終わったら、オレとの稽古だ」


 メテ様は、上機嫌にそう笑う。

 意外だ。


「本当ですか?」

「嘘は言わないだろ」

「やったっ……!」


 思わず溢してしまった笑みと言葉。ちょっと無防備に喜びすぎて、そっと両手で口元を隠した。

 手遅れのようで、メテ様はニヤついている。

 とぼけてそっぽを向きつつも、ちゃんとお礼を言わないといけないと、向き直る。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」と一礼した。


「では、今日のおさらいをしましょう」


 トリスター殿下が、私に声をかける。

 稽古再開だ。




 

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