その6
夜8時。撮影スタッフと私達は暗ーい暗ーい夜道を引き返して
「お帰りなさい。ご無事でなによりです」
怪談中とは打って変わって、にこやかな顔で出迎えてくれた住職が宿泊スペースに案内してくれた。寺に住み込みで働く人達用の離れと言うことだが現在は使われていないらしい。
私と『エレメンタリー』のメンバーは女性という事で撮影スタッフとは別の小部屋に通された。
「さあさ、どうぞ、秋先とは言え夜は冷えます。温かいものを用意したのでお食べ下さい」
住職の奥さんだという老婦人が食事を運んで来てくれた。
すき焼きだ。しかも高そうな霜降り肉が入っている。
「凄い……ありがとうございます」
「お、すげー、肉がいっぱい」
「わあ~、美味しそう~」
「わあ、ありがとうございますっ」
山奥の寺に似合わぬ豪勢なもてなしに少女達は無邪気な歓声をあげた。
『いただきまーす』
「食事の後はお風呂も沸かしてますからね。広いお風呂ですから皆さんで入れますよ」
「お風呂!? みんなで!? わ~、良いのかな~? わぁ~」
お風呂と聞いた美緒がやけに大喜びしている。
『エレメンタリー』のみんなはすき焼きに夢中だが、大人でマネージャーの私はがっつく訳にいかない。私は少女達が食べる姿を嬉しそうに眺めている奥さんに声をかけた。
「ご挨拶が遅れましたが、マネージャーの小森と申します。今夜はお世話になります」
「いえいえ、何もない寺ですがゆっくりなさって下さい。気を使われなくて良いですよ。貴方もお腹が空いているでしょう、たくさん食べてね」
はいっ、と肉が盛られた
少女達を見つめるのと同様の優しい眼差しだ。住職の奥さんから見たら私も『エレメンタリー』のメンバーと同じく若い小娘ということだろう。
「わーい、じゃあ私もいただきます」
かしこまるのを止めて器を受けとった。思えば昨日の仕事帰りに連れさられてから何も食べてない。私すごい、よく今まで動けたな。
一口、お肉を頬張って美味しさを噛み締める。
「んん、美味しい! 今まで食べたお肉の中で一番美味しい!」
「喜んでもらえてなによりです。奮発したかいがあったわ」
「急に決まったロケなのにこんなに良くしていただいて、ありがとうございます」
鬼女島社長が『エレメンタリー』の心霊特番出演を決めたのは今日の夕方である。そこから連絡が入って準備をしてくれたはずなのだから、本当にありがたいやら申し訳ないやらである。
「良いのよ良いのよ、今日は特別なんですよ。ここは普段、私と夫だけでおつとめしている寂しい寺ですから、賑やかになって巫女様達も喜ばれていると思います」
住職の奥さんの口から、なにやら聞き慣れない単語が出てきた。
「巫女様? ミコガミ様ではなくてですか?」
「そうです。この寺はミコガミ様のためのお寺ではありません。新しい方の昇天寺は捧げ物にされた巫女様達の魂を供養するために建てられたものなのです」
「……あのう、さっきのお話は番組のために用意された作り話じゃないんですか? ミコガミ様って本当に居たんですか?」
私が聞くと、住職の奥さんは静かに首を振った。
「ミコガミ様のお話は代々寺に伝わるものですが、良くある迷信だろうと思います。……ですが、実際に捧げ物として犠牲になった巫女様達は存在します。毎年、秋が深まってくる今くらいの時期に4人の少女がミコガミ様の腹を満たすための生け贄として捧げられていたのです。そちらは作り話などではございません。迷信のために犠牲となった少女達が居た事は事実です」
住職の奥さんは悲しげな表情で語った。
その瞬間、楽しく食事をしていた4人の少女達の箸が止まった。
「今ではミコガミ様への捧げ物の代わりに、この時期になると4体のね、可愛いお人形をお供えしているんです。なんでも、捧げ物をしなくなったその年に、当時の住職の枕元に巫女様達がいらっしゃったそうなんです。『どうして……なんで今年は誰も来てくれないの……? 私達は……嫌だと言っても……捧げられたのに……さみしい……』と訴えられたそうで、だからと言ってもう人間の女の子は用意出来ませんから、住職は急いで町の人形師の元へ走ったそうです。お人形を捧げるようになってから巫女様達が現れることは無かったそうです」
話を聞いていた『エレメンタリー』のメンバーはお互いに人数を数えあうそぶりをして、4人居ると分かると顔を見合わせた。
あと優奈が物凄く顔を強張らせているが、私が近くに居ないので誰にも抱き付けず、気合いを入れてその場で固まっている。
私は住職の奥さんに問いかけた。
「その……巫女様達の話もただの言い伝えですよね……?」
「…………」
「何か言ってください!」
「……言い伝えです。お人形を捧げるようになってから巫女様達が枕元に現れることは無かったと言われております。ただ、お人形をですね、一晩たったら回収に行くんですが、たまーに数が足りないことがあったそうです」
住職の奥さんは悲しげな表情のまま続けた。
「私がこの寺に嫁入りした年にも同じことがありまして、なんでも山に若い女が入ると、巫女様達がお友達が来たと喜ばれるそうなんです。でもね、安心してください。それだけです。それきり、何事もなく私は無事に寺の嫁として生きてこられています」
何事もなくと言われても、そんな話を聞かされて平静でいられる訳が無い。黙っておいて欲しかった。なぜ奥さんは私達にこんな話をしたのか。
「本当は、テレビ番組なんて俗な物に寺を出すことを夫は反対していたんです。ですが、4人組のアイドルの方が出演なさると聞いて、私は幸いだと思いました。実はですね、巫女様達へのご供養は私達夫婦の代で終わってしまうのです。私達には子供がおりませんし、檀家の居るでもない寺に来てくれる後継ぎも居ません。巫女様達は本当に悲しい存在です。私はそんな子供達を放ってしまう事が心残りで心残りで……」
住職の奥さんは顔を青ざめさせた4人の少女達に優しく語りかけた。
「最後に貴方達のような可愛らしい女の子と遊べたなら巫女様達も満足してくださるでしょう。もし今夜、巫女様達とお会いになったらどうか怖がらないであげて下さい。ミコガミ様は恐ろしいモノですが、巫女様達は違います。貴方達と同じ、可愛らしい女の子達だったんです」
どうぞお願いします、と言って住職の奥さんは深々と頭を下げた。
「ご飯を食べたらお風呂へどうぞ。山には居る前にはよく身体を清めないといけませんからね。せっかくなので、巫女様の装束を準備しましたよ。着替えはこちらを使ってください」
そう言って、住職の奥さんが渡して来た物はまぎれもない白装束だった。
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