乖離する心
全てがうまくいかない、そんなわたくしとは反対に、シュトラウス家はマインラートのおかげで立て直すどころか、少しずつ勢いを増していった。
そんな中、マインラートはハーバー準男爵令嬢と別れたようだ。というのも、ハーバー準男爵令嬢がクライスラー男爵と結婚し、クライスラー領に行ってしまった。
突然の結婚にまた噂が立った。本来なら婚約期間を設けるはずなのに、それを無視するということは何か重大な理由があるに違いないと。ハーバー準男爵令嬢がクライスラー男爵に色仕掛けで迫って既成事実を作ったからだとも言われていた。
元々彼女は社交界の女性たちからは爪弾きにされていた。最初は平民上がりで貴族の常識がないというのが理由だったと思う。だけど、マインラートとの噂もあり、他人の夫に手を出す悪女だという理由に変わり、更に爪弾きにされるようになっていった。
わたくしは色々なことに疲れて、マインラートと彼女がどうなろうと、もう関係ないと投げやりな気持ちになっていた。
そして、その頃からマインラートは、よりシュトラウス家のためにと仕事に集中するようになった。
ハーバー準男爵から教わったノウハウで商売を始め、商会を作り、利益が増えるとそれで投資をし、更に増えた利益で領地に商館を建てた。そこで雇用が生まれ、出て行った農民のかわりに商人が増えた。
遊ばせていた枯れた農地や街道もきちんと整備をし、農地は借地として再び貸し出し、街道は通行料を徴収できるようにもなった。
そしてわたくしはそんなマインラートの広告塔として、商会で扱う商品を自らで使ったり、社交界で紹介したりして、シュトラウスのために力を尽くすようになった。
その一方で、あれからわたくしはカイと会うようになっていた。好きだからではなく、マインラートとグヴィナー伯爵夫人の手前、断りきれなかったのだ。
一度堕ちてしまえば、転がるように堕ちる。罪悪感もあるけれど、それ以上にもう現実に抗う気が起きなくなった。生きているのに死んでいるような、そんな感覚しかなかった。
それにわたくしは聞いてしまったのだ。カイとグヴィナー伯爵夫人との会話を。
二人はやはり共犯だった。わたくしを自分と同じところまで堕とすためにグヴィナー伯爵夫人がカイを利用したのだ。
カイがわたくしを愛しているとは思っていなかったけれど、彼女に言っていた言葉に打ちのめされた。
『遊びも知らないつまらない女』
グヴィナー伯爵夫人に、マインラート、そしてカイ。わたくしは自分がいかに女として劣っているかを思い知らされた。
だからだろう。わたくしはカイと別れてまた優しくしてくれる人に逃げた。シュトラウス邸で働く庭師だった。
愛されたいと願う仄かな気持ちはやがて渇望になったのだと思う。
自分だけを見て、愛してくれる人。わたくしに価値を与えてくれる人。そんな人をただひたすらに求め続けていた。
「あなたを愛しているわ……」
庭師の姿を認めては愛を囁きながら近づいていった。この頃にはもう、自分はおかしいのかもしれないと思っていた。
愛していると言いながらも、全く心が動かないのだ。そんな薄っぺらい、嘘くさい言葉に何の意味があるのかもわからない。喜怒哀楽の感情が少しずつ鈍くなっているのを感じていた。
それでもシュトラウス家のために責任を果たさなければ。その一心で壊れそうな自分を保っていたのかもしれない。
そして、庭師と別れたらまた次、別れたら次と偽りの愛を囁き続けた。
だけど皆、わたくしではなく、わたくしの後ろにあるものしか見ていなかった。子爵夫人として自分に利益を与えてくれるからとわたくしを愛している振りをする。
それをわかっていても求めずにはいられなかった。誰一人としてマインラートの代わりになんてならないというのに。求めれば求めるほどに彼との違いが浮き彫りになって、理想と現実の落差に落胆するのだ。
それにコンラート。あの子はわたくしの姿を見つけては嬉しそうに駆け寄ってきていたけれど、わたくしはあの子に手を伸ばすことができなかった。
あの子の愛し方がわからず振り払ったくせに、父親とは違う男と遊ぶような母親だ。あの子を穢したくなかった。そのうちにコンラートはわたくしを見ても無表情で、笑うことも泣くこともしなくなった。
そうしてわたくしは自分や家族が歪んでいくことを止められず、二十年近くも目を逸らし続けた。そんな閉塞したシュトラウス家に風穴を開けたのは、コンラートの結婚だった。
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