その2

「はあ!? なに考えてんだよ、ふざけんなっ、あたしはそんなもん出ねーぞ!」


 即座に優奈が抗議の声を上げた。


「廃寺って……生け贄って……嘘でしょ……」


「うぅぅ~、絶対怖いよ~。いやだ~」


「テストが近いので帰って予習をしたいです。泊まりはちょっと……」


 他のメンバーも気乗りしない様子だ。


「今のお前達が仕事を選べる立場かい? アイドルを始める時に契約書を書いただろう。事務所の利益に貢献しない場合は違約金1千万円」


 鬼女島社長が言うとみんな黙り込んだ。

 アイドルの契約書にはそんなヤ○ザの借用書みたいな事が書かれているのか。怖っ。この人は高校生相手でも容赦がないな。


「今回の騒ぎの原因は優奈なんだから優奈に1人で行ってもらえば良くないですか? 私達は優奈がソロで仕事取ってもひいきだとか全然思わないですよ。むしろその方向でお願いします」


 ひかりが早口でまくし立てる。


「グループの問題はだ。初めによく言って聞かせただろう。リーダーのお前がそこのところを分かっていないとはねぇ、残念だよ」


「う……たしかにそれはそうですけど……」


 リーダーのひかりは鬼女島社長にあっさり論破された。


「……未成年の労働者は22時以降は仕事をしてはいけないと労働基準法で定められていると思います」


 瑠紫亜が毅然きぜんとした態度でもの申した。そうなのか知らなかった。瑠紫亜は物知りだな。


はね。お前達はアイドルだ。ある程度名の売れてる芸能人はとされ労働基準法適応外。未成年でも保護者さえ付いてれば夜も休まずに働かせても法律上は問題無いのさ」


「流石に、大手芸能事務所の経営者を相手にしてのディベートは無謀でしたか……」


 瑠紫亜は無念そうに呟いた。


「あの、少し気になったんですが、この場合の保護者とは……?」


 恐る恐る手を上げると鬼女島社長は呆れたような顔をした。


「何のために大枚はたいてマネージャーを用立てたと思ってるんだい? アイドルとマネージャーは一蓮托生さ。……だが『エレメンタリー』は事務所の大切な商品だ。キズ1つ付けるんじゃないよ。まかり間違って本当に怨霊が出た時はアンタが身代わりになって呪われてきな」


「ふぁ!?」


 鬼女島社長が何を言っても、もう動じないつもりだったが、まさか呪われろとは。驚きのあまり変な声が出てしまった。


「あの、少し気になったんですけど……まさか本当にんですか?」


 追い詰められた子ネズミのような目をした陽が恐る恐る手を上げた。


「なんだい、お化けが怖いのかい?」


「いや、廃寺は人並みに薄気味悪いとは思いますけど、お化けが怖い訳じゃなくてですね。社長の言い方だとなんだかなお仕事だなーって、えへへ」


 鬼女島社長の様子を窺いながら可愛らしくはにかんだひかりの姿は、元社長秘書の私から見ても完璧なご機嫌お伺いスタイルだった。

 若干16歳の少女がなぜここまで世渡りにたけているのか謎である。鬼女島社長が直々に選んだ人材なだけはあると言うことか。


「んー、企画自体は去年の夏から上がってたみたいだが、何者かに収録場が荒らされていたり、体調を崩すタレントが出たりで今の今まで進んでなかった企画のようだよ。こんなのでもないと今は回ってこないんだから諦めな」


「ガチのいわく付きじゃないですか……」


 ひかりのつぶらな瞳からハイライトが消えた。消え入るような声で呟いたひかりは諦めたような顔をしてうなだれる。


「ロケ地とは別で現場に宿泊所があるから準備は必要ない。遠出になるからすぐに出発だよ。もうすぐ迎えが到着する。この企画のプロデューサーは実力はあるが変わり者でね。この特番はソイツの趣味みたいなもんだよ。気楽にやりな」


「わ~、お化けは怖いけど~、みんなでお泊まりなんて初めてだよね~。美緒、ちょっと楽しみかも~」


 鬼女島社長の言葉を聞いた美緒がキラキラと瞳を輝かせていた。

 こういうのが1番苦手そうに思ったのに意外と大物だな。


「……はあ、仕方ないわね。私も腹をくくるわ。泊まりになるって親に連絡しよ」


 ひかりはスマートフォンを取り出してポチポチといじりだした。


「優奈ちゃんの保護者は鬼女島社長だから良いとして、2人は家に連絡しなくて良いの?」


 私は何もせずにじっと立っている美緒と瑠紫亜が気になって声をかけた。


「……大丈夫です。父と母は基本家にいませんから」


 私の質問に瑠紫亜は淡々と答えた。

 瑠紫亜の母親は大女優の風音聖良だが、風音聖良の結婚相手はたしか有名な映画監督だったような気がする。両親ともに多忙なんだろうな。


「美緒も~、1人暮らしだからいつでもお泊まりOKだよ~。アイドルになるために東京に引っ越ししてきたんだ~」


 続いて、美緒がにこやかに返答してくれた。


「美緒ちゃん、1人暮らしだったんだ。ご飯とか自分でつくってるの?」


「うん~、たまに。でもだいたいデリバリーとかコンビニご飯かな~。学校とかレッスンとかで忙しいとめんどくさくなっちゃうんだ~」


 エヘヘと笑う美緒だが、高校生の女の子が1人暮らしでデリバリーとコンビニだなんて聞いてしまったら、めいこお姉さんは心配してしまうぞ。


「そうなんだ。良ければだけど、今度から私が美緒ちゃんにご飯作ってあげようか? 私、事務所に住んでるから仕事ついででも寄りやすいと思うし」


 そう提案してみると、美緒は凄まじい衝撃を受けたようなリアクションをした。


「はうっ、めいこさんが美緒に毎朝お味噌汁を作ってくれるの~!? そ、それって~……ひょっとしてプロポーズ的な?」


 なんでそうなる。プロポーズなんて言われても私は女だ。


「えっと、美緒ちゃんはお味噌汁が好きなの?」


「ううん~、和食より洋食が好き~。でもでも~、めいこさんが美緒のために作ってくれるのなら~、毒でも何でも食べちゃうよ~」


「さすがに毒は作れないかな……」


 洋食派なのになんで味噌汁なんて言い出したんだろう。美緒はちょっと変わった子である。


 ふと見ると瑠紫亜が私達の様子を眺めていたので声をかけてみた。


「あ、瑠紫亜ちゃんもお家で1人の時があったら一緒にご飯食べに来ない?」


「……食事は家事手伝いの方が用意してくれるのでお気持ちだけで結構です」


 にべもない。仲が良さそうな美緒と一緒なら私とも仲良くしてくれるかなと思ったけど、そんなに簡単にはいかないようだ。


「余計な心配されそうだったから、今から廃寺に泊まりに行くとまでは言えなかったわ……番組が放送されたら驚かれそう」


 親への連絡を終えた陽がムムッと眉根を寄せている。


「ちょっと待てよ不知火! オマエ本気で行く気なのか!?」


 優奈が慌てたように叫んでいる。


「グダグダ言っても仕方ないじゃない。心霊番組の収録なんて気味悪いのを我慢すればキャーキャー叫んでるだけで終わるんだから、やってみれば楽なものよ」


 やると決めたとたんにプロ意識が出たのかひかりは怯える様子もなく堂々と構えている。

 その発言は経験者のような口ぶりだが、アイドルを初めて間もないひかりがどこでそんな経験をしたのだろうか。


 優奈は美緒と瑠紫亜にも同様に問いかけた。


「呪われた寺に泊まるんだぞ! オマエらは良いのかよ!?」


「でも~、せっかく社長が探してくれたお仕事だし~、一緒に頑張ろうよ~」


「……内容はともかく、貰える仕事は受けていかないとイメージ回復の機会も作れないわ。大変そうだけど皆で頑張りましょう」


「だけどよぉ……」


「アンタなんでそこまで嫌がるのよ。愛想振り撒かないといけない普通のアイドル活動より、よっぽどやりやすいと思うけど……」


 ひかりは妙に切羽詰まった様子の優奈に困惑している。

 ふとひかりは何かを思いついたような顔をした。


「まさか、優奈……アンタお化けが怖いの?」


 優奈はあからさまにギクッと身を強ばらせた。


「んん!? ……そ、そんな訳ねーだろっ。ガ、ガキじゃあるまいしっ」


 あ、優奈はお化けが怖いんだ。

 その場にいた全員がその事実を認識した。

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