その7

「みんな凄かったね! 私、これからマネージャーとしてみんなの力になれるよう頑張るからーー」


 収録後、私は楽しかったステージの感想を伝えようとウキウキで楽屋のドアを開けた。


「アンタあの態度はどういうつもりよ。嫌だろうがなんだろうが『エレメンタリー』でいる間は最高のアイドルを演じなさいって言ってるでしょ。なに考えてるの? 考えてないの? 考えられる脳みそ入ってないの?」


「んだと、ゴルァ! 誰に言ってんのかわかってんのか! ナメてんじゃねーぞ! いい加減、泣かすからな!」


 しゃんと胸を張った小さなひかりと、アイドルらしからぬ形相で身を屈めた優奈が、息も触れ合いそうな程の至近距離で睨み合っている。


 アイドルの土浦優奈が眉間にしわを寄せ目を剥いて恫喝どうかつする姿はとても世間様には見せられたものではない。対抗するひかりは自分の頭上から凄みを効かせている優奈から視線を反らすことなく、まっすぐに睨み上げている。


「トークはもうちょっとだったけど~、ステージ上手くいって良かったね~」


「そうね、不安だった土浦さんとのユニゾンも問題なかったし……どこか他で練習していたのかしら……」


「ゆななんは~、ああ見えて頑張り屋さんだからね~。そういうとこ可愛い❤」


「聞こえたら厄介よ……」


 もう慣れてしまっているのか、美緒と瑠紫亜は睨み合う2人を完全に放置して雑談をしている。


「そんなっ……さっきまであんなに楽しく歌ってたのに……。ふ、二人とも落ち着いて!」


「あぁ?」


「私は落ち着いているわっ!」


 仲裁に入ろうとすると、優奈とひかりは同時に私へするどい視線を向けた。怖っ。


「最後は盛り上がってたし、プロデューサーの方もみんなの事すごく褒めてたよ。そんなに怒らなくても良いんじゃない?」


 ひかりに訴えると、優奈は怪訝な顔をして眉間のシワを解いた。私が優奈の肩を持つとは思っていなかったのだろう。


 優奈の態度が褒められたもので無かったのは理解できるが、当人はわりと頑張っていたと思う。しぶしぶながらもステージ衣装を着て笑顔で歌う優奈はちゃんとアイドルに見えた。普段の言動からはとても想像がつかない変わりようだった。


「素人マネージャーが知ったような事を言わないで。カメラの前でキレるアイドルなんて前代未聞よ。芸能人の評価は大衆が抱くイメージで決定される。いくら顔が良くて歌とダンスが完璧でも好感度が下がればおしまいなの」


「で、でも、ああいう時はカットとかしてもらえるんじゃないの?」


 にわか丸出しの知識で二本の指をチョキチョキさせると、ひかりは大袈裟に大きなため息をついた。


「今出演した『平日の昼下がり』って情報番組は放送開始から30分間は生放送よ。そこで行われる新人俳優や新人アーティストの紹介コーナーは後々から大ブレイクした芸能人が多く出演してる。アンテナ張ってる視聴者や同業者からの注目度が高くて絶対に失敗は出来ないの」


「へー、ひかりちゃん詳しいね」


「そんな事もリサーチしてないで、よくマネージャーづら出来たわね」


 と言われても私は昨日まで一般人だった訳だし、業界のことに疎くても仕方ないと思うけどな。だけどそんな事を言ったらまた怒られそうだから何も言わない。かしこい私である。


「あ~、ぴかりん見て見て~、私達のことがネットに出てきたよ~」


 スマートフォンをせわしなく操作していた美緒が声を上げた。

 ネットでの自分の評判を確かめるエゴサーチというものをやっていたようだ。


「え~と、『さっき平日に出てた新人アイドルの顔面偏差値ヤバすぎ』『歌もよかったけどそんなことより顔が良すぎる』『メサイアの本気』『メインで入ってる女優が一般の方に見えた』 やった~、褒められてるよ~!」


「当然でしょ。『エレメンタリー』のビジュアルに文句がつくなら今やってる現役アイドルは全員廃業になるわ」


 ひかりがさも当たり前のように言い放つ。その『エレメンタリー』には本人も含まれているのだが、物凄い自信だ。

 まさにその通りの美少女揃いだとは認めるが、さりげなく他のアイドルをおとしめちゃってる所は高飛車で可愛くない。イメージが大事ってこういう事か。


「あっ……」


 にこにことエゴサしていた美緒の表情が急に暗くなった。


「どうしたの美緒ちゃん?」


「ううん~、そろそろ楽屋出ないと次の人たちが困っちゃうよ~」


 美緒はスマートフォンの画面を胸元に押し付けて、帰り支度を始めた。そのわざとらしい話題の変え方を見逃すひかりではない。


「美緒、スマホ貸して」


「いくらぴかりんにでも個人情報の入った端末を軽々しく渡すわけには……」


「いつも勝手に色々と見せつけて来る癖に何いってるのよ。何か見たんでしょ。貸しなさい」


「うう~、駄目っ」


 美緒はスマートフォンを持った手を高く上げた。こうなると背丈の低いひかりには届かない。


「ちょっと、美緒、ふざけないでよ。ーー瑠紫亜っ」


 背伸びをして手を伸ばしていたひかりが一言叫ぶ。すると静かに美緒の背後に回っていた瑠紫亜が美緒の手からサッとスマートフォンを取り上げた。

 そのまま無言で画面を見つめた瑠紫亜は、しばらくして形のよい眉をかすかにひそめた。


「……少し困ったことになりそう」


 そう言ってこちらに向けられたスマートフォンの画面には『エレメンタリー』についての感想がズラリと並んでいた。



『美緒ちゃんまじかわいい、推す』

『リーダーの小さい子どっかで見た幼女』

『黒髪の子すっげえ可愛いけど曲入る前にマジギレしてなかった?』

『顔面のよさと性格の悪さは比例すると偉い先生が言ってた』

『顔が良ければいいじゃん。すぐ消えそうだけど』

『なんかトーク噛み合ってなかったしグループ仲悪そう』

『新感覚のギスギス系アイドル?』

『あのキレ方は素人じゃねーな』

『人として大切なものを全て顔面に捧げたんだろ』

『可愛くても乱暴なのはちょっと……』

『だが瑠紫亜様には踏まれたい』

『わかりみ』



 その後は延々と性格悪そうとかメンバー仲悪そうとか否定的な意見が続いている。なるほど、これがネットとかでよく見る炎上というやつか。



 ターラーラーラー、ララララ、ラー、



 突然、大音量で音楽が鳴り響いた。


「はぅっ、びっくりした~」


「!? なによこれ、どこで鳴ってるの?」


「クラシックかしら……」


 音の出所を探る少女達の視線が私の手元に集まって来る。

 私の手の中で赤いスパンコールで派手にデコられたスマートフォンが着信音を上げていた。


「……『愛のテーマ』だな。50年くらい前の『ゴッドファーザー』っていうマフィア映画の主題歌だ」


「そんな昔の映画よく知ってるね。優奈ちゃん映画好きなの?」


「家でジョデイがよく観てっから……」


 スマートフォンの着信画面には赤いマーメイドドレスに身を包んだの画像が映し出されていた。


「……………あれ、優奈ちゃん鬼女島社長と一緒に住んでるの?」


「なにしてるのよ! 早く出て!」


 焦った様子のひかりが私を怒鳴る。いやだって怖いから出たくない。


「出ない方が後から怖いわよ」


 心を読まれてしまった。私は自分の心臓が激しく高鳴るのを感じながらスマートフォンのスピーカーをONにした。


「お待たせいたしました! 小森です!」


『事務所に戻ったら4人を連れて社長室に来なーープッ』


 それだけ言って電話は切れた。私もだと思うけど『エレメンタリー』のメンバーは一気に顔色を悪くした。

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