私(わたす)の天使様?




『あぁ嫌だ嫌だ……』


(………あの、アウルさん………?)


『ああ〜〜……嫌だ嫌だ……』



 ……………………。




 空港に到着てからというもの、僕の脳内ではアウルの陰鬱な愚痴が続いている……。



 理由はら分かっている……。



 空港のラウンジから下に見える貨物区画では、人の背丈をゆうに超える、卵に手足を足した様なメカが忙しなく動いて、貨物コンテナを飛空船に運んでいた。




 ヒト型魔動機械〈機甲人ギアッド〉。



 あれが、この世界の魔法動力機技術の最先端。


 そしてーー。



 あれが、アウルの愚痴の種……。



『ああ嘆かわしい……。あの様な不細工ブッッッサイクなガラクタが……私を……装光機神セイン・リギアを模して造られたとは……。私を模しといて……あの程度とは……』



 ずっとアウルはこんな感じだ……。


 正直に言って、ちょっと……いや、かなりうるさい……。


 朝方に街の空を飛んでいた皇国兵団の機甲人ギアッドを思い出しながら、僕はアウルにフォローを入れてみる。



(よく見ればカッコいいと思うよ?貨物エリアのアレは作業用だから、皇国兵団の戦闘用とか大型魔物退治用とかはかなりアウルに似て……、)


『はぁーーーーっ!!』



 僕の出来得る限りの脳内フォローを、アウルは態とらしい盛大な溜め息で台無しにした。


 う〜〜ん……こうなると面倒臭メンドいんだ、この装光機神ひとは……。



『全然格好良くない!全然似てない!私の美しい姿の!千分の一……万分の一……いや億分の一も再現されていない……!』



 億分の一は少し言い過ぎなんじゃ……。



『私が眠っていたこの2千年もの間……人間は何をしていたのか……!?』



 仕方がない、と僕は思った。


 街の幼年学校で遺跡オタクの先生から何度も教わった。


 何故なら……。



(だってさ……君達の【機神戦争】で……一回文明がリセットされたんだから……)



 脳内で不機嫌な舌打ちを連発するアウルに言いかけた、その時…………。




「お、おい……アレ……ヤバくないか……?」



 ん……?何か騒がしい……?


 声のする方に目を遣ると、僕と同じ藍色の制服を着た子達が、ラウンジの縁から階下を見ている。多分僕と同じイクスガロゥへの、平民出身の入学者だろう。



「あの女の子可愛そうに……、貴族赤服に目を付けられて……」



 僕も彼らと並んで、階下を見てみる。



 丁度、僕の真下辺りーー。



 青服の女の子を、赤服の少年少女が取り囲んでいた。女の子も僕と同じ平民入学者か……。



「ご……ごめんなさい……!何かよく分からないけどごめんなさいぃ……」


「謝って済むと思うなよ!この屑平民がっ!」



 甲高い不愉快な叫び声を上げて、赤服の金髪が青服の女の子をほぼ一方的になじっている……。


 ……周りの奴等もだ……。


 やれ汚いとか……。


 やれ目障りとか……。


 やれ臭いとか……。


 口々に罵倒を女の子へと投げ付けていた。



 ……貴族って、あんなにも口汚いものなのか……。


 礼儀礼節が聞いて呆れる。



「酷えぜ……!あの金髪の野郎っ!」


「止めろよそんな事言うの……!聞こえたら俺達にまで飛び火が……!」


「だってよ!?俺見たぜ!?金髪があの女の子、後ろから突き飛ばしたの!!」



 僕は青服の一人、ホビットの男子の言葉を聞き逃さなかった。



「それ、本当?」



 いきなり僕に会話に割り込まれたホビットの男子は、最初僕の顔を見て驚いていたが、しばらくして、大きく頷いて見せた。



「ああ!俺の視力は両目とも2.0だぜ!」



 と断言して、オークの男子は僕に向かって親指を立てた。



「そっか……!」



 あの女の子に落ち度は一切無い。


 それだけ分かれば、十分だ。


 僕は周囲を見渡す。


 階下に降りる階段はかなり歩いた所にある。


 てくてく歩いて階下に着く間に、あの女の子が今よりもっと酷い目に遭ったら元も子もない。





のか?主?』


(うん、やる)


『ふ、それでこそ主よ。……サポートは?』


(大丈夫。君直伝の技でやってみせるさ)


『心得た。やってみるが良い』




 脳内に、アウルの楽しげな笑い声が響いた。





 転生して15年。その間、アウルから精神空間内で教わった武術、魔法ーー。



 今が使い所だろうーー!




 僕は、ラウンジの手摺りに足を掛け、その足に全力を込めて跳躍、勢い良く階下目指して飛び降りた。



「うわぁーーーー!?自殺志願者ぁーーーー!?」



 先程のホビットの男子の、素っ頓狂な悲鳴を背に受けながらーー。





 ****




《注:リオ視点》




 おっさ……おっさ……。


 その時、不思議な事が起こりました……。


 今……わたすの目の前に……天使てんす様が降りて来たんです……。



 いえ……、おっさが寝る前によく読んでくれた絵本みたいに……頭に輪っかも背中に羽もありませんが……。



 栗色の髪の……男の子の天使てんす様です。おっさよりも背が高い……人間ヒューマンの……男の子……!


 わたすと同じ……イクスガロゥの青い制服を着た男の子が……いきなり宙から……わたすの前に……ふわりと舞い降りて来たんです……!



「大丈夫?」



 天使てんす様がわたすに笑いかけて……手を差し伸べてくれました……!



 なんて……優しい笑顔なんでしょうか……。



 繋いだ手の温もりが……貴族様達に囲まれて……わたすの怖かった気持ちを……綺麗に拭き払ってくれたんですよ……!




 ****




「よっと!」



 アウル直伝の重力制御魔法で衝撃を緩和して、僕は見事に青服の女の子と赤服金髪野郎の間に着地する。


 そして直ぐ様、尻餅をついたままの女の子を怖がらせないよう、精一杯の笑顔で、



「大丈夫?」



 と、手を差し出した。



 ……ちょっとキザっぽかったかな?笑顔も態とらしかったかな……?


 頭の隅でそんな事を考えていると……。



「は……はひ」と、女の子が頷いてくれた。



 近くで見て分かった事だが、女の子の肩まで伸びた雪色の髪の間から、長い耳がぴょこんと覗いていた。


 ハイエルフよりは短い……でも僕達人間ヒューマンよりは長い。


 この子……ハーフエルフなのか。可愛いじゃないか……!



「あ、ありがとうごぜぇます……。わたす……腰抜かしちゃって……!」


「…………っ!!」



 蜂蜜色のつぶらな瞳で、僕を見つめる女の子。


 その時、僕の身体に稲妻が疾った!



 今……この子は何て言った……!?


 何て言ったこの子は……!?



 !?!?



 何て……何て……何てで喋るんだこの子は……っ!!


 差し出していた僕の手に、女の子の手が乗った。


 柔らかくて……暖かい。


 胸が熱い……!四肢に力がみなぎる……!


 この子の為ならば、この子の為ならば僕は何でも出来る気がする……!


 止め処無いときめきの嵐のど真ん中に、僕はほんの一瞬で投げ込まれてしまった……!



『む!惚れたな……?主……!』





 よ、よく分からないよアウル……!


 前世では……恋なんてした事無かったんだから……!





 続く

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