♰14 妖精と精霊。



 城の中の階段を上がっていると、メテ様は歩みを合わせて私と並んだ。


「護身術を教える奴は、決まったのか?」


 グラー様がトリスター殿下に頼んでくれた件。

「まだですよ」と答えておく。


「必要あるか? 魔法で十分だろ」


 男性なのに、わからないのか。

 剣を持って振り回すなんて、ロマンでしょう。

 魔法と剣を合わせたら、最高じゃん。


「魔法は詠唱する時間が必要でしょう? 咄嗟の時は、剣やナイフで身を守れる」

「詠唱なくても、身を守れる魔法は使えそうだがな」


 ふくみ笑いをしてメテ様は、そう言葉を返した。

 私を過大評価していると思う。


「やぁ、メテ。コーカさんと一緒だったんだね。仲がよさそうだ」


 前方から歩いてきたのは、金髪がきらきらしている王弟殿下のヴィアテウス様だ。

 私の手を引いたメテ様の手に、目をやる。

 おっふー。気まずい。

 私に気があるメテ様と告白してきたヴィアテウス様が、一緒に鉢合わせ。


「さっき、君の世話係と話したよ。昨夜は会えなくて残念だ。パーティーで私が贈った髪飾りをつけてくれたそうだね」

「あ、はい。つけさせていただきました。ヴィアテウス様は、参加されませんでしたね。お仕事だったのですか?」

「具合が悪かっただけだよ。見れなくて、本当に残念だ」


 うっとりしてしまいそうな微笑みを浮かべながら、私の髪に手を伸ばす。おさげに触れそうだったけど、ヴィアテウス様の手をメテ様が遮って下ろした。


「具合が悪かった。ずいぶんと控えめな言い方だな」


 そしてメテ様は、からかうような発言をする。

 どういう意味だろうか。

 私はメテ様とヴィアテウス様を、交互に目をやる。ヴィアテウス様は、ただただ笑みを浮かべていた。


「今は大丈夫ですか? その、出歩いても」


 相当具合が悪かったのかと思い、尋ねてみる。


「優しいんだね。嬉しいよ、心配してくれるなんて。私は大丈夫。もう平気さ」


 ヴィアテウス様が答えた。


「平気なものか」

「突っかかるなよ、メテ」

「そっちこそ、ヴィア」


 メテ様の発言に、今度は肩を竦めるヴィアテウス様。親しい間柄みたいだけど、一触即発するかもしれない。

 気まずいなぁ。


「あのぉ、メテ様。私、部屋に戻ってもいいですか?」

「メテ様? そう呼んでいるのかい? ずるいなぁ、私も愛称で呼んでほしい」


 また口を滑らせた。

 私の目の前で、バチバチと火花を散らされてほしくないために、逃げようとしたら、油を注いでしまったみたい。

 ヴィアテウス様は、微笑みを近付けてきた。


「だめだ」


 メテ様が、間に割り込んだ。


「コーカが決める」


 ここで呼び捨てをするヴィアテウス様。

 私を振り返り、睨み付けてくるメテ様。

 なんで私を睨むのかな。


「お願いだよ、コーカ」


 メテ様の横から、ヴィアテウス様が顔を出す。

 甘い声と視線を向けてくる。


「あの、えっと、呼び方一つで親しくはなりませんよ?」


 睨み付けるメテ様にも、私は話しておく。

 メテ様呼びをしても、親しくなったわけではない。


「でも愛称で呼んでくれたら嬉しいよ?」


 ヴィアテウス様は、大丈夫だと笑って促す。

 堂々巡りをしては困る。だから、私が折れて呼び方を変えることにした。


「……ヴィア様」


 メテ様はギロリと目を見開き、私をさらに強く睨み付けてくる。


「メテ様。怒って竜人化とかしませんか?」


 感情の昂りで変身しそうだと思い、私は尋ねてしまった。


「まだ諦めてなかったのか」


 メテ様に頭を鷲掴みにされる。

 ちょっと痛い。


「メテの変身が見たいのかい? それはそれは……メテが気にいるわけだ」


 吹き出して笑ったかと思えば、ヴィア様は誤解をする。

 メテ様が気に入っているのは、ルビーレッドの瞳に見惚れている私の目だ。

 けれども、メテ様も私も、その説明をしない。


「比べるのはよくないけど、聖女のレイナ様とは大違いだね。彼女はメテの変身を目の当たりにして悲鳴を上げたっけ」


 愉快そうに、ヴィア様は顎に手を添えた。


「偏見を持たない純粋な心を持っているのは、君の方みたいだな……」


 ドッキー!


「子どもの好奇心は、純粋ですからね」


 私はそう天井の隅を見つめながら、若さ故だと誤魔化す。


「子どもにしては、大人びていると思っていたけど」

「ああ、オレも思った」


 え。やだ。中身疑われてる?

 ま、まさかね……。

 この国の成人は、十八歳。十六歳な姿の私はまだ子ども扱いだけども。


「そろそろ部屋に戻りますね」


 頭も手も解放されたので、一礼をしてから、スタスタと戻ることにした。

 けれども、後ろには二つの足音がついてくる。


「あの、なんでついてくるのですか?」

「妖精にさらわれないように」

「妖精? 妖精にまで気に入られたのかい?」


 メテ様がヴィア様に余計なことを言う。


「妖精や精霊に気に入られると、面倒なことが起きるよ。あまり関わらない方がいい」

「ヴィアがいい見本だよな」

「メテ……」


 ヴィア様のあとに、メテ様はまたからかうような発言をした。ヴィア様が、もう一度肩を竦める。さっきの話に戻されたのかしら。


「妖精か精霊に、具合を悪くされたのですか?」

「……知りたい?」


 ヴィア様を見上げていれば、屈んで覗き込んできた。

 儚げと色気を合わせ持つ微笑。


「知ってくれたら、親しくなれると思う」

「国家機密だろ」

「国家機密!?」


 絶対私は知らない方がいいじゃないか。

 やっと私の部屋に到着した。よかった、これで話を切り上げられる。


「ここまで送ってくださり、ありがとうございました。メテ様、ヴィア様」

「いいんだよ。また話そう」


 ヴィア様が手を伸ばして髪を撫でようとしたが、メテ様が遮った。それから、扉を閉じる。

 また話そう、か。レイナがミルキーブラウンの髪を逆立ててしまいそうだ。

 私に火の粉が落ちないなら、別に構わないけど。


「国家機密、か……」


 知らない方がいいとは思うけど、気になるなぁ。

 妖精か精霊に、何かされた……。

 気に入られると悪戯されるのだろうか。

 あのキラキラ儚げ色気王弟殿下のことだ。口説くような言動で、ピュアな妖精か精霊が胸をときめかせて、そのお礼か何かをしたのかもしれない。

 まずは妖精について、問おうか。

 この世界の妖精達の常識を知るため。

 ピティさんが昼食を運んでくれた際に、尋ねてみた。


「妖精、ですか?」


 怪訝な顔をされる。


「妖精は普通の人間には見えにくいです。魔力が高く、波長が合うと見えるそうですが……昔は妖精を見るためには、森の中で裸になって祈るのです」

「裸……」

「はい。丸腰だと証明しないといけないそうですよ。出来れば、贈り物を捧げるのです。鉄以外のものなら、なんでも受け取るそうですよ」

「鉄は嫌いなんですね」


 妖精は鉄に弱い。火傷をする説があったっけ。


「目の前に、妖精が現れれば、生涯ずっと目にすることが出来ると言われています。……ですが、コーカ様。実行なさらないでくださいね?」

「しません……」


 森の中で裸になるなんて……抵抗がありすぎる。

 そんなことしなくても、私は妖精が見えるタイプのようだからよかった。


「妖精が見えてもいいことはありませんよ」

「メテオーラティオ様もヴィアテウス様も、さらわれるだのなんか言ってましたね」


 愛称呼びは避けておく。


「コーカ様ほど愛らしい少女なら、さらってしまうかもしれませんね」


 クスリ、とピティさんは笑った。

 冗談だと思われているな。


「気に入られると、悪さをするのですか?」

「そうですね……妖精の常識からするといいことなのかもしれませんが、人間の常識だと迷惑なものばかりです。有名なのは、とある女性の美しさを称賛して、美しい髪が伸び続ける魔法をかけた話ですね。あまりにも伸びすぎて、城から地面に垂らせるほどの長さになったとか」


 ラプンツェルを思い浮かべた。


「迷惑ですよね」


 ピティさんが、言葉を付け足す。


「妖精がよかれと思ってかけた魔法が、呪いとなってしまったみたいですね」

「呪いと言えば……」


 ふと、思い出したように顎に手を添えて、ピティさんは続けた。


「少し前に城の誰かが精霊の呪いを受けた、と噂が立ちましたね。コーカ様がいらっしゃる前のことです」


 城に住む誰かが、精霊に呪われた?

 一ヶ月も前の噂、か。


「結局、誰かはわかりませんではしたねぇ」

「……精霊の呪いなんて、とけるんですか?」

「聖女様の素晴らしいお力でも、難しいではないでしょうか……やはり精霊自身ではなければ」

「そうですか……」


 精霊の呪い。かかったのが、ヴィア様だったりして。

 具合を悪くされたのではなく、何かしらの呪いで表舞台に出れなかったかもしれない。

 ……なんて。推測してもしょうがないか。

 私には、きっと関係ないことだもの。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る