♰15 護身術。



 翌日、私は主に騎士達が利用する稽古場に立ち、木剣を握らされる。

 目の前に立つのは、キラキラした白金と赤いメッシュの髪の見目麗しい男性。

 トリスター殿下だ。

 彼は私の部屋に訪ねてきたと思えば、こう言ったのだ。


「あれから考えましたが、グラー様の頼みなので、責任持って私が務めようと思います」


 グラー様の頼みとは、私に護身術を教えること。

 つまりは、トリスター殿下がそれを引き受ける。

 それはそれは……。

 ミルキーブラウン色の長い髪を逆立てて、偽聖女がお怒りになりそうな展開だ。


「本当にトリスター殿下直々に教えてもらってもいいのでしょうか……?」

「私がいいと言っているので、大丈夫ですよ」


 トリスター殿下は、にこりと笑う。

 腹黒だと知っているから、うさんくさいとしか思えない。

 結局、ピティさんが用意してくれた女性用のズボンを穿き、ブラウスを着た。


「とりあえず、素振りをしてください。間違っているところや、悪いところは、すぐに教えますよ」

「はい。わかりました。それでは、よろしくお願いします。トリスター殿下」


 まずは基礎から、ということだろう。

 素振りをさせてもらった。


「筋がいいですね、コーカさん。前にやったことがあるのですか?」


 持った木剣を振る私を、トリスター殿下は早速褒める。


「見よう見まねです。こんな感じで大丈夫なんですか?」

「そうそう。振り下ろしたら、前足に重心を置くのです。そして、振り上げて、後ろの足に重心を移動させるのですよ。その調子」


 トリスター殿下の指導の通りに、素振りを続けた。

 三十分近く続けていたけど、やがて痛みを覚える。


「やっぱり慣れないと痛いですね……鍛えていないので、疲れてしまいました」

「いや、同年代の女性達に比べると体力がありますよ。木の上に登るほどの身体能力もありますし」

「……」


 腕が疲れたから素振りをやめると、トリスター殿下は木に登っていたことを持ち出した。

 確かに、運動能力は高いと自負している。

 ニコニコ、としているトリスター殿下。


「休憩しましょうか」


 屋根の下のベンチに、促された。

 木剣を持ったまま、移動する。


「トリスター様ぁ」


 二人で腰を下ろすと、猫撫で声が後ろから聞こえた。

 振り返れば、ミルキーブラウン髪のレイナが立っている。


「こんにちは、レイナ様」

「こんにちは、トリスター様。コーカちゃん」


 にっこりと愛想良く笑いかけることに努めたレイナが、私の肩に手を置いた。そして、ギュウッと握りしめる。

 い、た、い。

 牽制しているみたいだ。近付くなって言っていたものね……。


「一体、何をしているのですか?」

「コーカさんに、護身術になる剣術を教えているところです」


 トリスター殿下も、にこやかに笑みを保ちながら答えた。


「まぁ! トリスター様が直々に?」


 レイナが両手を合わせて、声を弾ませるように上げる。


「魔導師グラー様直々の頼みですからね」

「グラー様……お優しい方ですよね、コーカちゃんのおじいちゃんみたい!」

「……はい、孫のように可愛がってもらっています」


 再び、私の肩に手を置くと、ギュウッと握り締めてきた。

 い、た、い、なぁ。

 どうせまたグラー様を使って、トリスター殿下に近付いたことにお怒りなのだろう。

 私は作り笑いをして、二人に伝える。


「そうだ、あたし、差し入れを持ってきます!」

「いいですよ、レイナ様の差し入れは嬉しいものですがね。聖女様なのですから」

「聖女だからこそです!」


 全く持って意味わからない。

 私とトリスター殿下は、触れないでおく。


「あたし、こう見えてお菓子作りが得意なんですよ。大したものは作れませんが、友だちはみんな美味しいって言ってくれていました!」


 なるほど。特技を披露して、好感を上げたいのか。お菓子の一つや二つ、作れそうではあるが、私としては口に入れたくない。きっと私ではなくトリスター殿下に食べて欲しいのだろうけど。

 友だちって、地球で逆ハーレムだった男性達でしょう。砂糖と塩を間違えたとしても、美味しいって言いそうだ。


「とても食べたいです。でもまたの機会にお願いしてもいいでしょうか?」


 あくまで食べたい。言いながら、やんわりと断るトリスター殿下。


「そうですか……今度、絶対作りますね!」


 トリスター殿下にだけ甘い笑みを向けるとレイナは、弾む足取りで城の中に戻っていった。


「やれやれ」


 ため息をつくトリスター殿下は、演技を続けるつもりはないらしい。私はもうトリスター殿下の素を知ってしまったからだろうか。


「女性のあしらい方に慣れているのに、どうして私の頼みを引き受けたのですか?」

「場数を踏んだ、からかな。こういう顔や立場だと多いからね。それに君から頼まれたわけではないよ。グラー様の頼みだから、だ」


 敬語を省いて、トリスター殿下はそのまま答えてくれた。


「そうでした」


 一つ、頷く。


「あの女には困ったものだよ。立場上、邪険にできないし、聖女だからって叔父上も甘やかして……まぁ今じゃあ使いものにならなくて後悔しているみたいだけどね」


 叔父上。ヴィア様のことだろう。

 使いものにならない……?


「ああ、気にしないで。独り言だよ」


 にこっ、と笑って誤魔化す。

 絶対、聖女の力が期待外れだったという意味では……?

 妖精か、精霊の悪戯。または呪い。

 ピティさんが、噂していた精霊に呪いを受けた人物。


「……ヴィア様も大変ですよね。あんな呪いにかかってしまって」


 カマをかけてみる。


「なんだい? 聞いたのかい?」


 頬杖をついた顔を上げてまで、驚いた表情をする。

 まじか。当たりか。

 噂は、ヴィア様のこと。


「ヴィア様、ね。前より親しく呼んでいる。君が媚びるとは想像つかないけど、彼から頼まれたのかい?」

「……そうですね」


 頼まれたと言えば頼まれた。


「呼び方と言えば、さっきの聖女も君を親しそうに呼んでいたね」

「そう見せたいのでしょうね」


 ヴィア様の呪いの話から逸れていく。

 なんとか、戻さなくては。

 いや、探るなんて、よくないか。

 カマかけておいて、今更だけども。


「……まさか、聖女様を避けるために、これを引き受けたのですか?」

「そうだよ、好都合だと思ってさ」


 じゃあ、差し入れを断るのも当然か。


「それと、剣を習いたいって必死に頷く君が、可愛かったからだ」


 ……?

 私を褒めた? 可愛い?

 目をパチクリさせてしまった。


「ああ、勘違いしないでくれ。君に恋したわけではないよ。あの仕草が可愛かったから、引き受けた理由の一つだ。それだけで恋したりしないさ」

「はぁ……えっと、勘違いしたりしませんよ」

「そういう年相応じゃない反応が気に入っているけど、あのメテオーラティオと取り合う気はないね。城壁の外に投げ飛ばされるかもしれない」


 冷静な反応を示す私を少なからず気に入ってくれているようだ。

 でも、メテ様を敵にしたくないらしい。

 トリスター殿下も、メテ様が怖いのか。例えがおかしいけど、本気で思っているのだろう。


「占い師ルムもメテオーラティオに睨まれたらしいから、こうしているだけでやばいね。さぁ、続きをしようか」

「はい、トリスター殿下」

「否定しないんだ」


 おかしそうに笑ってトリスター殿下は、立ち上がる。

 睨まれていたのは事実なので、言わない。

 その後、護身術を叩き込まれた。


 明日は筋肉痛になるだろうな、と思いながら、二の腕をもみほぐす。

 お風呂に浸かり、ストレッチをしよう。

 そう思いながら、部屋に入るといた。

 ベッドのそばの白いドレッサーに、ちょこんと座った妖精さん。頭に緑の木の葉を乗せたフォリだ。


「フォリ?」

「コンニチハ!」


 呼べば、元気に挨拶をするフォリ。右手を上げて振った。


「こんにちは。どうしたの?」

「コーカに、頼みごと!」


 思ったよりも早く、妖精の頼みごとがきたようだ。

 何かと歩み寄って気付く。お姫様みたいな天蓋付きベッドには、身体の長い生物がいる。

 白い鱗の蛇だ。一メートルほどの長さの身体を丸めていた。

 何故、蛇が私のベッドに……?

 眠っているように目を閉じた白い蛇から、私は妖精フォリに顔を向ける。

 にっこにこしたフォリは、口を開いた。



 

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