その4

※怖がりな方は気を付けて読んでください※




「えー、この昇天寺はですね、戦後に移設される以前はお山の中に本堂がありまして、お山にいらっしゃるミコガミ様をお鎮めするために作られた……と言い伝えられています。ミコガミ様というのは大きなケモノのようなお姿をされていまして……神聖なお山に悪いモノが入らないように、見張っていらっしゃるモノなんですね。しかしながら……ミコガミ様は神様というよりも、いわゆる悪霊ですとか……神は神でも祟り神とか……、そういうモノに近い。お願いを聞いて守ってくださる存在ではないですから、機嫌を損なうとミコガミ様ご自身が荒ぶられる……、悪いことをされる時がある。ですから、ミコガミ様が機嫌を損なわれるような事が無いように、寺の者は毎年、決められた日に捧げ物をしていたんです。それで、何をお捧げしていたのか? と言うと……人間の女の子、いわゆる生け贄なんですよ」


 寺の本堂には『エレメンタリー』のメンバーと番組スタッフ数人が集められ、円を描くように並んで座っていた。明かりは円の中央に置かれた数本のろうそくのみで薄暗い。ゆらゆらとゆらめく灯が住職の顔を怪しく照らし出している。


 恐ろしい言い伝えを聞く『エレメンタリー』のメンバーは可愛い顔を恐怖で引きつらせており、甲斐プロデューサーを多いに満足させた。


「うぅ、こわいよぉ」


「やだ~……」


 寺の住職が語る『昇天寺』の言い伝えを聞いて、ひかりは瞳を涙で潤ませた。すかさず美緒が怯えたような表情をして身をさすった。


「生け贄……!?」


 私も衝撃の事実にとても驚いたようなリアクションを取る。その拍子にかけているサングラスが下がってきたので右手でクイッと引き上げた。


 知り合いになんの挨拶も出来ずにさらわれてきた私がテレビ出演なんかして発見されたら大騒動になる。そこで顔が分からないよう番組スタッフの私物であるサングラスを借りたのだ。おかげで人相は分からなくなったが視界が暗くて見えにくい。


「女の子を、ですか……」


 私は出来る限り神妙な口調になるように心掛けて住職の話に相槌を打つ。


「そうです。敷地の奥に……小さなお社があるんですが、そこに……選ばれた巫女を一晩閉じ込めておく。そうするとミコガミ様が現れて……巫女をいただかれる訳なんですね」


 成り行きで番組に出演することになった私は『エレメンタリー』のメンバーには怖がる事に専念してほしいというプロデューサーの意向で、進行役を務めさせて頂く事になった。


 本来ならば司会業に長けたタレントや芸人がその役目を行うそうだがスケジュールの都合上無し。そして万が一にも不可解な出来事が起こった時のためにこういう心霊特番の時は霊媒師を雇う場合が多いらしいが、それも予算の都合上無し。


 ここだけの話と耳打ちされたが、甲斐プロデューサーの完全なる趣味で立ち上げた企画のためテレビ局からの予算があまり降りなかったそうだ。優奈のわがままでマネージャーの私が出演者に加わった事はプロデューサー的に好都合だったらしい。アイドルのマネージャーには出演料が要らないしね。


「いただかれる、とはどういう意味でしょうか。何か心霊的な表現なんですか?」


 私はプロデューサーの指示通り、言い伝えのキモになるキーワードを視聴者に分かりやすくなるよう強調した。


「そのままの意味です。ミコガミ様は、ケモノのようなお姿をしていますので、その習性もケモノと同様なのです。一晩過ぎて、寺の者がお社の様子を見に行くとね……いっつも生臭い嫌ーな臭いがしたそうですよ……。そして扉を開けると、中が一面真っ赤な血で染まって……中には誰も居ない。ですが、たまに巫女の欠片が……残っていることがありまして、それにはこう、ケモノがやったような歯型が付いていたそうです……。巫女は、ミコガミ様が腹をすかせて暴れないようにするためのなんですよ。ミコガミ様とは漢字で書くと『巫女噛み様』なんです。……生け贄の巫女を、人間の女の子を、こう」


 ーーガチ、ガチッ、住職は己の歯を鳴らした。


「……と噛んで食べてしまうからなんですよねぇ」


「ーーきゃああああああああっ!!」


「はい、カット!」


「いやぁ!! もういやぁっ!!」


 プロデューサーのカットがかかった瞬間、恐怖で錯乱した優奈が私にしがみついてきた。

 いきおいでサングラスが大きくずれたが、今はカメラが回っていないので気にせずに優奈の頭を優しくなでる。


「よーしよーし、大丈夫大丈夫怖くないよー」


「ううぅ………………」


 幼子をあやすように声をかけると、優奈は撫でられるまま私の胸に顔を埋めて大人しくなった。

 そこへ満足そうな笑みを浮かべた甲斐プロデューサーがやって来た。


「良いよ良いよ、君はとても良い……。暗闇に響きわたる絹を裂くような悲鳴はどんな名曲にも勝る至高の夜想曲セレナーデだ。素晴らしい……」


「ありがとうございます。ほら優奈ちゃん、プロデューサーさんに褒められてるよ」


「………………………………しねハゲ」


「すいません、怖すぎて何もコメント出来ないみたいです」


「良いです良いです。プロデューサーへのおべっかなんてね、僕は求めてないんです。僕が欲しいのは少女達が恐怖に顔を歪め、恐れおののき泣き叫ぶ、そんな美しい光景なんです……。僕はね、君達が怖がっている姿を見られればそれでじゅーぶんなんです。……夜は長い、もっともっと僕に君の素晴らしい声を聴かせてくださいねぇ」


 次は暗ーい暗ーい夜道を歩いていくシーンを撮りますよ、と言って甲斐プロデューサーは本堂から出て行った。


 撮影の流れはこうである。

 まずは山のふもとにある現在の昇天寺でご住職から『生け贄の社』の話を聞くシーンを撮影する。

 その後に山の中腹にある旧昇天寺へ歩いていくシーンを撮影したら、山のふもとに一度戻って食事と入浴を済まる。

 その後は旧昇天寺に戻り複数台の監視カメラに見守られながら一泊する。


 旧昇天寺に行ってからは、プロデューサーと番組スタッフは山のふもとで待機するため、私と『エレメンタリー』のメンバーは朝になるまで5人で廃寺に居ないといけないのだ。


「優奈ちゃん大丈夫? 立てる?」


「……立てない」


「撮影スタッフさん達が待ってるよ」


「やだ、外になんかぜったい行かねー」


「……困ったなぁ」


 抱き付かれたままでは私もこの場から動く事が出来ない。「行こう」「行かない」の押し問答をしているとひかりがやって来た。


「なにぐずぐずしてるの、さっさと来なさい。撮影時間は一晩しかないのよ」


「優奈ちゃんが外に行きたくないって」


「大人しくなってちょうど良いと思ってたら駄々こね始めるなんて、ほんと手が掛かるわね」


 ひかりは小さくため息をついた。


「……ふん、笑いに来たのかよ」


 優奈はふいっと陽から顔を背けた。

 いつも威勢の良い優奈が私に抱き付いてる図は普段の彼女を知る者にとって信じがたい光景だ。優奈自身もよく対立している陽を相手に情けない姿を見せるのはかなりの屈辱なのだろう。


「仕事中にわざわざそんな事しないわよ。子供じゃないんだし」


 ひかりはしゃがむと優奈にあるものを差し出した。


「ほら、これ貸してあげるから一晩くらい踏ん張りなさい」


 優奈はそうっと陽の方へ振り向いた。

 ひかりの小さな手の平にはウサギのキーホルダーが乗せられている。ピンク色の毛糸で編まれたぬいぐるみで、年代物なのか少々くたびれている。


「……なんだよこれ」


「物凄い力を秘めたスーパーウサギさんよ。どんなお化けが出ても絶対やっつけてくれるお守り」


「ただのキーホルダーじゃねーか」


「そんな事無いわ。昔、子役やってた時に夜のロケがある時は必ず持ち歩いてたけど、おかげで何事も起きたことが無い。ちゃんとご利益があるのよ」


「ほんとかよ……」


 優奈はウサギのキーホルダーを胡散臭げに見ている。

 ひかりはそんな優奈をまっすぐ見つめて言った。


「それでも何かあった時は私達がついてるわ。アンタがどう思ってるかは知らないけど私達は同じグループの仲間なのよ。アンタは1人じゃないの。怖いなら手を握ってあげるくらいするから少しはメンバーを信用しなさい」


 優奈とひかりはしばし見つめ合う。

 常に言い争っているか、睨み付けあっているかのどちらかだったひかりと優奈が、ちゃんと目線を合わせて話すのは初めてなのかもしれない。


「……オマエみたいなちっこいのに手を引かれるほど落ちぶれちゃいねーよ」


 優奈はウサギのキーホルダーを手に取った。


「……オマエは持ってなくて良いのかよ」


「別に良いわよ。私も子供の時は人並みにお化けが恐かったけど、高校生にもなってそこまでビビってんのは日本中探してもアンタくらいでしょ」


「ぐぐぐ……」


 優奈はムカつくけど心配してくれてるようだし感謝してる、けどこのチビやっぱムカつくわみたいな複雑な表情をしている。


「ふふふ」


 私はつい頬を緩ませてしまった。


「なに笑ってんだよ」


「仲良しだなーって思って」


「チッ、テメーは黙ってあたしの身代わりサンドバッグやってりゃいいんだよ。チョーシのんな」


 優奈は眉間に深いシワを寄せて毒づいた。

 私とも早く仲良くなってもらいたいものである。

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