♰10 水を纏う聖女。



「こんにちは、コーカ様」

「こんにちは、グラー様」


 次の日。グラー様が部屋に訪ねてきてくれた。

 白い箱を差し出してくれる。中には、ラピスラズリのような青い丸い石のブレスレット。


「水魔法から守るまじないをかけたブレスレットです。これで防げるはずです」

「いいのですか?」


 魔導師グラー様のまじないをかけてくれたブレスレット。

 メテオーラティオ様やヴィアテウス殿下に引き続き、物をもらってしまうなんて。


「どうしましょう……私、お礼が返せなくて」

「いいのですよ、無事でいてくれれば」


 グラー様は、私の頭を撫でてくれた。


「ご心配をおかけしてすみません。これで死なずに済むかもしれませんね」

「避けられるといいですね、必ず」


 ここまでしてもらって悪いと思いつつ、孫のように可愛がってくれるグラー様に笑みを見せる。


「実は、ルム様から聞きました。メテが怒っているとのことで、そばにいられないそうですね」

「え、ああ、そうです……」

「ほっほっほっ、メテも可愛いですな」

「……可愛いですかね?」


 グラー様にとって、メテオーラティオ様も可愛い孫のような存在なのだろうか。

 あの大きな美形を、孫のように思っている。竜人族で恐れられているのに。

 このおじいちゃん、すごいな。しみじみ。


「メテなら、私めが宥めておきますよ。ルム様と会ってください」

「あーそうですか? わかりました。では……ルム様と会ってきます。……メテオーラティオ様に、ルム様が殺される心配はありませんよね?」

「大丈夫ですよ、彼も人を殺したりしません。ほっほっほっ」


 グラー様は、首を左右に振ってまた笑った。

 ブレスレットを左手首につけて、グラー様と途中まで一緒に廊下を歩いていく。

 それから、城の外。庭園の手前で、ルム様と合流した。

 ふわっとしたスミレ色の髪に左目を隠した髪型。猫背なひょろっとした占い師。


「すみません、ルム様」


 最初に謝っておく。メテオーラティオ様が、絡んで厄介になったこと。

 けれども、ルム様はただ私のブレスレットに注目をしていた。


「それ……見た」

「え?」

「予知の中の君も、同じブレスレットをしてた!」

「え? じゃあ……実現したのですね」


 尋ねた時に、教えてほしかったな。

 でも、そうか。ルム様の予知が、実現しつつある。


「これ、水魔法から守ってくれるまじないがかけられているそうですよ」

「じゃあ、水の魔法で溺れ死ぬことは、ないね……」

「ええ」


 ルム様が考え込む目の前で、私は思い付く。


「そうだ、あえて実現させるのはどうですか?」

「え? ……言っている意味がわからないけど」

「ルム様が目にすることが、実現するのでしょう? 水飛沫のような大量の水に、私と、声ですよね?」


 私はルム様からテクテクと離れて、十分に距離を取る。

 遮るものは何もない。水色の空の下。


「水の魔法を使ってみせますね」

「え? コーカさん、魔法が使えるの?」

「なんのために隣で勉強をしていると思っていたのですか?」


 ルム様が目を点にするものだから、私は呆れつつもそう返す。

 はぁ、と息を吐いてから、私は気を取り直して、水の魔法を使う。


「”ーー大いなる水よ、我の手に集い、清らかに包みたまえーー”」


 突き出した右手に、水を集める。水の魔法。

 詠唱魔法を使ったのは、もちろん聖女の魔法を見せないためだ。

 それは大きなシャボン玉を作り出すように、膨れ上がった。

 水の塊を掌の前に保ちつつ、その場でくるりと回る。ついてくる水の塊が、すいーっと跡を残す。


「こんな感じですか?」


 やっぱり、陽射しの下だと煌めいていて、素敵だ。

 雫が零れ落ちて、一つ一つが光を反射する。

 二つに結んだ髪とドレスを舞い上がらせて、くるりくるりと回っていく。


「見てますか? ルム様」


 ルム様の返事がない。

 私は自分を囲うように回る水の塊の向こうにいるルム様を見た。

 話に聞いた通りの光景だと思う。

 水飛沫のような大量の水を纏う私。


「ルム様!」


 私は声を上げて、返答を待つ。


「あの?」


 隙間から、ルム様を確認する。


「ルム様?」


 ルム様は、自分の胸元を握り締めていた。

 様子がおかしい。

 私は水を操る集中力を切らした。

 バシャン、と一斉に周りに水が落ちる。


「大丈夫ですか? ルム様」


 濡れた芝生を弾むように飛び越え、ルム様の元まで戻った。


「頬が真っ赤ですよ?」


 ルム様の頬が真っ赤に染まっている。熱があるのか。いきなり、熱が出るわけない。


「……き、みっ」


 喉を詰まらせたように、声を絞り出す。


「……きれいだ……」


 それは恍惚なため息だった。

 頬を紅潮させて、熱い眼差しで見つめるルム様。

 それまさに漫画やドラマで見たことのある恋した表情。


「……今、わかった……。これの予知だったんだ。僕が君に恋する予知……」


 私は笑みを引きつらせて、首を傾げた。


「予知を見た時と同じ、感情が昂ってるんだ……」

「な……なるほど?」


 疑問形になりつつも、私は納得する。

 感情の昂りが、同じ。

 死の予知ではなかった。

 死の予知も、恋の予知も、同じ感情の昂りだっただけのこと。


「あ、あはっ」


 ルム様が、今度はお腹を抱えて笑い出した。


「あはは! ありがとう、コーカさん」


 そして、お礼を口にする。

 どうして、ここでお礼なんだろうか。


「僕のこの左目が、誰かの死を見るだけのものじゃないと教えてくれた……ありがとう」


 笑っているのに、今にも泣きそうに歪ませている。

 頼りない感じの占い師は、蹲って泣いてしまった。


「本当に、ありがとう」


 私は何もしていないのに、どうしてそんなに泣くのだろう。

 困り果て、私はただ下にあるスミレ色の頭に手を乗せた。ポンポンと跳ねさせて、あやす。

 しばらくの間、そうしてあげた。



 

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