普通のお姫様のお話

あんび

昔々……

 ある所にお姫様がいました。

 容姿は特に良くもありませんが悪くもありません。魔法も使えません。不思議な道具も持っていません。武芸もろくにできません。素敵な旦那様もいません。

 お城に閉じ込められて育てられた訳ではありませんが、冒険と言えるほど外で過ごした事もありません。

 頭の良さも、度胸も、優しさも、全て人並み程度です。

 完璧や超人からは程遠い人でした。





 ある時、遠い国からお姫様の国へと1人の旅人がやって来ました。

 酒場でべろべろに酔っていた旅人は、そこでお姫様の話を聞き目を白黒させて驚きました。

「彼女は本当にお姫様なのかい?」

 酒場にいた全員が振り返ります。皆々、眉をひそめています。

「絶世の美女でもなければ剣も魔法も使えない、不思議な冒険をしたことも無ければ深窓の令嬢でもない、素晴らしい男性を夫に迎えてもいない!全く姫らしくない!」

 旅人の一番近くにいた老爺が口を開きました。

「姫とは、王族の娘、という意味でしかないのに、なぜそのような特殊性を求めるんじゃ?」


 その言葉に旅人はやれやれと首を振り、周囲の国々のお姫様達のお話を始めました。彼女らは皆なにかしら目立った特徴があり、偉大な事を成し遂げています。

「隣の国のお姫様なんて、才色兼備文武両道良妻賢母!そら、この国の惨めさが分かったろう?姫とは、優れた者であるのが当たり前……」

 不意に、左右から男達が旅人の腕を掴みました。それから旅人は酒場の外に放り出されてしまいました。

 旅人は悪態をつきながらその国を後にしました。





「……って事がこの間あったって、爺やが言ってましたの」

 お姫様は隣の国のお姫様とお茶会をしていました。

「それは失礼ね」

「ええ!姫は優れていて当然なんて誰が決めたのかしら?」

 彼女はふくれっ面になります。

「美しさの維持も、武道や魔法の能力も、みんな人並み以上の努力の元に成り立っていますのに!素敵な伴侶がいるのも本人の人間性と幸運の賜物です!それを “当たり前” だなんて!」

「……え?」

「え?」

 隣の国のお姫様は怪訝な顔になった後、確かめるように言葉を並べました。

「貴女は、自身が馬鹿にされたから怒っているのでは……」

「私自身へのアレコレは言われ慣れてますもの。そんなことより、貴女や他の国の姫君達の努力を当然だと思っている事や、ましてやそれを叩き棒のように使うだなんて許し難いのです!」

「……」

「むしろ怒るべきは貴女よ。結果は勿論大事よ?でも、貴女の努力の凄まじさも――私にも全ては分かりはしないのだろうけど――私は評価しているし、世間ももっと評価すべきなのよ。あんなの、当たり前にできる事なんかじゃないわ」

 お姫様は照れもせず当然だとでも言いたげな口調です。

 隣の国のお姫様はゆっくり目を瞬かせた後、何か言うよりもまず、お茶のおかわりを手ずからお姫様のカップへ注いであげました。





 ある所にお姫様がいました。

 完璧や超人からは程遠い人でした。


 でも、当たり前を当たり前として流さない人でした。

 努力する事の凄さを知っている人でした。


 お姫様は後にその国の女王様となりました。

 周囲の国々との関係も良好で、平々凡々に国を治めました。隣の国の王子様を旦那様に迎えて、それなり以上に幸せな家庭を築きました。

 そして大きな病もなく老衰で亡くなり、王位はその娘――やはり、普通のお姫様へと受け継がれたのでした。

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