閑話 

ダンジョンから出た後、数日の間だけ近くの村に滞在することになった。

村人の報告を受けて調査に来た冒険者に、ダンジョンを攻略したことを話す。

冒険者の若手は先を越されたと悔しがっていたが、ベテランは手間が省けて助かったと笑っていた。


ダンジョンが攻略されても、冒険者の仕事は残っている。完全に消えるまで時間があるので、それまで内部の資源は回収できる。

シロロのダンジョンでは山の中なのに海産物が採れるので、価値は比較的高いだろう。

思った通り、冒険者は内部の地形や魔物などの情報を喜んで買い取ってくれた。


いちおう元ダンジョンマスターであるシロロに追加情報がないか聞いていたが、ダンジョンの構造はお任せオートで作ったから細かい部分は知らない、とのことだった。


「隠し部屋に宝箱は定番だな。ポイントがあれば作ってみたかったのになー。残念だなー」


と言っていたので、隠されたお宝は期待できなさそうだ。


村に居る間、シロロはアーシアとよく遊んでいた。小さな子供相手なら、自然と手加減できるらしい。

ただし大人相手になると手加減がまったくできなくなるので注意が必要だ。


あの時の青年(名前は忘れた)が食べ物で釣って仲良くなろうとしていたが、シロロは物だけもらって追い返していた。

怪我はしていなかったし、本人が満足そうだったのでヨシとしておいた。



シロロのことを知るために色々と質問してみたが、うまく思い出せないようだった。


「なんでもいいんだ。ちょっとした引っ掛かりから記憶をたぐるとかあるだろ」


「むう、そうは言っても、なんかムカつくという気持ち悪さくらいしかないぞ」


「じゃあ、なんでムカつくのかよく考えてみるとかどうだ?ムカつくのはどんなものに対してだ?俺とか、敵とか、あとは……世界とか」


この質問にシロロはしばらく悩み、それから一つの言葉をしぼり出した。


「……陽キャ」


「よう……何?」


「陽キャだ。しかもアレは悪い陽キャだ。陽の立場にしがみつく、陰の気を秘めし者だ」


「悪い、陽キャ」


「そうだ、思い出したぞ。思い出せてはいないが、脳ミソの奥底を焦がすような怒りは思い出せた。ワレは、やられたからやり返したのだ」


「お、おう。そうか」


なんか開いてはいけない箱の蓋を開いてしまったようだ。シロロの口から言葉がとめどなく流れ出てくる。


「ワレは、悪くないのだ。ワレは自分を守ろうとしただけだ。それのどこが悪いのだ。誰もワレを助けてくれないなら、ワレがワレを守るしかないだろ。ワレは、ワレは、恥ずかしくなどない。キモくなどない。バカだというヤツがバカなのだ。刃物を人に向けたなら、自分も切られる覚悟を持つべきなのだ。ワレの心を切り裂くというなら、ワレだってそうする権利がある。そうであろう?」


暴走しそうになったので慌てて止める。

肩を掴んで目を見ると、シロロの瞳が定まっていない。


「もういい。余計なことを聞いて悪かった」


「よくない。ワレは悪くないのだ」


「そうだ、お前は悪くない。言葉が通じない相手は魔物だ。魔物から身を守るのは当然だ。自分の身を守ろうとしたお前は立派だよ」


「ワレは、ワレは……」


「大丈夫だ。ここにお前を傷つけようとするヤツはいない。ほら、水でも飲んで落ち着けよ」


コップを渡すと、両手で持とうとする手が震えていた。

それを外から包むように支えて口元に持っていくと、少しずつ飲んでいく。

ふう、とため息をついて黙ったので、こちらも少し安心できた。


深く追求するのはシロロの精神によくなさそうだ。

思い出せたという割には曖昧な言葉ばかりだし、怒りの感情と結びついた内容のようだ。

ひょっとしてダンジョンにとって都合のいい部分しか思い出せないようになっているのではないだろうか。

ダンジョンとその裏側に居る者について、ますます疑念が深まる。


シロロが黙り込んでいるので、今度は俺の過去を話すことにした。


「お前はちゃんと戦おうとしたんだな。俺は、あまり戦いたくなかったよ。故郷でも軍隊でもスゴイスゴイともてはやされていたんだけどな。失敗したら全部崩れそうな不安定な足場にいるみたいな気がして、とても受け入れられなかった。もっと上を目指せたはずなのに、安定した場所を離れたくないから目立つのを避けていた。失敗してどん底に落ちるよりは、上を見ているだけの方がいいってな」


父も兄も立派な人だ。だから自分もそうなるよう期待されていた。俺自身もそう成りたいと思っていたけど、そう成れているかずっと不安だった。

上に登るほど足場が狭くなる気がして、このくらいがちょうど良いからと本気を出さずにいた。


「そんな臆病な自分だったから、結局居場所を守れなかった。俺が上を目指していれば、傷つくことを恐れずに進んでいれば、戦うことができたかもしれない。そして今はもっとマシな状況になっていたかもしれない。安全な場所で仲間と愚痴を言い合う。そんな環境に満足していたから、全てを失うことになった。俺がここにいるのは、俺が自分で招いた結果だ」


「自慢か?」


シロロが上目遣いで睨んでくる。


「なんでそうなるんだよ」


「ワレはもう何もない。ワレは貴様の所有物だ。ワレの方がみじめだぞ。情けなさで貴様には負けんぞ」


「低い場所で勝負しようとするなよ。せっかくダンジョンから出られたんだ。もっと日の当たる場所で楽しいものを見つけたらどうだ?」


「貴様に飼われているのに?」


「飼ってるつもりはない。いずれ自立をしてもらう。外の環境に慣れれば、自力で魔力を供給できるようになるだろ。それまでに人間の常識を学んでおけ。人間の世界でまともに生きていけるようにな」


「だから、ワレはすでにそれに失敗しているのだ。常識などクソ食らえだ。ワレから首輪を外してみろ。そしたら全てを破壊し食い尽くしてやるぞ」


「スネをかじり続ける宣言かよ、まったくお前は……」


こんなことを言っていても、シロロも時間をかければおいおい学んでいくだろう。一度失敗したくらいで、世界は終わりにはならないのだから。

そう、一度失敗したくらいで……。


「ああ、なるほど、そうか。お前は俺を励ましてくれていたのか」


「はあ?何でそうなる」


「気付いてないならそれでいいさ。過去には戻れないし、一度口にした言葉を無かったことにはできないんだ。新しく生まれ変わったつもりで、また最初からやっていこう。俺も、お前もな」


「ワレが生まれ変わっているのはそうなんだが、上から目線なのがムカつくぞ」


「はははスネを蹴るなスネを」


ビシビシローキックが振るわれるが、あまり痛くなかった。

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