その5

 「はい、みんな集合したね! さっそく現場へ行こうか!」


 エントランスで待ち構えていた私は、集合した『エレメンタリー』のメンバーに大きな声で呼びかけた。


「な、なんでアンタがここに居るのよ」


「信じらんねぇ、ピンピンしてやがる」


 ひかりと優奈が驚愕の表情を浮かべていた。幽霊でも見たような顔をしている。泣いて逃げ帰るとでも思っていたのだろう。

 残念ながら私にはアイドルマネージャーとしての仕事を全うする以外に生きる道がないのだ。何が起ころうともどんとこいだ。紅茶でも麦茶でも緑茶でもなんでもぶっかけてこい。


「…………」


 ノーリアクションだが、かすかに目を見開いているところを見ると瑠紫亜も驚いているようだ。そして私にぶっかけられるような液体は所持していない。

 チャンスである。撃退されないうちに話を進めてしまおう。


「さあ、乗って乗って! 時間が無いよ。遅刻、ダメ、ゼッタイ!」


 入り口前に停めておいたワゴン車をへメンバーを誘導する。ひかりが渋い顔で私を見ているので、優奈と瑠紫亜はどうしたものかと顔を見合わせた。


「なんでアンタが仕切ってるのよ。だいたい私は美緒にタクシー呼んでって頼んだんだけど、どういうこと?」 


「えっとぉ~、それは~……。めいこさ~ん」 


 ひかりににらまれた美緒は、さながらヘビににらまれたカエルだ。美緒は私へすがるような視線を向けてきた。


「今後の現場移動は事務所の移動車を使うようにと社長から言い付けられています。今度からはタクシーじゃなくての私が運転する車を使ってね」


 マネージャーの部分を強調しながらひかりに、にっこりと笑顔を向ける。


「……ふん、まあいいわ。仕事に遅れるわけにはいかないし」


 不満げな様子を隠そうともせずにひかりはぷいっとそっぽを向いた。すたすたとワゴン車の方に歩いていく。私情より仕事優先で行動するところはさすがプロである。


「ぴかりん待って~、隣に座ろ~」


「いちいちくっついて来ないで」


「わ、こわ~い」


 その後を慌てて追いかけた美緒は、ひかりの腕を取ろうとして無慈悲にはねのけられていた。それでも嬉しそうに陽の隣を並んで歩いていく。


「優奈と瑠紫亜もさっさと乗りなさい」


「うるせー、あたしに指図すんなっ」


 ひかりに促された優奈は荒々しく乗り込んでいった。


「…………」


「る、瑠紫亜ちゃんもどうぞ」


 先ほどからじっとひかりが車に乗り込む様子を見つめていた瑠紫亜がなかなか動こうとしない。

 他のメンバーと歳が変わらないはずの瑠紫亜だが、大女優の血がそうさせるのか、ちゃん付けするのもおこがましいオーラがある。


「…………」


 瑠紫亜は私を一瞥すると特に何も言わず、優雅に車へ乗り込んでいった。


「何してるのよ! 早く出して!」


 呆けているとひかりから容赦なく怒鳴られたので、慌てて運転席に乗り込んだ。



 三の浦スタジオに到着したのは収録開始の10分前だった。

 土地勘が無かったせいもあるし、出発前に「エレメンタリー」のメンバーとひと悶着あって時間が押してしまったせいだ。

 ひかりから「アイドルには色々と準備が必要なのよ。私達は新人なんだし本番1時間前には現場に入るのが常識でしょ!」と叱られたが、昨日まで一般人だった私にそんな事わかるわけない。

 だけどそんな言い訳が通用しないのはどんな仕事でも同じである。余裕を持って行動できなかったのはマネージャーである私の責任なのだ。


 到着するなり「エレメンタリー」は大慌てのスタイリストから楽屋に引っ張って連れていかれた。待たせてしまったスタッフの方々に気を揉ませてしまったのは非常に申し訳ない。


 メンバーが準備をしている間に、私は番組プロデューサーの元へ挨拶に向かった


「マネージャーの小森と申します。『エレメンタリー』共々どうぞよろしくお願いいたします」


 番組プロデューサーに低姿勢で名刺を渡す。


「へー、新しいマネージャー決まったんだ。まだ若いねー、アイドルでもいけるんじゃない?」


 軽口を言ったプロデューサーは私の名刺をジャケットのポケットへ無造作に突っ込んだ。


「はは、ご冗談を」


「いやいやー、いい線いくと思うよー。それともグラビアの方が良いかなー?」


 プロデューサーは私の胸元を遠慮する様子もなくガン見してくる。業界人風な人ってみんなこうなのかな。


「本日は遅れてしまいまして申し訳ございません。全てはマネージャーである私の責任でして……」


 全力で頭を下げて詫びを入れるとプロデューサーはひらひらと片手を振った。


「あー、いいよいいよそう言うの。鬼女島ジョディからのゴリ押しアイドルに文句言える所なんて無いから」


「へ?」


「どっかのラジオはスッポカシ喰らったって噂だし、多少バタついても時間通り出てくれるんなら万々歳だよ」


 その話は本当だろうか。ひかりはマネージャーに対する態度こそアレだが仕事には真面目に取り組んでいたように思えたのだが。

 いやでも今朝初めて会ってから現在にいたるまでの出来事を思うと信じられなくもない気がする。実際、今も時間ギリギリだし。


「ポテンシャルはあるけどみんな個性的だからね。手綱持てるマネージャーが見つからないって鬼女島社長が嘆いてたよ。ルックスも他のアイドルとは比べ物にならないくらい良い子揃ってるのに勿体ないって」


 プロデューサーは好奇心を隠さない様子で私を見た。


「君、この業界は初めてでしょ? 見たところ手慣れてないみたいだし。今まで凄腕のベテランをあてがってきてたのが、何で君みたいな子を雇ったんだろうね」


「……社長のお心は私には計りかねます」


 無関係な人には絶対に言えないが、私は雇われではなく買い取られた身なので、鬼女島社長からしたら逃げ出すことのない都合の良い人材なのだ。


 そうこうしていると、支度が終わった『エレメンタリー』のメンバーがスタジオに入ってきた。


「なにあの美少女集団は……」


 マネージャーの欲目なんて無くても顔が良すぎる。ステージ衣装に着替えた4人はとても華やかでキラキラ輝いて見えた。


「めいこさ~ん」


 私を見つけた美緒が笑顔で手を振る。


「あのね~、今日は新曲を歌うの。朝から練習してた曲だよ~、TV初披露だから楽しみにしててね~」


「うん、楽しみにしてるね」


「美緒、めいこさんのために頑張るから~」


 美緒はふんわりとした笑顔を浮かべて嬉しいことを言ってきた。

 甘ったるい口調に小首を傾げて喋る癖のせいであざとく見えるが、この子は間違いなく裏表のない良い子だ。だってこんなに可愛い。まさに天使。


「そんなぽっと出のマネージャー気どりになに言ってるのよ。グループのために頑張りなさい」


 ひかりはお日様をモチーフにした大きな髪飾りを付けていた。トレードマークのツインテールと相まってあどけない可愛さを引き立たせる良いパーツになっている。

 改めて見ると本当に小さくて可愛いらしい子であるが、言うことは全然可愛くない。マネージャー気どりなんてヒドイ言い草だ。


 ひかりと美緒の後ろを瑠紫亜が静かについてきている。もとから驚くほど整った顔立ちの彼女が化粧をして着飾ると、とても見栄えがした。可愛いと言うより綺麗。まばゆい。美しい。

 私が見惚れているとそれに気付いた瑠紫亜がこちらに目を向けた。


「………」


 そして無言で視線をそらす。

 会話らしい会話をしていないが、瑠紫亜は私に対して敵意も好意も抱いていないように思った。ようするに無関心。嫌われるより距離を感じる。


「早く終わらせて、とっとと帰りてぇ……」


 とある少女が小声で言った。

 物憂げな瞳は長いまつ毛で縁取られていて、つややかな黒髪に白い肌がよく映えている。高めの身長にすらりとした長い手足とモデルのようにスタイルが良い。

 こんな正統派美少女が『エレメンタリー』に居ただろうか。


「………………………………あ、優奈ちゃんか」


 全然、気が付かなかった。そういえばプロフィール写真に写っていたのは紛れもなく目の前にいる美少女である。

 それが普段はあんななのだ。やっぱり詐欺だと思う。


「……あたしを見るな」


 優奈がほんのかすかに眉間にしわを寄せる。化粧が崩れないように配慮しているのだろう。この子、配慮とかできたんだ。

 格好のせいもあるだろうが初対面時の迫力はまったく感じられない。口調も少し大人しい。


「ちゃんとアイドルやってるんだね」


「しかたねーだろ、ジョディには逆らえねぇ……」


 全てを諦めたような目をした優奈の姿が自分と重なった。こんな低いテンションでちゃんと歌って踊れるのかな、心配だ。



「『エレメンタリー』入ります!」


 アシスタントの掛け声と共に4人はカメラの前へ出ていった。私はその場に立ってその姿を見送る。

 TV収録を間近で見るのは初めての経験だ。出演するのは私ではないのに、なんだか緊張してきてしまった。

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