いとしのわがや




(じゃあアウル、何時ものお願い)


『主も飽きないな。では魔法詠唱鍛錬を主の脳内イメージで開始する。レベルは?』


(最高レベルで。脳内時間速度は現実の1分を1時間に拡張)


『心得た……!』






 ****






 着替えを終えた僕は、軽快な歩調で階段を降りる。


 良い匂いだ。


 パンを焼く香りが僕の鼻をくすぐり、堪え難い空腹感を与えた。



「おはよう、母さん!」



 リビングのドアを開けて挨拶すると、栗色の長い髪を三つ編みに結わえた女性が、にこやかな顔を僕に向けてくれた。



〈アリシア・セグラージ〉


 現世ーーこの世界での、僕の母さんだ。




「おはようリウちゃん!昨日のシチュー残ってるけど食べる?」


「勿論!」



 僕は手をパチリと合わせた。母さんのシチューは僕の大好物の一つ。特に一日置いたシチューは鳥肉やキノコの旨味がより溶け出て最高なんだ。



「…………ハァ」



 すると、母さんは暫く僕を見つめ、溜め息を吐いた。眼差しが異様に熱い。



「良いわ……凄く良い!」


「な、何が……?」


「制服着たリウちゃん……格好良過ぎる……!」



 鼻息を荒くする母さんが怖くて、僕の喉から乾いた笑い声が出る。


 リビングに立て掛けてある鏡を見ると、母さんと同じ栗色の髪、碧眼の少年が、引き攣った笑顔を浮かべていた。



 この少年が、この世界に転生した僕……。



 〈リウ・セグラージ〉の姿だ……。



 その僕は今、藍色を基調に、銀のラインが入った制服を身に纏っている。


 前世の記憶で見ると、制服というより、軍服みたいなデザインだ。



 この服は……。



「リウは起きたのかっ!?お…おおーーーーっ!!」



 突然ドアが勢い良く開いて、恰幅の良い男性がリビングに転がり込んで来た……。


〈ダン・セグラージ〉


 この男の人が、



「うおぉーーーーっ!リウッ!格好良過ぎるぞーーーーっ!!」



 ……この至極暑苦しい男の人が、僕の父さんだ……。



「まさか……まさかこのセグラージの家から……あンの名門校【イクスガロゥ】への入学者が出るなんて……っ!しかもそれが俺達の可愛い可愛い息子だなんて……っ!!」



 父さんは滝の様な涙を流しながら、ジリジリ蟹股で僕へと近寄って来る。凄く……嫌な予感……。



「俺っ!感激のっ!抱擁ハグッッ!!」


「〈光壁魔法シャリア〉ッ……!」



 予感通りだ。


 全身をバネにして跳躍、僕目掛けて飛び掛かって来た父さんを、僕は溜め息混じりに掌から展開させた、菱形の光の壁で防御する。



「ぐへぇっ!ナ、ナイスタイミングッッ!流石俺達の息子ぉぉっっ!!」



 光の壁に弾かれた父さんは、笑顔のままリビングを転げ周り、母さんの商売道具であるドライ・マンドラゴラの束を弾き飛ばし、壁にゴチリと額をぶつけて、……。



『いやはや相変わらず凄い。私が直々に主に教えた光壁魔法シャリアを受けて転がるだけで済むのは主の御父上だけよ……』


(他人事だと思って……)



 脳内でくつくつ笑うアウルに悪態を吐きながら。


 僕は、床に大の字に寝転がった父さんを起こそうと手を差し出す。



「父さん、ごめん、条件反射で……。大丈夫?」


「はっはーーっ!なんのなんの!お前の魔法なんかお前が赤ん坊の頃から喰らい慣れてる!!」



 そんな僕の手を、父さんグイッと力強く引っ張った。



「隙ありだリウッ!可愛いヤツめっ!!」


「あ〜あ……」



 結局、僕は父さんの暑苦しい抱擁ハグを受ける運命から、逃れる事は出来なかった。



 父さんの筋肉の圧迫感が凄い事この上無い。



 無い……けど……。



「本当に大きくなったな……リウ!」


「……父さんや母さんおかげだよ」



 悪い気は、しない……。



「キャーーッ!パパをいとも容易く吹き飛ばすリウちゃんカッコイイーーッ!!」



 背後では、母さんが黄色い声をあげながら、機械式簡易魔力炉カメラで僕を連射していた。



『御母上も我が道を行く女傑よな……』


(………………)



 朝っぱらから、騒々しい家族……。


 でも……。


 僕はそんな父さんと母さんが……。


 今の家族が、僕は堪らなく大好きだ。





 ****







「ご馳走様でした……!」


「お粗末様です!」



 とても美味しい、温かい朝食を終えて。


 お茶を飲んで一息ついてから。


 僕は旅行鞄を持って玄関へ向かう。




 ーー出発の時間だ。





「リウちゃん……入学証明証は持った?」


「確認済み」


「学生証は持ったか……?」


「大丈夫」


「飛空船のチケットは?」


「大丈夫だよ」


「酔い止めは?」


「母さん特製のを三瓶も持ったよ……大丈夫だってば」





 父さんも母さんも……二人とも先程の騒々しさが嘘だった様に、しおらしく僕の後をつけながら、あれは持ったかこれは持ったかと問うて来る。



 そんなに頼りないかな?もう僕は15歳だ。そこまで子どもじゃない……。



 ……心配してくれる気持ちは、凄く……凄く嬉しいけどもね……。



「本当に……空港まで送らなくて良いの?」



 眉をハの字にする母さんに、僕は笑って頷いた。



「空港まで2時間もかかるんだ。お店を休む訳にはいかないでしょ?父さんの武器工房も」


「「う〜〜ん…………」」



 納得いかないが否定も出来ない。父さんと母さんはそんな様相で、揃って項垂れた。


 そんな二人に、僕は改めて深々とお辞儀をして言う。



「それでは父さん、母さん……僕、リウ・セグラージは……これより皇国最高の名門校【イクスガロゥ皇立学院】に入学し、粉骨砕身勉学に励む所存です!」


「「寂しいよ〜〜〜〜!!」」



 子どもみたいにオイオイ泣きながら、父さんと母さんは僕を抱き締めた。



「なんで寮なんかに入っちゃうのよ〜!?」


「全寮制なんだ。仕方ないだろ?」



 母さんの力が更に増し、僕の骨がミシリと軋んだ。痛い、痛い。



「ふ、二人とも……大丈夫だから……。休日には帰れると……思うから……!」


「「ホント!?」」



 父さんと母さんはパッと僕を離して瞳を輝かせた。


 ……が、暫くして、またガックリと項垂れる。



「でもぉ……学園でお友達が出来たら、お休みでもお友達と遊ぶので……忙しくて帰って来れないわぁ……」


「ああ……リウの事だから、直ぐに友達100人作っちまって、家の事なんか忘れちまうかも」



「流石に100人は無理だよ」と笑いながら……僕は思う。



 ……冗談でも、忘れたりなんか、しない。


 ここは、この生家いえは……。


 僕に、この世界に転生した僕に、初めて人の温もりをくれた……大切な大切な場所なんだから……。



「大丈夫。父さん、母さん……!例え友達が出来ても……友達引き連れてでも帰って来るから……!」


「「リウ……」」


「だからその時は……シチューいっぱい作って待ってて!」



 僕がきっぱり言うと、やっと、父さんと母さんの顔に笑顔が戻る。


 そうそう、二人のその顔が見たかった!


 大好きな両親の笑顔に背中を押されて、僕は勢い良く、【セグラージ薬局】の看板がかけられた扉を開ける!



「それじゃあ……行ってきます!!」


「「が、頑張れっ!リウ・セグラージ!!」」





 ****





 聞こえなかったから、僕は知らない。



「……大丈夫かしら?」


「アリシア?」



 意気揚々と煉瓦の歩道をく僕の背中を眺めながら、父さんと母さんが、話していた事を……。




イクスガロゥ学園が……平民の子達の入学を認めたのは……つい最近の事でしょう……?」


「ああ……」


「学園立ち入りを認めない貴族様もいるとか……。リウちゃん……もしそういう子達に目を付けられたら……」


「……大丈夫さ。リウなら」


「パパ……」


「アイツは昔から不思議な子だった。魔法も学業も武術も直ぐに覚えた……。それなのに自慢しようともしない。思いやりがあって……曲がった事を許さない……強くて優しい子だ」


「私達ずっと……リウちゃんに助けられた様な……そんな気がするわ」


「そんなリウが、貴族主義のアホガキなんかに負けるもんか!…………それに…………」


「それに……?何……?」


「リウ……アイツ……何か……」


「ん…………?」


「……どんなピンチも解決しそうな気がする!!」





 ーー背後から、父さんと母さんの笑い声が聞こえた。


 何だか楽しそうで、吊られて僕も笑ってしまった。前を歩く御婦人が抱きかかえていた魔猫ケットシーが、そんな僕を見て首を傾げていた。



『……幸せか?主よ?』



 僕は幸せだよ。


 君のおかげさ。アウルゼファー……。






 続く

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