番外編・犠牲の上に成り立つ家(クルト視点)
シュトラウスが援助を打ち切って、どのくらいになるだろうか。
ブリーゲルがシュトラウスに見限られたという噂は瞬く間に社交界へと広まった。
シュトラウスの勢いは、名門ロクスフォードと縁を結んだことで更に増している。そのため、ブリーゲルに援助をしてくれる家は皆無だ。
シュトラウスに見限られる前は他家とそれなりの付き合いがあったはずなのに、途端に手のひらを返された。そのことに憤り、話し合いを申し入れたが、どの家も返事は否と言う。
理由はシュトラウスを敵に回したくないというもの以外に、旨味がないからというものもあった。ブリーゲル子爵家という名前は最早価値が無くなっているということなのだろう。こうして現実を突きつけられて初めて気がついた。
共倒れになりたくないからとシュトラウスへの援助を断ったのは、もう遥か昔のことだ。それでもこれまでシュトラウスはブリーゲルに援助をしてきたというのに。それを今更やめるというあちらが悪い、そんな入れ知恵をした姉上が悪いとすら私は思っていた。
だが──。
◇
「クルト、どういうことだ!」
隠居した父上が怒って執務室に乗り込んできた。だが、私は驚かない。もうこれで何度目になるだろうかと、いい加減にうんざりする。私はこれ見よがしに溜息をつき、言い聞かせるようにゆっくりと口を開いた。
「……ですから説明したでしょう? どの家も厳しいから援助をお願いしても頷いてはいただけないと。私たちの生活を切り詰めないと、この家の維持ができないんですよ」
見栄っ張りで贅沢に慣れている両親は、シュトラウスが援助を取りやめたことや、目をつけられたことで、この家がいかに厳しい状況に追い込まれているかを未だに理解しない。それどころか、私の力不足だと叱責するようになった。
どうして。私だってこんなに必死で頑張っているのに。最近はそうして苛立つことが増えた。
脳裏によぎるのは姉上の言葉。
『……わたくしもずっと思っていたわ。どうしてこんなに頑張っているのに報われないのかと。いつもあなたたちは、わたくしがどんなに頑張っても、意味がない、無駄だと無視をしてきた。』
それはそうだ。あの人はいつも両親に期待されず、安穏と暮らしてきた。私は子爵家当主という重圧と期待に押しつぶされそうになりながらもやってきたというのに。いつもそんなやり場のない怒りや鬱憤をあの人にぶつけてきた。この家では
女だから、女のくせにと姉上を馬鹿にする父上に、そんな父上を諌めることもせずに一緒になって貶める母上。それでこの家は成り立っていたのだ。
事実、姉上が居なくなったことで、父上は母上を攻撃し始めた。きっと母上はこれまで父上に
それに気づいたのは最近だった。というのも、父上は標的を母上から私に変えたからだ。父上はシュトラウスに見限られた出来損ないの当主だと私を罵るようになり、それまで父上に攻撃されていた母上も一緒になって私を責めるようになった。
結局、この家は誰かの犠牲の上でしか成り立たないのかもしれない。そして、私も両親と同罪だろう。
両親の言う通り、姉上は何の努力もしないただの役立たずだと罵り続けた。
だが、本当にそうだったのだろうか。
誰もが我が身可愛さに、姉上の努力を無かったことにし、見ない振りをしてきただけではなかったのか。そんなことを考える。
姉上はそうやって虐げられる役割を与えられて、それを演じていたのかもしれない。抗っても無駄だと諦めて。
そんなことを考えて父上を無視していたから、父上は更に怒りを募らせたようだ。
「……っ、アイリーンが余計なことをするからこうなったんだろう! 本当にあいつは碌なことをしない! あの時シュトラウスに見限られてのたれ死ねばよかったものを……!」
「……それは言い過ぎではありませんか?」
確かに私も両親と同じように姉上を見下してきたが、こうして厳しい状況に追い込まれたから見えてきたものもある。
「お前は誰の味方だ?」
忌々しそうに父上は私に尋ねる。私は小さく笑う。
「私は誰の味方でもありませんよ」
むしろ、父上が私の敵なのではないかとすら思える。何度説明しても理解しようとせず足を引っ張るばかりで。母上だってそうだ。自分たちはこんなに苦労しているのだと嘆くばかりで手伝おうともしない。
私は思う。
過去に父上が姉上を見限ったと思っていたが、本当は逆だったのではないかと。
私は両親が正しいと信じ、姉上を排除した。その結果がこれだ。姉上は両親と離れ、シュトラウスで幸せに暮らし、私は一生両親に囚われるのだ。
私は両親とともに沈みゆく船に乗っているのかもしれない。それならばこのまま諦めて沈むか、抗うか。
今、本来の自分を取り戻したであろう姉上に聞いてみたい。あなたならどうしますか、と──。
偽った恋心─R15─ 海星 @coconosuke
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