第9話 クレイタール山麓への襲撃

整備された山道を魔導式の馬車がゆっくりと走っている。馬車と言っても馬が引いてるわけではなく、魔導機と呼ばれる人造ゴーレムがその役を担っている。

そんな馬車が列になって進んでいるのを、最後尾の荷台の上から眺めていた。


「なー、ご主人さま-。これっていつになったら街に着くんだよ。ワレもう退屈すぎて、溶けるかタレるかしそうだぞ」


シロロが足下で突っ伏した状態でしゃべっている。さっきは仰向けだったから、ごろりと半回転したのだろう。


「お前、三日前はもう歩きたくないって言ったじゃないか。だから商隊の護衛を引き受けたんだぞ。もっと小さな商隊だったら早く着くって教えたのに、ゆっくり行きたいからこれにするってお前が言ったんだからな」


「うう、こんなヒマだとは聞いてない」


「言った。隊が大きいってことは荷物が多いから遅くなる。それに護衛も増えるから、魔物にも盗賊にも襲われにくくなるって教えたぞ」


「正論は嫌いだ。正しいことはいつもワレを追い詰める。部屋の隅に引きこもりたい」


シロロが膝を抱えて丸くなる。

馬車が石を踏んでガタンと揺れる、それに合わせて左右に転がった。荷台からころりと落ちそうになるのを、マントを掴んで止める。


「しっかり座ってろ。すぐに大きな山が見えてくるから顔を上げろよ。あれはなかなかいい景色だぞ。そしてその向こうが目的地の【クレイタール】だ」


山道のカーブにそって車が進み、視界がひらけてくる。

背の高い山の端が見え、それが横に長く続いている。あれこそがクレイタールの外縁を囲む【クレイタール山脈】だ。


「おお、あれはすごいな。あんなの越えられないだろ」


「越える必要はないさ。この地方を治めるスノウケルン伯爵のご先祖が、その昔に山に大きな穴を空けたんだ。そこを通れば簡単にクレイタールにたどり着ける」


道はゆるやかなカーブを描きつつ、クレイタール山脈へと続いている。その山の麓に白いすじが見えた気がして目を細める。あれはもしや煙だろうか。

同じタイミングでシロロが立ち上がって言った。


「血のニオイがする。今夜はハンバーグだ」



商隊の護衛を他の冒険者にまかせて、クレイタール山脈への道を走る。青々と葉をしげらせた木々のせいで先を見通せないが、シロロはこの先で戦いが起こっているのを確信しているようだ。先ほどとは一転してとても楽しそうにしている。


「バーン、水くれ!できれば向こうまでドバっと降らせてくれよ」


「俺から魔力を持っていってるくせに無茶言うな。というか本当に、この先に魔物の群れがいるんだろうな」


「あの煙を見たろ。あれは人間と魔物が戦って燃え上がったやつだ。血のニオイが濃くなってるから、間違いない」


血のニオイとやらはわからないが、進むにつれて不穏な気配が大きくなってくる。

どうやら本当に、この先で大変なことになっているようだった。


「むっ。バーン、右だ!」


シロロに言われるまでもなく、森から飛び出してきたソレを迎えうつ。

ソレは粗末な鎧兜を着た戦士に見えるが、兜の奥は中身の見えない闇になっている。


「本当に魔物が出てきたな。これはどう見ても、凶暴化した野生動物じゃない」


古城も戦場跡もないこんな場所に亡霊兵士が出てくるなんてありえない。だとすると間違いなく、どこかに野生のダンジョンがあるはずだ。


「ワンダリングアーマー!初めてみたぞ!!」


俺が鎧の攻撃をさばいている横から、シロロが高速の飛び蹴りを放つ。

直撃した鎧は大きな音を立てて木にぶつかり、黒い煙を吐き出しながら壊れた。


「シロロは、経験値を、獲得した!」


「奥から続けて来るぞ。今の騒ぎを聞きつけたか」


「これは稼ぎ時だぞ。早く水を出すんだ。今こそワレの使いどころさんだろ!」


相変わらず言葉は分からないが、意味は理解できる。多数の魔物に恐れず向かって行けるのは、こいつくらいなものだろう。


「仕方ないか。十秒かせげ。それと後から商隊が通るんだから、道は絶対に壊すなよ」


「よっしゃあ、やったぜ!まかせなさいだー!!」


森から飛び出してくるこの世ならざる兵士たちを、シロロが片っ端から殴り飛ばしていく。

俺はそれを見ながら魔晶石を掲げて唱えた。


「慈悲深くも恐ろしき龍神へ願いと奉る。彼の地にその威を示したまえ!」


魔晶石が砕け散った次の瞬間、周囲が夜のように暗くなる。雷鳴が聞こえたかと思うと、森の木々でさえ遮れないほどの大雨が降り出した。


「水が来た!これで勝つる!!」


シロロは亡霊兵士の頭を掴んだまま、魔物が潜む森の中へと飛び込んでいった。


「あんまり離れると魔力切れになるぞ!!」


「パパッと片付けて戻ってくるから、腕をみがいて待ってやがれ!」


「ったく、相変わらず理解できないヤツだな」


森の奥からシロロが暴れ回る音が聞こえてくる。木がへし折れるような音まで聞こえるのは気のせいだろうか。

シロロはその特異性から、水場での戦いを好んでいる。川や湖があれば独壇場だが、水たまり程度でも能力が上昇するようだ。

これだけ雨が降っていれば、心配する必要はないだろう。


相変わらず亡霊兵士が森から出てくるが、その数はあまり多くないうえに雨でぬかるんだ地面に慣れていないようだ。動きが鈍ければ、多数相手でもやりようがある。

愛用の槍を取り出して構えた。


「あいつばかりに働かせるわけにもいかないし、俺もやってやりますか」



敵を倒してから道の先へ進むと、森の切れ目が見えてきた。


クレイタール山脈に空いたトンネルに向かって、大量の魔物が押し寄せているのが見える。

トンネル出口に作られた砦を利用し、兵士たちが戦っているのが見えた。


魔導式通信機を取り出して緊急回線を呼び出すと、予想通り砦とつながった。


「もしもし、こちら冒険者のバーン・ハントだ。【レイライン】から【クレイタール】へ向かう商隊の護衛をしている。先行して確認に来たが、大丈夫か?」


『商隊の護衛か!?ご覧の通り、今ここは通ることができない。どうしても通るなら、別のトンネルを使うように』


「余裕そうだな。応援はいらないのか?」


『冒険者の一人や二人じゃ焼け石に水だ。この魔物の襲撃は、森の中にある野生のダンジョンによるものだ』


「やっぱりか。ではそれを見つけて叩いてくる。そうすれば追加は来なくなるだろ」


『できるのか?中にいた魔物が出てきているとはいえ、はっきりした場所も分からないんだぞ』


「あてがないこともない。無理なら逃げるさ」


『それでいい。こちらを心配する必要はない。くれぐれも無茶はするなよ』


「了解だ」


通信機を懐にしまって森に戻る。

魔物に踏み荒らされてぬかるんだ土の上を歩いていると、見慣れた影が滑るように近づいてきた。


「雑魚を蹂躙するのは楽しい。経験値はカスみたいだけど、数が多いからそれなりに稼げる。けど魔晶石もカスばっかりだったぞ。いるか?」


「必要ない。それよりシロロ、こいつらが出てきたダンジョンの場所はわかるか?」


「そうそう、それを見つけて来たんだ。当然、乗り込むんだよな?ダンジョンアタックだな!いいね、すぐ行こう。サメスキーで直行だ!」


「おい待て、案内するだけでいい。普通に行こうなあ、おい、待てって!」


シロロが腕を振ると、足下の水が集まってくねくねしたレールを形作る。それに右半身を沈めながら、左腕で俺の襟首をつかんできた。


「しゃべると舌噛むぞお客様。安心しろよ、すぐに着く。行くぞ出発しんこーだ!」


「だから俺の言うことを聞けよなあ!」


必死の抗議もむなしく、少女らしくない怪力によって、暗い森の中を連れ回されることになった。

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