待望の子ども

 シュトラウス領に移ってからも、マインラートは領地を回ったり、他の貴族たちと連絡を取り合ったりと忙しくしている。


 そして、わたくしはそんなマインラートの役に少しでも立てればいいと、孤児院の慰問をしたり、食べることにも事欠いている人たちのために炊き出しをすることにした。


 根本的な解決策にはなっていないけれど、現場を見て、何が必要なのかを知ることができればと思ったのだ。


 孤児院ではやはり食料が不足しがちな現実があった。育ち盛りの子どもたちの生育に問題があると思い、マインラートに館で備蓄している食料を分けて欲しいとお願いした。どうせ余っても腐らせて捨てるだけだ。それなら有効に使ってもらう方がいい。


 すぐにマインラートは聞いてくれ、一時的だとしても、孤児院の食料問題は解決した。だけど、問題は次から次へと湧いてくる。それに逐一対応するようにはしていたけれど、それでは追いつかないくらいだ。


 あまりの忙しさに、やがてマインラートとわたくしは仕事の話しかしなくなっていた。


 そんな日々が続いて数ヶ月経った頃、わたくしの妊娠がわかった。忙しい合間でも、後継を作るためにお互いに義務で閨事を続けていた結果だとすると、複雑な気持ちだった。


 妊娠を知ったマインラートは喜んでくれ、一層仕事にのめり込んでいった。生まれてくる子どものためにも自分がしっかりしなければという責任感だったのだろうと思う。


 そんな時、結婚して二度目の社交シーズンがやってきた。身重のわたくしは領地に残り、マインラートは一人で王都に出かけることになった。


 だいぶお腹も大きくなり、今にも生まれるのではないかと心配するマインラートは迷っているようだった。


「……アイリーン、本当に大丈夫なのか? 私も生まれるまでこちらに残ってもいいが……」

「心配はいりません。生まれたら連絡を寄越しますから。わたくしの心配をするよりも、あなたにはやることがあるでしょう? シュトラウス家のために、この子のために、あなたができることをしてくださいませ」

「君は、本当に……ああ、そうだな。それならこちらのことは君に任せるよ。私も頑張ってくるから」

「ええ。いい報告をお待ちしております」

「ああ」


 わたくしと約束をして、マインラートは旅立って行った。しばらく会えないと思うと、会いたい気持ちは一層募る。


 きっとマインラートも王都で頑張っているのだ。そう思って自分を慰めた。やがて産み月に入った時に、思いがけない手紙が届いたのだった。


 ◇


「奥様、ご実家からお手紙が届いております。」


 侍女がそう言って差し出した手紙に、嫌な予感を覚えた。最後に実家を訪れた時のことを思い出して表情が歪むわたくしを、侍女は不安顔で見ている。


 安心させるように笑顔を作り、侍女を退室させた。もし酷いことが書いてあったときにわたくしは狼狽うろたえるかもしれない。雇用主として、使用人にみっともないところは見せたくなかった。


 息を落ち着かせてゆっくりと手紙を開く。文字を追うごとに、わたくしは驚愕のあまり、目を見開いた。


「……シュトラウス卿が、こちらを訪ねてきた。厳しい状況だが、アイリーンに子どもが生まれるので支援を頼むと言われ、断った。アイリーンと子どもを見捨てるのかと言われたので、もうあの者はこちらの家には関係ない、離縁するなり好きにすればいいと伝えておいた……」


 手紙を掴む手に力がこもり、ぐしゃりと手紙が歪む。


 ──ああ、あの人は知ってしまったのだ。わたくしに何の価値もないということを。


 何の役にも立たないわたくしはきっと捨てられるのだろう。呆然と手紙を握りしめて立ち尽くしていると、酷い腹痛に襲われた。


 遅れてぬるりと足の間から何かが流れる感触に戦慄する。お腹の子に何かがあったらどうしよう。不安でわたくしは声を張り上げる。


「お願い、誰か……!」


 わたくしはどうなってもいい。だからお願い。この子を助けて。最後に見たマインラートの姿が頭を過ぎる。こうなってもまだマインラートは我が子の誕生を喜んでくれるのだろうか。


 そんなことを考えているうちに痛みは激しくなる。駆け込んできた侍女やメイドたちの喧騒をどこか遠くに聞きながら、わたくしは気を失った──。


 ◇


 それからすぐ出産になったようで、わたくしは何度も気が遠くなりそうな痛みに耐えながら医者の言う通りに踏ん張った。


 そうして苦労の末にようやく生まれたのは男の子だった。まだ目も開いておらず、両親のどちらに似ているのかもわからない。だけど、生まれた子を目にしたら涙が溢れてきた。


 この痛みはこの子がわたくしと繋がっていた証。本当の家族をようやく手に入れたという安堵感と多幸感。そして、マインラートという愛する人との間に生まれてきてくれたこと。これほどの幸せがあるのかと、感無量だった。


 相変わらず忙しいらしいマインラートは帰ってこなかったけれど、しばらくして手紙が届いたのだった。

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