アイドルは仕事を選べない

その1

 事務所に戻った『エレメンタリー』のメンバーと私は、言われたとおり社長室に直行した。

 待ち構えていた鬼女島社長は渋い顔をしてノートパソコンの画面を眺めている。


「やれやれ、とんでもない事をやってくれたもんだ。これを見な」


『メサイアプロダクション期待の新星アイドルグループ、早くも墜ちる』


 ニュースサイトのトップページに載っていた記事は、昼の生放送から始まった炎上について書かれていた。


『今年の4月にメサイアプロダクションが新たに立ち上げた新生アイドルグループ『エレメンタリー』。同事務所初のアイドルユニットであり、鬼女島ジョディ社長が自ら選抜したメンバーにより構成されている期待のグループだった。デビュー間もないにも関わらず、抜群のルックスと歌とダンスで注目を集めていた彼女達だが、生放送中に露見してしまった不適切な行動とメンバー同士の軋轢が問題になり、ネットの評判はガタ落ち。このまま業界から消えてしまうだろうと思われる』


「とんだイメージダウンだ。さっきから仕事のキャンセルの連絡ばかりだよ。やられたね。こうも短時間ですっぱぬかれちまうと、いくらアタシでも差し止められない」


 そういう鬼女島社長はしてやられたというような悔しそうな表情をしている。

 まさか、こんな大事になるなんて。少しゴタゴタしてしまったが、ステージは完璧だったし番組スタッフ達の受けも良かった。それでもほんの少しの失敗が許されないものなのか。芸能界とは厳しい世界だ。


「消えてしまうだなんて随分はっきりと書いてくれてるのね。まだそこまでの結論を出せる段階じゃないはずでしょ」


 記事を読んだひかりは鬼女島社長と同じく渋い顔をした。


「何も問題を起こさないのが1番と言っても、新人アイドルがリアルタイムでやらかすなんて良くあることよ。その日のうちにトップニュースになるなんて展開が早すぎるわ。『エレメンタリー』はまだそんなメジャーなアイドルじゃないのに」


 ひかりはニュースサイトの記事に不満そうだ。


「どうやらお前達はようだね」


、ですか?」


 ひかりが不思議そうに問いかける。


「お前達はアタシがこの目で選んだ一級品だ。ルックスも歌もダンスもすでに活躍してる他事務所のアイドル達と並ぶか、それ以上。知り合いのプロデューサーには片っぱしから声をかけといたし、順当にいけばアイドル業界の勢力図は簡単にひっくり返るはずだった。それを良しとしない連中がいるんだろう」


「他の事務所に目をつけられていた訳ですか……足元をすくわれましたね」


「そうだ。大手のメサイアに面と向かって喧嘩は売れないが、幸いにも当の本人達が身から錆を出したんだ。見逃さないだろうさ」


 出る杭は叩くのがこの業界でのしあがる秘訣だよ、と鬼女島社長は笑みを浮かべた。背筋がブルッと来た。この方は本来は叩く側なんだろうな。


「も~、てきとーなことばっかり書いてある~。ゆななんは確かにおこりんぼだけど~、別に私達は仲悪くないよ~」


 美緒がぷうっと頬を膨らませた。隣で瑠紫亜が凛とした表情で顎に手を当てている。


「土浦さんがアイドルとして不適切な人材な事は否定出来ないけど、同じ夢を志す大事な仲間だもの、大切に思っているわ。間違った情報で中傷を受けるのは不愉快ね……」


「ね~、みんな仲良しだよね~」


「ふふふ、そうよね……」


 美緒と瑠紫亜は仲睦まじそうに微笑みあっている。瑠紫亜が笑うところは初めて見たかもしれない。無愛想な子だと思っていたが親しい相手にはそうでもないようだ。


「オメーら、そんなこっぱずかしいことよく堂々と言えるな」


 2人の様子を見ていた優奈は居心地が悪そうにしている。


「メンバー同士の仲が良いことをアピールするのも人気を出す秘訣よ」


 腕組みをしたひかりは美緒と瑠紫亜のやり取りをうんうんと頷きながら見ている。


「アイドルのファンには個人を応援するんじゃなく関係性を応援する人もいるの。可愛い女の子達が無邪気にじゃれあう姿を見て安らぎを感じる特殊な嗜好を持った人も多いのよ」


「なんだそれ……」


「個人で推してもらえるのも良いけど、ユニットで活動するなら箱推ししてくれる方が不公平にならないし、グループ全体の底上げになるわよね。とにかく、まず落ちてしまった好感度を何とかしなきゃ。愛嬌のある美緒とからませるのが無難かしら……」


 ひかりは真剣な顔で『エレメンタリー』の今後の売り出し方について模索している。私よりひかりの方がマネージャーに向いてそうだ。

 どうしよう、このままでは私は要らない子になってしまう。


 優奈はひかりの話を眉間にしわを寄せて聞いている。


「あたしにそんな真似出来るわけねーだろ」


「仕事なんだから文句言わないでやりなさいよ。そもそも誰のせいでこんな事になったとおもってるの?」


「ぐっ……それは……、悪りーとは思ってるけどよー。だいたい、ガラでもねーのにあたしにアイドルなんてのをやらせる奴がおかしーんだろぉ?」


 優奈はくるりと向きを変えると挑発的な態度で鬼女島社長を見た。


 何も言ってない私が変な汗をかいてきた。

 優奈の不遜な性格は分かっていたが鬼女島社長に対して、あんな口のきき方をするなんて恐れ多い。普段から「ジョディ」と呼び捨ててるし、怖いもの知らずとはこの事か。


「ゆ、優奈ちゃんっ、そ、そんな事言ったら駄目だよっ」


 慌てた私が止めようとすると、鬼女島社長は可笑しそうに含み笑いをした。


「クックックック、相変わらず生意気な小娘だねぇ。でなかったらとっくの昔に放り出してるよ」


 鬼女島社長は衝撃的な発言をした。


「ま、孫!? 優奈ちゃんは鬼女島社長のお孫さんだったんですか!?」


「うっせーな、そんくらいで騒ぐなよ」


 優奈は対したことないような口ぶりだが私にとってはそうはいかない。

 社長の孫と言ったら会社で関わる人物の中でもトップクラスに丁重な扱いをしないといけない存在だ。気安く『優奈ちゃん』なんて呼んでいい相手ではない。というか鬼女島社長は一体おいくつなんだろう。


「はぁー、アンタ本当に何も知らないのね」


 腕を組んだひかりが呆れた顔で私を見ている。美緒と瑠紫亜も特に驚いた様子はない。知り合って1日も経ってないとは言え、私だけ知らない事が多すぎる。


「社長の孫でもなかったら、こんなガラの悪いアイドルを事務所に置いておくわけないじゃない」


「たしかに」


「だけど、社長は孫だからと言う理由だけで甘やかすような人じゃないわ。内面を別とした優奈のアイドルとしてのポテンシャルは他のメンバーも認めている。アンタもマネージャー気取るんだったらメンバーへの扱いは平等にしなさいよね」


 社長の孫相手にどうゴマをするべきか考えていたら釘を刺されてしまった。

 よく考えたら瑠紫亜だって大女優の娘だし、そういうのは深く考えないで『エレメンタリー』のメンバーとしての彼女達と触れ合っていけばいいのか。


「アイドルなんてガラじゃないって言ってるけど、ステージで割り切って踊ってる優奈ちゃんは凄く可愛かったよ。あの調子で『エレメンタリー』としての活動中だけでも頑張っておしとやかに出来るようになったら良いと思うけどなー」


「あぁ? テメー何様のつもりで言ってんだよ。その無駄にデカイ乳もぐぞコラ」


「ひぃ、ごめんなさいっ」


 気さくにマネージャーとしてアドバイスしてみたら恐ろしい顔で恫喝された。メンバーを平等に扱うより、まずは私の事をマネージャーとして認識してもらわないと駄目だなこれ。


「言って大人しくなるならアタシも苦労しないさ………………いやそうか、なるほど、大人しい状態を視聴者に見せれば問題ないね」


 何かを思いついたような様子の鬼女島社長はキーボードをカタカタと叩き出した。誰かへメールを送ったようだ。


 数分後、メールの返信を読んだ鬼女島社長はニンマリと愉悦の表情を浮かべた。なんか凄く嫌な予感がする。


「お前達に仕事を取ってやったよ。どこも引き受けてくれないからってお蔵入りになりかけてる企画さ」



『○○○○が呪われた廃寺にお泊まり!! ~生け贄の社に残された巫女の怨念が美少女アイドルを襲う~』



 こちらに向けられたタブレットにはおどろおどろしいフォントで番組タイトルが表示されていた。○○○○の部分に出演するアイドルグループの名前が入るのだろう。


「撮影は今夜だ」


「「「「「えぇえ!?」」」」」


 鬼女島社長の無慈悲な言葉にマネージャーと4人のアイドルは悲鳴を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る