変わってる彼女と変わってる俺。不釣り合いだと思うんだが?

メトロノーム

変わってる彼女と変わってる俺。不釣り合いだと思うんだが?

なんでこうなった?

いや、俺はただ平和な学生生活を送りたかっただけなのに。

もう、戻れそうにない。俺の思い描いた学生生活に。


まだ寒さが残るこの季節。

皆同じ制服に身を包み歩いている。

通学路なのだから当たり前か。


俺の名は虎杖琥珀<いたどりこはく>

今年高校一年生になった。そして今日は入学式。

桜がちらほらと舞い散る中、学校へ行く道を歩いている。


「寒いな...」小さな声で呟いた。

学校が近づいてくる。今日からここが俺の通う学校。


「はぁ...」ため息のように息を吐いた。

白く色づいた息は、澄み切った青空へと消えていく。平和そのままだった。


「やばいな、迷っちまった」

学校の中、琥珀は迷っていた。自分のクラスがある教室が分からなくて、校内を彷徨う琥珀。


「広すぎるな、この学校」

そんなことを言いながらふと窓の外を見る。別棟の上の方。

屋上のようなところに人影があった。

その人影は、フェンスを乗り越えようとしている。


「なっ!!」

それを見るや否や琥珀は走り出す。ただ体が勝手に動いていた。

道なんて分からない、それでも走り続け階段を駆け上がる。


息なんて整わなく、心臓が止まりそうになる。ようやく見えた屋上へと思しき扉を勢いよく開ける。

先程の人影はフェンスを乗り越え、少しの出っ張りに立っていた。


「おいっ!!」

琥珀は叫ぶ。それと同時に駆け出す。

人影はゆっくりと前へと倒れていく。


「...っ!!」

軽い身のこなしでフェンスを乗り越えた琥珀は、外側のフェンスへ片手を掴み、もう片方の手を下へ伸ばしている。

先程の人影は宙吊りになり落ちそうだ。それを必死に琥珀が掴んでいる。


「くっ、お前何やってんだ!!」

琥珀は叫ぶ。まだ宙吊りの状態。何とか手を掴んでいるが危ない。


「やめて、離して!!」

彼女が叫ぶ。そしてジタバタと暴れる。


「お前、暴れんなくそっ!!」

「いいか!!俺の目の前で死ぬなんて許さねぇ!!早くもう片方の手でそこの出っ張り掴め!!」


「いやっ!!」


「くっ!!俺が...お前の話...聞いて...やるから...だから...死ぬなんてやめろ!!」

もうダメかもしれない。そんな思いで琥珀が叫ぶ。


「死にたくない!!私、死にたくない!!」

そう言うと彼女は琥珀の手を強く握った。そしてもう片方の手は出っ張りへと掴む。


「当たり前だ、死なせてたまるかよ!!」

最後の力を振り絞り彼女を引き上げた。


彼女を出っ張りに立たせる。だが、もう力なんて残っていない琥珀。フェンスを乗り越えることは無理だ。立っているだけで動けない琥珀。


「こっちに来て」

助けた彼女はフェンスのとなりにある扉を開ける。


「はぁ!!嘘だろ!!」

あまりの出来事に声を上げる琥珀。


「いいから!!」

琥珀が落ちないように支えながら扉へと手をかける。

琥珀と彼女は無事屋上へと足をつけた。


「お前、なんでわざわざフェンスを乗り越えたんだ?いや、それで分かったが」

琥珀の問いかけ。ここはあまり人目につかない、いや死角といってもいい。琥珀が見つけなければ本当に...


「怖かった...」

琥珀を押し倒すように抱きつく彼女。


「見つけて欲しかったのか?誰かに...」


「うん...」

琥珀の問いかけに頷く彼女。


「そうか...」

琥珀から見えた景色は澄み切った青空だった。


どれくらい経ったか。今何時かなんて分からない。

「落ち着いたか?」

胸に顔を埋め泣いていた彼女に声をかける琥珀。


「あ、うん。ごめんね」

琥珀から離れ、その場に座る彼女。


「いや、まぁいいが」

琥珀も起き上がり座る。


二人の間に流れる空気は少し重い。何を話していいか分からない二人。


「私、こんな見た目で、こんな喋り方だから...」

小さな声で呟いた彼女。


「あぁ、見た目は男だし、喋り方は女か」

琥珀がそんなことを言う。


「うん、そう。身体は男の子。心は女の子」


「あぁ」


「それに私の名前、鷲津河雷牙<わしづからいが>って言うの。可愛くない名前だよね」

「私はね、女の子として生まれたかった。なのに見た目や名前だけで男の子って決めつけられて。好きになる人だって男の子で、女の子だったら当たり前のことだったのにね」

彼女は弱々しく瞳に涙を浮かべている。


「そうだな。それは分かるが」

琥珀は彼女に言う。


「分かる?」

その言葉に彼女が反応した。

「どうして分かるの?分かるわけないじゃない、私の気持ちなんて!!」

声を荒げる彼女。感情的になっている。


「...」


「あっ、ごめんなさい。分かってるのに」


「分からないって分かってるのにって意味か?何で俺がお前の気持ちが分かるか、なんてありきたりなことだ」

琥珀は彼女を見る。


「...?」


「お前と同じだからだ。身体は女だし、心は男」


「えっ...」


「お前だけじゃないってことだ。そんなやついくらでもいる。俺もその中の一人ってやつだ」


「そう、だったんだ」


「そうだ、一人だと思うな。お前は一人じゃない」


「そっか、よかった」


「...」


「私、ずっと一人だと思って生きてきた。見た目や喋り方のせいでいじめられて「キモい」とか「ウザい」とか、心無い言葉で傷つけられてきた」

「けど、あなたのおかげで私は今生きている」

真っ直ぐな瞳で琥珀を見つめる彼女。


「ったく、俺がいなきゃお前は今この世にいなかった」


「うん」


「俺もそうだったから。何度もいなくなりたいと思った。でも、自分は自分だからそれでいいと思ったんだ。誰に何を言われようとも自分を信じようと。だって、俺はこの世に一人しかいないんだから」


「そう、だね」


「だから、もう死のうとか思うな。自分を大切にしろ。話なら俺がいくらでも聞いてやるから」


「うん、ありがとう。あっ、えーっと」

彼女は言葉に詰まる。


「俺は琥珀。虎杖琥珀だ」


「琥珀くんか、ありがとう琥珀くん。

改めて私は鷲津河雷牙、よろしくね」

彼女は琥珀の名前を聞きたかったようだ。


「さっき聞いた。名前言ってたろ、鷲津河」


「うん!!」

琥珀に名前を呼ばれたのが嬉しかったのか彼女は笑顔だった。


大して深い話しはできていない気はするが、まぁいいか。俺達には今、こんな会話が必要だったのだろう。にしてもこいつデカくないか?

目の前にいる鷲津河はかなりガタイがいい。顔も濃い。本人には言えないが、まさに「ゴリラ」みたいだ。


「ひどい琥珀くん。確かに私ゴリラってあだ名だったけど」


「えっ?」


「口に出てたよ」


「えっ、あっ、すまない」

いけない声に出ていたみたいだ。


「いいよ、琥珀くんになら何言われても。だって本気で私のこと心配してくれたから。あれが演技じゃないことくらい分かるし。でも、私も女の子なんだからあんまり言われすぎると傷つくよ」

頰を膨らませている彼女。


「いや、本当にすまない」

頭を下げる琥珀。


「ふふっ、大丈夫だよ怒ってないから」

そう笑う彼、もとい彼女は本当に女の子だった。


不思議だよな。見た目や身体は男なのに、心は女で。彼女は紛れもなく女の子だ。


俺も男に見えるのだろうか。時々不安になる時がある。鷲津河に偉そうなこと言ったのにな。

でも、今の彼女を見てはっきり分かった。俺は間違ってないと。


「琥珀くん」


「何だ?」

不意に名前を呼ばれた琥珀。


「好きだよ」


「はぁ?」

きっと間抜けな声が出たと思う。


「好きになっちゃった。琥珀くんのこと」

彼女は言う。


「いや、俺は女だし、男じゃないし」

しどろもどろになる。


「琥珀くん、さっきと言ってること矛盾してるよ。確かに琥珀くんは身体は女の子だけど、心は男の子だよね」


「いや、そうだけど、俺達初対面だし」


「一目惚れって知ってる?」


「鷲津河?」


「普通のことだよ。だって琥珀くんは男の子だもん。でもね、そんなの関係ないの。琥珀くんが女の子だろうと男の子だろうと、私は恋におちてた。私は琥珀くんという人間を好きになったんだよ」

彼女の瞳は真剣だった。


「鷲津河、いきなりそんなこと言われてもな」


「うん、分かってる。でもね、琥珀くんが私を好きになるのも必然的なことなんだよ。だって、私は女の子なんだから。ねっ、普通のことでしょ?」


「いや、お前な」


「そんなに照れなくていいんだよ、琥珀くん」


「照れてないしな、まったく勝手なことを」

頭を抱えた琥珀。これから先のことが不安になった。


不意に校内放送が流れる。

「新入生の皆さん、体育館に集合してください。入学式を始めます」


そういえば、自分のクラスの教室に行く途中だったと琥珀は思い出す。

それに、自分達が騒いでいても誰も来なかったのは皆んな教室で指導をされていたからかと思った。


「琥珀くん行こう」

彼女は立ち上がると、琥珀を立たせようと腕を引っ張る。


「こっちは疲労困憊なんだから、もっと優しくしろよ」

琥珀は彼女を見上げる。


「分かったわ」

彼女はそう言うと琥珀を軽々立ち上がらせる。


「いってぇ」

琥珀を立ち上がらせたと同時に彼女が腕にくっついてきた。


「くっつくな、暑苦しい」

琥珀は剥がそうと試みたがそれは叶わなかった。


「まったく」

それに気づいた琥珀は諦めた様子。


隣を見ると腕に抱きつく彼女。そして、瞳があう。琥珀の耳元に口を寄せる彼女。


「琥珀くん、好きだよ。だから好きになってね、私を」

優しく言った彼女。


横を見るとこれまた優しく微笑む彼女と瞳があう。


「...!!」

不覚にも琥珀は瞳を逸らしてしまった。


どんな感情かなんて分からない。でも、彼女は女の子だった。それだけは分かった。

琥珀のこれからの学生生活は、きっと平和になどいかないだろう。そんなことはとっくに分かっていた。


「...」

彼女と俺の関係は?

今のところ分からない。

ただ一つ言えることは。

変わってる彼女と変わってる俺。不釣り合いだと思うんだが?

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