謝って貰おうか!




「おいっ!?な、なんだお前っ!?お、おいっ!?こっちを向けっ!!」




 背後が何だか煩いが、僕は気にしない。


『細かい事は気にするな!!』と、よく花瓶を壊していた父さんも言っていた(そして母さんに吐くまで怒られた)。


 だって、このハーフエルフの女の子、膝を擦りむいて怪我しているじゃないか……。



「じっとしてて」


「へ……?」



 僕はしゃがみ込んで、女の子の、紅い血が滲む膝に手を添える。


 精神集中……精神集中……!


 僕の体内を流れる自然のエネルギー〈魔素マナ〉を凝縮し、掌から放つイメージ。


 女の子の細胞を……一時的だが代謝を早め、再生を促すイメージ……!あ!ちゃんと傷口の消毒も……!



「〈回復治癒魔法キュリア〉……!」



 僕の掌から光の粒子が迸り、女の子の傷口を包み込んだ。



「あ、あの……」


「ごめん、今集中してるから……ちょっとだけ静かに」


「あう……はい……」



 本当にごめん、素敵な方言のひと。


 生き物の組織を回復させる魔法は生体情報を逐一把握して、その度に魔力を調整しなきゃいけない。


 絶対に、治す……!



「………………」



 約10秒ほど経過した。この位で良いだろう。


 光が消えて、僕は掌を女の子の膝から離す。



 破けた黒タイツから覗く女の子の膝小僧は、傷跡一つ残す事無く、綺麗に治癒していた。



「どう?痛みはまだある?」



 僕が尋ねると、女の子は勢い良く首を横に振った。



ぇですっ!全然痛くねぇですっ!」



 心が和むイントネーションで女の子は言うと、すっくと立ち上がって微笑んだ。


 良かった。その顔が、その笑顔が見たかった!



「あ、あのっ!ありがとうごぜぇますっ!」



 何度も何度も頭を下げる女の子に、「どういたしまして!」と笑って頷いてみせて……。




「好い加減こっちを向け平民ンンンンッッッ!!!!」



 …………はぁ。


 僕は改めて、ぎゃあぎゃあと額に青筋を立てて喚く金髪の少年へと向き直った。



「……何さ?」


「お前ッ!よくもこのボクを……誇り高き名門アルスウェル家の嫡男である〈ルーファス・ド・アルスウェル〉を無視したなっ!?」



 そうヒステリックに叫んで、金髪は僕を指差した。


 不快に僕は顔をしかめた。


 他人を指差すなんて……貴族は最低限のマナーも知らないのか……。



「その田舎女はッ!ボクの制服にシミを付けたんだぞ!?見ろッ!!」



 金髪が自分の制服の胸ポケットを指差す。


 確かにシミがあるが……小さい。小指の先程のシミだ。



「ルーファス様の制服にシミを付けたのよっ!」


「貴族だけが袖を通す事が出来る制服を汚すなんて……!」


「これだから平民は嫌なのよ!」



 周囲の赤服の女の子達がけたたましい声で金髪の味方をする。


 金髪は得意げな下卑た笑顔で僕を見た。



「今直ぐ綺麗にしろ!でなければクリーニング代と……慰謝料を要求する!20万クルドだ!!」



 そんな大金、平民が持ってる訳がない。


 そう思ってるんだろう。金髪はにやけ面をさらに邪悪なものにして、周囲の女子達もクスクスと含み笑いを立てた。


 ……確かに、20万クルドなんて大金持っていない。


 持っていないけど……。



「じゃあ、ちょっと失礼」


「え?」



 僕は平然とした顔を作って、にやけ面のまま棒立ち状態の金髪に近寄り、制服のシミに手を翳すーー。



消去魔法デルノーー!」



 一瞬、ほんの一瞬、僕の手から蒼く輝く魔素マナの粒子光が輝いた。


 それでーーお終い。


 女の子の傷を治すより、簡単な事ーー。




「はい!綺麗になったよ!」


「…………え?」



 金髪がポカンと阿呆面で首を傾げた。


 僕は苦笑して、赤服の胸ポケットに目を遣る。



「え?……じゃなくて、ご希望通りシミを消してやったんだよ」


「え?え?え!?」



 やっと気付いた金髪が、ジタバタ忙しない動作で自分の胸ポケットを見た。


 ただでさえ小さく、目立たなかったシミは……。


 もう……綺麗さっぱり消えていた。



『いけずだな主は……。私が折角教えた攻撃防御用の消去魔法……をシミ抜きに応用するなんて……』



 脳内でアウルが呆れ笑いをあげた。


 アウルの言う通り、シミの成分だけを識別して転移させた……ただそれだけの事だ……。



「な、なんで……!?く……くっ!」



 どうして良いか分からず、金髪は悔しそうに顔を赤くして俯き、周囲の女子達もバツが悪そうに僕から視線を外す。



「じゃあこれで解決で良いよね?じゃ……」



 僕は金髪に頭を下げる。あんな奴でも一応礼儀は必要だ。


 本当はハーフエルフの女の子を突き飛ばした事を謝って欲しかったけど……。


 こういうプライドの高い奴は、頑として謝らないだろうし、正直もう関わり合いになりたくない。



「あ、あのっ!」



 振り返ると、ハーフエルフの子が僕に駆け寄って来た。



「大丈夫……だったんでごぜぇます?」

「うん!全部解決した!」

「あぁ……!本当にありがとうごぜぇます!」



 ハーフエルフの子は何回も僕に頭を下げながら「良かった……!」と、胸を撫で下ろした。


 そう言えば、同じイクスガロゥに行くのに……この子に自己紹介していなかった……。



「改めて……僕はリウ。リウ・セグラージ。宜しく!」



 僕が手を差し出すと、女の子はガシッと僕の手を強く握って微笑んだ。


 こ、この娘さん、結構握力が強い……!



「リ、リウさん!わたす……リオです!リオ・ウィルベントって言いますー!」



 リオ……リオ……!綺麗な響きの良い名前だ!


 僕の名前と似てて、なんか……嬉しい……!



「リウさん……、助けで頂いて……本当にありがとうごぜぇます……。都会っておっかねぇって思てたけんども……リウさんみてぇな優しい天使さ……じゃなくて優しい人もいるんでごぜぇますね!」


「いやいや……本当に災難な目に遭ったね……。多分同じ飛空艇に乗るんだろ?上のラウンジで待っていよう?」


「はいっ!」



 瞳を輝かせて頷くリオを連れて、僕は先程まで寛いでいたラウンジに行こうとしたーー。



「よくも、よくもよくも……ボクに恥をかかせたなッ!!」



 背中に感じる熱気ーー!炎属性の魔素マナを感知!


 振り返ると、金髪が青筋を立てて僕を睨みつけ……。


 その左手には炎で形成された槍が握られていた。


 まさか!公共の場で攻撃魔法を放つつもり?


 信じられない!これが貴族のする事か!?


 仰天するリオを背中に隠して、僕は金髪を睨み返した!



「何が不満だ!?この子は謝った!服のシミも消した!っていうか公共施設で攻撃魔法使うなんて正気かっ!?」


「うるさいうるさいうるさいッッ!!平民の癖にお前らが悪いぃッッ!!」


「もともとはお前がリオを突き飛ばしたんだろ!?」


「ハハッ……!知らないなぁッ!証拠でもあるのかッ!?」



 ……この野郎、頭に来た……!



 リオの可愛い方言と優しい笑顔に免じて、このままスルーしようかと思ったのに……!



(アウル……!ごめん……!前言撤回……!を使う……!)


『む……?ふっ……!良いだろう!』



 アウルの許可を得て、僕は再び掌に魔力を込めるーー!



「お前ら平民は黙って貴族ボクにひざまづいていれば良いんだ!くらえ!高貴な《火焔槍射フレズノ・ラウド》ーー」


消去魔法デルノ!」



 前世の世界のプロレスラーの様に、敢えて攻撃を受け止める……気にはなれない!


 コイツのプライド……とことん圧し折ってやる!


 僕は、金髪が放とうとした炎の槍を瞬時に消去。


 金髪が槍を消去された事に気づく前に、僕は新たな魔法を発動させる!





『私の魔力路を一時的に主の魔力路に繋いだ……!……!主……!』


強制執行魔法ゴラクト!そして……!!」





 僕が放ったのは……アウルの承認が無いと使えないーー今現在は忘れ去られた古代魔法ーー相手の心を掌握し、強制的に従わせる魔法!


 炎の槍を投擲するポーズのまま固まっていた金髪の身体に、僕が掌から放った黒い光が纏わり付き、体内へと吸収されて……。



 






「ご…………ごめんなさいいいいッ!!」




 急に金髪は涙を流して頭を下げた。



 この魔法は……金髪の魔力値が僕の魔力値を勝っていた場合……効果は無いんだけど……。


 あぁ……良かった。僕の方が魔力値が上だった。



『当たり前だろう主……。この世に転生した時からこの私が徹底的に鍛えた主が……そんじょそこらの有象無象に負ける訳が無かろ?』



 脳内でアウルが得意げに言った。



「ル、ルーファス様……!?」


「な……!?ルーファス様は何をしているの……!?」


 赤服の少女達が信じられないといった顔で見守る中、金髪は悲鳴を上げながら空港の床に土下座した ……!



「はいッ!ッ!!ボクの目の前をウロチョロしているのが気に入らなくて突き飛ばしましたッ!!ごめんなさい!本ッ当にごめんなさいぃぃぃ!!!!」



 大勢の人々が何事かと眺める中、床にゴリゴリと頭を擦り付け、金髪は謝り続ける。



「……だってさ?許してあげて?」



 僕が背後のリオに尋ねると、リオは瞳をぱちくり瞬きして、「は……はひ……」と頷いた。


 はじめから謝られる気など無かった様な顔だった。


「リ……リウさん?」


「何?」


「リウさんって……もしかして凄い人でごぜぇますか……?」



 しみじみと言うリオに、僕はプッ、と思わず吹き出してしまった。



「僕は全然凄くないよ。強いて言うなら……」



 天井から降り注ぐ陽光を浴びながら、僕は首を傾げるリオに言ってみせた。



「僕に魔法を教えた装光機神ひとが凄い……のかな?」







 続く

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