幸せな結婚式

 結婚式当日。


 朝早くから教会に行き、純白のウエディングドレスに着替えると、控え室で式が始まるのをじっと待つ。だけど一人ではない。エスコート役の父が、客には見せないような不機嫌顔で、うろうろとわたくしの周囲を歩いていた。


 気まずい沈黙が場を支配する。もう何時間も一緒にいるのに、結婚を祝う言葉の一つもかけてはくれない。嫁に行く時くらいは、と期待したわたくしが馬鹿だった。


 両親や弟は、わたくしにさっさと居なくなって欲しいようだけど、わたくしも同じだ。蔑まれ、暴力を振るわれる毎日から、早く解放されたかった。


 マインラートとの新しい生活は、不安でもあり、楽しみでもあった。マインラートには愛人を容認するとは言ったものの、彼を見ていると積極的に作るつもりはないようだ。弟とは違った感性の持ち主であることに胸を撫で下ろした。


 それに、家族と離れることでわたくしは彼らの目を気にせずに過ごせる。そうすればマインラートと新たな関係を作ることができるかもしれないと、仄かな期待を抱いた自分に気づき、思わず自嘲するような笑みが零れる。いつもそうやって期待して血の繋がった家族にすら顧みられなかったというのに、つくづくわたくしは学ばない。


 気まずい沈黙がしばらく続いていたが、ようやく式が始まるようで、父と連れ立って会場へ向かう。


 人の姿が見えると、父は腕を差し出した。その腕に自分の腕を絡めると仲の良さそうな父娘の出来上がりだ。ベール越しに見える父の表情は嬉しそうだが、空々しい。くだらない茶番にしか見えないと、おかしくてベールの中で小さく笑った。


 そして、神父の前で待つマインラートの元へと辿り着いた。そこで父は列席者の方へ移動し、式が始まる。


 こんな時だというのに、わたくしは隣に立つマインラートに見惚れていた。ベールがあってよかった。これならばずっと彼を見ていられる。


 白のタキシードを着た彼はいつもよりも凛々しく、どこか緊張しているようだ。


 列席者たちが静かに見守る中、神父が朗々と式を進行していく。神父の後に続いて誓いの言葉を先にマインラートが口にする。


「誓います」


 彼が力強く誓ってくれたことがわたくしに力を与えてくれる。緊張で声が震えそうになるのを頑張って声を張り、同じように誓う。


 そして、誓いのキス。向かい合ってマインラートがベールを上げてくれるのを、目を伏せて静かに待った。


 ベールが上がったのでふと上を見ると、優しい眼差しでこちらを見るマインラートと目が合った。


「目を閉じて」


 マインラートの囁きに小さく頷くと、目を閉じてその時を待った。やがてわたくしの顔に影が落ちて、唇に温かくて柔らかな感触がした。


 その瞬間は周囲の気配が気にならなくなるほど、わたくしの中が彼で埋め尽くされた。目が眩みそうな多幸感。これまでで一番幸せだと思った瞬間だった。


 そしてゆっくりと離れていく体温。寂しくて目を開くと、再びマインラートと目が合ってしまい、慌てて目を逸らしてしまった。


 胸の鼓動がうるさい。こんなにも近くにいると、この音が彼に聞こえるのではないかと気が気ではなかった。


 それから指輪の交換をしたけれど、それほど重くないはずの指輪が重く感じる。彼の妻になったこと、子爵夫人になったという責任を実感したせいかもしれない。


 マインラートの腕に腕を絡めて、列席者の前を歩いて行く。その中にはお祝いの席だというのに、嬉しそうではない家族の姿が見て取れる。


 弟と目が合うと、弟はわらい、口元が勘違いするなと形作られる。幸せの絶頂で、また落とされるのだ。わたくしはどこまでも幸せを願ってはいけないらしい。


 血の繋がりは切っても切れるものではないのかもしれない。だけど、距離を置くことで、両親や弟との付き合い方が見えてくるだろう。


 今はただこの幸せに浸っていたいと、そう思った。

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