第10話 ダンジョン【デスマーチファクトリー】
ダンジョンへの入り口は、大きな木の根元に空いていた。
濡れた服を陽の魔法で乾かしてから侵入することにする。
「ダンジョンに案内しろとは言ったが、俺まで水に濡らすなよ。お前と違って、俺は水に強くはないんだからな」
「軟弱なご主人様だな。やれやれ、これじゃあ先が思いやられる」
「それは俺のセリフだ。また必要ないのに俺まで水浸しにしたら、お前も乾燥させてやるからな」
「なんだと!?そんなことしたらワレの肌がガサガサになってしまうではないか。貴様は悪魔か!」
「イヤなら気をつけるんだな」
シロロの文句を聞き流しながら、服の乾燥具合を確かめる。乾ききってはいないが問題ないと判断して、装備しなおした。
「じゃあ行くぞ。魔物を吐き出した後だと言っても、まだ居残りはいるだろうから注意して進むぞ」
「そのくらい分かってる。先に水を流し込んでおいたからな、今頃は押し流されているだろうな」
シロロは悪い顔で笑った。
◇
ダンジョンの中は、かび臭く陰気な空気で満ちていた。
光るキノコがぽつぽつと生えているが、それだけでは明かりが全然たりない。光の玉を浮かべることで、やっと周囲がはっきりわかった。
「洞窟ではあるが、人工的に掘られている感じだな」
「そんなことより、水が残ってないじゃないか。洞窟のくせに水はけがいいとはどういうことだ。責任者出てこい!」
「道に傾斜がついてて、溝まで掘ってあるな。どうしてここまで水対策をしているんだろうか」
不可解に感じながらも通路を進む。そこら中に十字路があり、似たような路ばかりなので印をつけないと迷ってしまう。
ほぼ等間隔に道があり、不思議な規則性のある道だった。
「なかなかイヤらしい構造だが、分かってしまえば進みやすい。階段はすぐ近くにあるし、探索しないならすぐに最下層へ辿りつけそうだ」
「むう、敵がほとんどいないでやんの。いるのはリビングソードやシールドみたいな雑魚ばっかりだ。歯ごたえなさすぎて顎がなまりそうだ」
「放出直後の侵入者を想定してなかったのかもな」
斬っても血が流れない非生物系は、鈍器の方がダメージを与えやすい。
片手で扱える
地面に転がる動かなくなった剣や盾を見て、シロロがつぶやく。
「こいつら消えないな。ダンジョンの魔物って倒すと煙になって消えるんじゃなかったっけ?外に出てたヤツラもそうだったろ」
言われてみればそうだ。
ダンジョン産の魔物はほとんどの場合、倒されると魔晶石の原石を残して消える。ごくまれに素材や武具を落とすこともあるが、このリビングソードやシールドは、そのままの形で残っている。
瘴気により魔物化した野生生物でもないかぎり、こんなことはありえないはずだ。
戦闘でも脅威に感じないほど、武具としての質は低い。何か理由があるのだろうか。
そう考えていたら、シロロが何かひらめいたようだった。
「わかった。これはブランチマイニングだ」
「ブランチ……?なんだそれは」
「ゲームでの、効率のいい採掘方法の呼び名だ。それとこれは少し違うけど、やってることは同じだな。地面を規則的に掘ってって、鉱脈を見つけたら掘り尽くす。なくなったら次を探す。これはそういう道だ。たぶんだけど、外に出てた魔物をここで働かせていたんじゃないかな」
採掘場か。なるほど、水気に気をつけるわけだ。地面を掘っていれば水脈に当たって水浸しになったという話は聞いたことがある。
毒ガスが出てきたという話も聞くが、非生物の魔物だったら気にする必要はないだろう。
「この剣や盾どもはきっと、掘り出した鉱石を使って作ったんだ。素体がある方が、魔物の作成コストは低くなるし。ここのダンジョンマスターは、手の掛かることをチマチマやるのが好きみたいだ」
「やっぱりここにもダンジョンマスターがいるのか」
「そりゃあいるだろ。こんなことをするのは、ヒマを持てあましたユルゲーマーくらいだ」
意味不明だが自信に満ちたセリフに、ろくな内容ではなさそうだとため息が出た。
◇
ほぼ同じ構造の階層をいくつか降りた先に、大きく雰囲気の違う階層があった。
地下拠点と言うべきだろうか。掘り出した鉱石が種類ごとに山積みにされ、多数ある炉のいくつかに炎が灯っている。
ボロの服を着た骸骨がこちらを気にせず作業をしている。
「シロロの言うとおりだったみたいだな。作業場みたいなものまであるし、ここで魔物の素体を作っていたみたいだ」
「こんなもの簡単すぎて、ワレには謎でもなんでもないわ。だが褒めたいと言うならそうしても良いぞ」
「はいはい、さすがさすが。この先の活躍も期待してるぞ」
拾ったクズ魔晶石を砕いて、こぶし大の水塊を作り出す。それをシロロに渡すと、不思議そうな顔をしながらも受け取った。
「むむ?貴様にしては意外な素直さだな。何を企んでいるのだ?」
「言った通りだよ。ここがダンジョンマスターの拠点なら、奥で待ち構えているってことだろ。外に出されてた数を見ただろ?あれほどの数の魔物を従えていたダンジョンマスターなんだから、当然強いはずだろ」
「気にしすぎだと思うがな。何よりこのワレがいるのだ。心配せずに任せておけばよい」
水を得て機嫌が良くなったシロロとともに奥へ進む。
途中でワンダリングアーマーが出てきたが、今さら一体くらい出てきたところで相手にはならなかった。
「今のが最後の戦力だな。あの立派な扉の奥にダンジョンマスターの部屋だろう」
「歯ごたえのある相手ならいいんだけどな」
重い扉を押し開けると、中は意外にも大したことのない部屋だった。奥に大きな机が一つだけあり、その前にマントに身を包んだ人影が座っている。
人影が顔を上げたが、そこには暗い闇があるだけだった。
その闇の奥から、ひどく疲れたような声が重々しく響いてくる。
「予定外の来客ほど、迷惑なものはない。人の敷地内を勝手気ままに歩き回り、備品を壊して悪びれもしない。貴様らのような者のせいで、我が社の業務がどれだけ遅れると思っているんだ。わかっているのか、なあ、おい」
言葉と共に、闇の波動が放たれた。
声に込められた闇の力が、体力と気力を削り取っていく。あれこそは生者を苦しめる魔の亡者、リッチだ。
自分とシロロに光の防壁を張りながら、言葉を返す。
「魔物を大量に吐き出しておいて、『入って来るな』はないだろ。害虫が出てきたら退治するし、巣を潰すのが基本だろ」
闇の波動の次には、魔力の塊を撃ち出してくる。まがまがしい呪いが込められたそれを回避すると、当たった壁が溶解するのが見えた。
そんなおぞましい攻撃を、つぎつぎに撃ち出してくる。
「そもそもそれは、貴様らが最初から来なかったからではないか!!集客用のプライズを用意しておいたのに、やってくるのは価値のないアニマルばかり。貴様らは我が社をなめているのか!?各種リソースを捻出するために、我々がどれだけ努力してきたと思っている!キャストを雇用するのも、メンテナンスを続けるのもタダではないのだぞ!そんな努力を続けてきた我々を、貴様らはバカにするのか!!」
「なあ、バーン。あいつ、何を言ってるんだ?」
「アレはお前のお仲間じゃないのか?お前が分からないのに俺が分かるわけないだろ。とにかく、まともに相手にする必要ない手合いだ。わがままな子供がだだこねているのと同じだから、テキトーにハイハイって聞き流せばいい」
反撃しようと近づけば、闇の波動を放ってくる。足を止めて耐えたところへ魔力の塊を撃ちこんで来るので、回避のためにとびずさる。
一方的に攻撃してこようとする、イヤらしい相手だ。
「我が社の魅力がなぜわからない!ここは街からほどよく離れた森の中という好立地。非日常を感じるのにこんなに適した場所はないだろう。なのになぜ誰も来ない!見つける努力をなぜしないのか!!だからわざわざ宣伝パレードを出してやったたのに、社員が出払っているタイミングでなぜ来るのだ!!他人のことをもっと考えろ!相手を気遣うのが礼儀だろ!」
ダンジョンマスターは闇の気配を振りまきわめき続ける。
先ほどからずっと回避に徹していたシロロが、大きく一歩を踏み出した。
「黙って聞いていれば勝手なことをキャンキャンわめいて、うるさくてしかたないな。そっちこそ、話し合おうという気がないだろ」
「なんだと貴様!それが説教を聞くべき者の態度か!!最近の若い奴らは目上に対しての敬意というものがなっていない!だいたいそのふざけた格好はなんだ!まともな服装すらできないのか、これだから田舎者はダメなんだ」
矢継ぎ早にくり出される攻撃を見切ったようだ。
何か考えがあるようで、俺がやってみせたように、クズ魔晶石を手の中に握りこんでいる。
目線でやっていいか聞いてきたので、大きくうなずいてやった。
「おいそこ、聞いているのか!話をする時はちゃんと目を見てだな……」
「黙れハゲ。そんなにわめくと毛がどんどん抜けるぞ」
「なん、だと……!?我はハゲでは、ない。ハゲではないぞ!!失礼なことを言うな!」
ダンジョンマスターはひどく動揺している。大きな魔力の塊を放ってくるが、狙いが荒く速度も遅い。
シロロは余裕をもって避け、両手の魔晶石を砕いてから腰だめに構えた。
両手の間で魔力が変換され、水が生まれていた。水は渦を巻きながら玉のようにふくらみ、シロロの両手を包み込んでいく。
水が十分たまったところで、シロロが口を開いた。
「さっきから、ずっと言いたかったことがある。なんだかんだと文句を言ってくるが、ワレらは全く関係がない。一言で言うなら……」
腹の底から声を発しながら、その水をダンジョンマスターめがけて放出した。
「お前が、言うな!サメザメハーーー!」
「ごがばあ!!?」
ダンジョンマスターは水流の直撃を受けて吹き飛んだ。
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