♰11 告白。



 私の死は予知されていない。

 いいことじゃないか。

 ごめん、と謝ってルム様は、先に帰っていった。

 私も自分の死を阻止することから、解放されたから、ピティさんやグラー様に教えようと部屋に戻る。

 すると、部屋の前に、ピティさんが立っていた。

 私を見るなり、ピティさんは早足で歩み寄ると、腕を掴んだ。


「何したのですか!?」


 問い詰めるけれど、声をひそめている。


「えっと、何って?」

「しーっ! 彼がいるんですよ!」


 声をひそめる理由は、どうやら彼が部屋にいるかららしい。彼って誰。

 ピティさんが、ここまで動転しているのは……メテオーラティオ様? いやそれなら怯えるはずか。

 推測はやめよう。扉を開けば、誰かわかるのだ。

 居候とは言え、自分の部屋なので、ノックせずに扉を開く。

 立っていたのは、煌めく金髪と青い瞳の王弟殿下。

 開けた扉を反射的に閉めなかった私を、誰か褒めて。


「やぁ、コーカさん」

「ヴィアテウス殿下……あっ。お詫びの品、ありがとうございました。私っ、お礼を伝え忘れていましたね。どうかお許しください」

「そんな、謝らないで」


 儚くも色気のある美しい男性であるヴィアテウス様は、微笑みを浮かべて歩み寄る。


「でも、つけていないね? 私が贈った髪飾り」


 すっ、と手が伸びてきた。

 私が二つに結んだ髪の一方に触れる。


「壊してはいけないと思い、いただいた日に一度つけただけです。大事にとっておいてます」


 女性の扱いに慣れた仕草に、ピーンと背筋を伸ばしつつも、ヴィアテウス様のご機嫌をそぐわないように言った。嘘ではない。


「そうか……占い師ルムと仲がいいと耳にしたんだけれど、それとは関係ないと?」


 何故、ヴィアテウス様もその噂を聞いたのだ。

 噂怖い。


「……関係、ありませんね」


 質問の意味がよくわからないと言いつつも、私はそう答えておく。


「さっき、見かけたよ。庭園の手前で、水の魔法で遊んでいたね」


 私の漆黒の髪の毛を指に絡ませながら、微笑んで言葉を続けるヴィアテウス様。


「笑って水を纏う君は……見惚れてしまったよ」

「それは……お褒めいただき光栄です」

「君に興味が湧いたよ。可愛らしくも美しい君に、ね」


 髪の毛を絡めた指で、私の頬をなぞる。


「初心な反応をする、君がね」


 私の耳に唇を近付けて、囁いた。

 驚いて身を引き、耳を押さえる。


「か、からかわないでください」

「本気だよ。それで、コーカさん。本当に占い師ルムとは深い関係ではないんだね?」

「……答える必要がありますか?」


 恋人関係ではないが、それを教えたらどうなることやら。

 ヴィアテウス様はいわくありげな笑みを浮かべつつ、私を追ってきた。距離を取りたい私は、すぐに背にしていた扉にぶつかる。


「私は女性の嘘や演技を見破るのは得意と自負しているんだ。君の初心な反応は、本物。さっきの楽しそうな笑顔も、作り笑いではなかった。だから」


 一度言葉を止めてから、ヴィアテウス様は追い詰めた私の顎をすくい上げた。


「私に全部見せてほしいと思っていることを伝えにきたんだ」


 ヴィアテウス様の手が離れたかと思えば、扉のノブを掴んだ。私が身を退かせば、ヴィアテウス様は部屋を出る。


「すぐに時間を作って会いに来るよ。またね、コーカ」


 私に微笑みとウインクを送りつけると、やっと去っていった。

 呼び捨て……。

 私は困惑して立ち尽くす。

 魔導師メテオーラティオ様は私に気があるし、ついさっき占い師ルム様が私に恋をしたらしいし、その上王弟殿下のヴィアテウス様が告白か?

 どんな展開だ。

 私はしぶい表情で、自分の顎に手を添えつつ、考え込む。

 そして、この展開の理由である答えを一つ導き出した。

 モテ期だ。

 高校時代はモテ期だった。流石は花の十六歳である。姿だけではなく、モテ期まで戻ってきたのだ。

 モテるって罪深い。

 私はどでかいため息を吐いた。

 さっさとこの城を出るために、必要な魔法を学んでいこう。




 翌日に訪ねてきてくれたグラー様に、ありのままを報告した。

 死の予知ではなく、恋の予知だったこと。

 私に恋する予知だったなんて気恥ずかしいが、そう正直に話したのだ。

 グラー様は、温かな目をした。余計恥ずかしいので、その温かな目をやめてほしい。


「この本の中の魔法は覚えましたので、お返ししますね」


 話題を変えて、私は本を渡した。


「早いですね。では、明日、別の本を持ってきます」

「ありがとうございます。……えっと、出来れば、もっと実用的な魔法を学びたいです」

「実用的な魔法を?」

「例えば、結界を張る魔法やなんでも収納できる鞄を作る魔法とか……」


 グラー様は、じっと私を見つめる。

 もっと詳しいことを話してほしいと言いたげな水色の瞳。


「自立した時のために、便利な魔法は習得したいのです。旅をするには便利な魔法だとか」

「……いつかは、この城を出るおつもりなのですね」

「……はい」


 残念そうな声を出すグラー様。

 シワのある手を伸ばして、私の手を握り締めた。


「一生、ここで遊んで暮らしてもいいのですよ。……しかし、コーカ様は旅がしたいのですか?」

「……はい。この世界を、歩き回りたいのですよ。確かに、城で遊んで暮らせるのはとても魅力的な人生ですけれど」


 私は冗談気味に笑う。


「憧れていたのです。魔法や妖精や他の種族が実在する世界。私は堪能したいのです。この世界を、この目で知り尽くしたいのです」


 グラー様の目は、また温かに見つめてくる。

 胸がホカホカした。それは気遣いというより、愛情に思えた。

 本当に、孫のように想ってくれていると、この胸で実感してしまう。

 これもモテ期のせいだろうか。なんてね。


「私めが手助けしましょう。必要な魔法を教えます」

「助かります……ありがとうございます」


 そっと優しく頭を撫でられた。



 

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