♰13 呼び出し。



 翌日、レイナから呼び出されたのだ。

 案の定である。

 聖女の座を奪い取って、そして存在を忘れていたであろう私が、すり寄っていた男性諸君に囲まれていたのだ。

 横取りされたとか思ったかもしれない。

 ピティさんから渡されたのは、レイナからの手紙。異世界人同士話そう、と日本語で書いてあった。日本人なのか、なんて驚いたことは置いておこう。

 絶対嘘だと思いつつ、私は城の裏に来た。

 城の裏にも、小さな庭園がある。椿みたいな大きな花びらの花が並んでいて咲いている。鮮やかな赤と白と黄と桃と、色で分けられて整頓されていた。

 綺麗な花だ。

 そんな花に、蝶達が集まっていた。

 小さな蝶達は、忙しなく羽ばたく。

 それを眺めていれば、レイナが来た。

 青いドレスを纏い、くるくるとカールをしたミルキーブラウン色の髪を靡かせて。


「アンタ」


 いきなり口を開いて、アンタ呼ばわり。

 今まで聞いていた猫撫で声ではない。きっと素の声音。


「あたしのおまけのくせに、何やってるの?」


 おまけのくせに、か。

 まさか、本当に自分が聖女だと思っているの?

 わからない、と眉間にシワを寄せる。


「あたしが聖女で、アンタはおまけ! まさか! 聖女の座を奪ったから、仕返しにあたしの邪魔をするつもりなの?」

「……あー、別にそんなつもりは」

「嘘付かないで! あの竜人はともかく、ルム様から始まって、トリスター様まで気を引こうとしているじゃない!」


 詰め寄ってきたレイナに、危険を感じて身を引いた。


「あのおじいちゃんに媚び売って、子どものくせに卑怯ね! ああ、子どもだからこそ、かしら!?」

「……」

「いい!? アンタは聖女じゃない! 主役はあたしなのよ! アンタが出る幕はない!」


 自分が主役、か。

 自分大好き人間ってところだろう。

 子どものくせに。

 その言葉で確信する。若返ったのは、私だけ。つまり、聖女は私。


「なんで、自分が聖女だって思うの、ですか?」


 一応、敬語を使う。


「当たり前じゃない! アンタより、あたしの方が可愛いもの! 魔法だってキラキラして綺麗だって言われてるのよ! あたしはボランティア活動をしていたのよ、聖女らしいでしょう?」


 胸を張るレイナ。

 ボランティア活動、か。自分から言う辺り、善意でやっていたとは思えない。自分に利益があったからじゃないのか。

 かと言って、私にボランティア活動したかと聞かれたら、実はない。

 そもそも、自分に聖女の人格があるとは思えないけど。


「今はこの城に居られるけど、追い出すわよ?」


 別に、旅立つ予定だからいいけど?


「城にいるイケメン達に近付かないで」

「何故、複数の人達と仲良くしているのですか?」

「……はぁ」


 呆れられたようにため息をつかれた。


「あたしは大学ミスコンの優勝者よ? イケメン達にちやほやされてないと落ち着かないの。逆ハーレムが当たり前な人生だったもの、当然でしょう?」


 えー。

 二次元なら逆ハーレムはいいけど、逆ハーレムが当たり前の人生って、本気で言ってる?

 言っているな……。

 トラブルが起きて面倒そうじゃないか。一人を愛して、一人に愛されろよ。

 すると、風が吹いて、蝶の群れが、レイナに移動した。途端に、レイナはギョッとして手を振った。


「あっちいって!!」

「ちょっと、蝶に向かってそれはないんじゃ……」

「虫は虫でしょ!? 気色悪い!」


 レイナは言い捨てると、スタスタと歩き去る。

 なんて女だ……。

 こんなにも美しい蝶が、気色悪いとは……。

 いや、まぁ、人それぞれだし、虫嫌いからしたら虫だろうけども……。

 やっぱり理解出来ない。私には出来ない。

 レイナとは、絶対に仲良くなれないだろう。

 レイナが聖女だなんて、ありえない。


「あなた達は美しいわ」


 散り散りに私の頭上を飛ぶ蝶達に、気を取り直して笑って言ってみる。もちろん、返事はなかった。けれど、気にしない。

 私も戻ることにして、歩き出した。


 クスクス。


 小さな笑い声を耳にした気がして、私は足を止めて振り返る。誰もいない。不思議に思いつつ、また歩き出す。


 待って。


 小さな声が呼び止めるから、もう一度振り返る。目の前の宙には、淡い光の塊が浮いてあった。

 なんだろう、と見つめると、形が見えてくる。

 木の葉を一枚、頭に被ったお人形のように手足が丸く、ペリドットの宝石のような瞳がはめ込められていて、アヒル口でにっこりと笑っていた。

 背中には羽根がある。虹色に艶めくトンボのような二つずつ生えているけど、動いてはいない。羽ばたいてはいない、でも浮いている。


「わぁ」


 私は、思わず声を洩らす。

 そして満面の笑みで、軽くしゃがみ、視線を合わせた。道端で猫や揚羽蝶を見かけた時のように、顔を綻ばせて待つ。いきなり話しかけて、逃げられてしまうのは、もったいないもの。

 でも、目の前の存在は、喋ろうとしない。


「……こんにちは」


 根負けして、私は挨拶を口にする。

 これで逃げたらどうしよう。

 けれども、大丈夫だった。


「コンニチハ!」


 元気に挨拶を返してくれたから、私はホッと胸を撫で下ろす。さっき呼び止めてきた声と同じ。


「私は幸華。あなたは妖精さん?」

「うん! フォリ!」

「フォリ? それが名前なのね。あなたに会えて嬉しい!」

「ボクも!」


 鈴のように甲高い声を弾ませて、妖精さんと話した。

 妖精に会えて、嬉しい。


「城の裏にいるの?」

「ううん! 好きなところにいる! コーカ、好き!」


 ぴとっ、と私の胸に抱きついてきた。

 可愛い……!

 抱き締めてしまいたくなる。

 ウッドベリーな香りがした。


「私も好きー!」


 壊れないように、両腕で包む。

 触ったら、消えるかと思ったけど、人形みたいにちゃんと腕の中にある。


「また会える?」

「うん! ボクをいつでも呼んで!」

「ありがとう!」


 呼んだら出てくれるのかな。

 妖精に関する常識がわからないけれど、とりあえず頷いておく。

 腕を離せば、また宙に浮いた。


「近いうちに、コーカに頼みごと、するかも!」

「頼みごと?」


 妖精さんの頼みごとか。内容が気になる。

 内容を話すまで待ったけど、ニコニコしているだけ。どうやら今話す気はないみたいだ。


「わかった。私の力で役に立てるといいけど」

「コーカなら、大丈夫!」


 無理難題ではないことを祈る。

 フォリは、にぱっと笑う。それから淡い光の中で、薄れて消えた。

 蝶もいない。何もいないそこから、私は戻ることにした。

 妖精に会えた興奮を胸に、ルンルンと軽い足取りで歩いて行けば。


「機嫌がいい足取りだな」


 低い声をかけられる。

 この声は、メテ様だ。

 見てみれば、城の壁に寄り掛かったメテ様がいた。


「こんにちは、メテ様」

「……?」


 一歩、踏み出して近付いたメテ様は、首を傾げると屈んでスンスンと嗅いだ。


「妖精でもいたのか?」

「えっ……あーはい」

「ふぅん?」


 じとり、とルビーレッドの瞳で見下ろしてくる。

 そう言えば、この人は私が聖女だと疑っているんだった。

 迂闊のことを言ってしまっただろうか。


「妖精にさらわれるなよ? 部屋まで送る」


 メテ様は私の手を取ると、そのまま引っ張って歩き出した。

 お手て繋いでる……。

 メテ様の手は、大きくて温もりがある。あたたかい。


「この世界の妖精って、人間をさらうのですか?」

「さらわれる理由が自分にあるってわかってるだろ?」


 本物の聖女だから、さらわれる可能性がある。

 ……まさか。

 あんな可愛らしい妖精さんが、さらうわけがない。

 あーでも、私もこの世界の妖精に関して知らないからなぁ。


「あの、メテ様。こういうことをされると、誤解されます」

「ルムみたいに、噂されるとか?」

「……そうですね」

「何か問題あるのか?」


 問題があるのか。私は考えてしまったが、すぐに答えが出る。

 問題がない。

 噂なんて立っても、気にしないのだ。


「今日はオレの贈り物をつけているんだな」


 ふいに振り返ったメテ様は、私のおさげの髪ゴムをつつく。

 見えた横顔は、上機嫌な笑みだった。



 

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