その5
陽からウサギのお守りと励ましを貰った優奈は、勇気を振り絞って暗ーい暗ーい夜道を歩いていくシーンの撮影に臨む事になった。
「うわぁ……暗ぇな…………うわっ! なんかっ……風がふいてきたっ……!」
「……風くらい吹くわ。屋外だもの」
怯える優奈と対照的に瑠紫亜は至極冷静で表情もあまり動かさない。
撮影が始まってからこれまでずっとこんな感じのノーリアクションで番組的にどうかなと私は思ったが、瑠紫亜のクールな印象に付いてるファンが多いから下手にキャラ崩壊させない方が良いと
「うう~……う~…………ビクッ! ……ううう……うう~……」
「ぴ、ぴかり~ん……、さっきから変なうなり声が聞こえるよ~。美緒怖~い」
「ほんとだー、怖いよぉー」
「うなり声!? うそっ、どこどこどこ!?」
「……アンタの声よ、まったく」
優奈があまりにも大袈裟にわめき叫ぶので、美緒と一緒に怖がっていた
昼の撮影の時から思ってたけど、
ーーキョ、キョ、キョキョキョキョキョ、キョッ!
ふいに謎の音が暗い森の奥から聞こえてきた。
「ひぃっ、いやぁっ、なんか出たなんか出たなんか出たぁ!」
「わっ、優奈ちゃんっ」
驚いた優奈が私に素早く抱き付いてきた。
カメラが優奈の方に向いている事を確認した陽があきれ顔でこちらを向いた。
「……落ち着きなさい。鳥が鳴いてるだけよ」
「うぐぅっ、……待って、首がっ、首に抱きつくのは、やめてっ……、息がっ……」
「ーーって、ちょっと!」
「やめてゆななん! めいこさんが死んじゃう! は・な・れ・て~」
優奈の圧倒的な腕力で首を締め上げられる私に気付いた
「ううーん……だめっ、こんな馬鹿力、私達じゃどうにも出来ないわ」
「…………」
音もなく優奈の背後に回った瑠紫亜が無言で優奈の脇腹をくすぐった。
「うひっ、うひゃははははっ」
「るーちんナイス!」
優奈の拘束から逃れた私はそのまま地面にへたり込んだ。
「ゴホッゴホッ、……はぁ、生きてる……息が出来る……」
「あ……悪りぃ」
「はいはい、カット!」
撮影を中断させた甲斐プロデューサーが駆け寄ってきた。
「ちょっとちょっと、心霊番組でもさすがに死人が出たらお蔵入りだよ」
「すいません……」
「平気かい? 撮影は続けられそう?」
「はい、ご心配おかけしました。ありがとうございます」
甲斐プロデューサーは私を心配そうに見つめている。他に番組スタッフも居るというのに、わざわざプロデューサー自ら駆け付けて来てくれるなんて本当に良い人である。
感激していると、甲斐プロデューサーがコソッと耳打ちをしてきた。
「マネージャー君、今のは良かったですよぉ。苦痛に耐える君の声と表情は僕をとても高揚させてくれた……。サングラスが少し邪魔だけど、君みたいなキレイな女性が実際に首を絞められる映像は中々手に入らないですからねぇ……」
「え……?」
「さすがにアイドルが人を絞め落とそうとする映像は放映できないから、このシーンはカットしておきますね。僕の個人的なコレクションに加えさせてもらいます。……いやぁ、本当に良いモノを撮らせてもらいました。ありがとうございます」
「ア、ハイ、どういたしまして……」
甲斐プロデューサーは私に手を貸して立たせてくれると撮影スタッフの中に戻って行った。
「プロデューサーから何言われてたの?」
いつの間にか傍に居た
「今の感じで良いよって褒めてもらった……」
私は嘘は言っていない。心底不本意な形でだけど褒められた事に違いはない。
「それにしては顔色が悪いわね。イヤらしい事でも言われたんじゃないの?」
するどいなこの子。
「そんな、イヤらしい事は言われてないよっ。大丈夫だから気にしないで」
「…………」
私の言うことをまったく信じていない目で
これは困った。甲斐プロデューサーは変わった趣味を持った方ではあるが、直接何かして来る訳ではないし、まずい状況に陥ってしまった『エレメンタリー』に仕事をくれた恩人である。心配してくれるのはありがたいが、私がドン引きしたからといって波風を起こすわけにはいかないのである。
「……まあ、アンタが平気なら別にいいけど」
とはいえ、変わった趣味を持つ甲斐プロデューサーが鑑賞対象にしているのは私だけではなく『エレメンタリー』のメンバーもなのだから知らない方が
その後、私は数回ほど優奈に絞め落とされそうになりながらも何とか暗ーい暗ーい夜道を歩いていくシーンを撮り終えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます