第11話 デスマーチファクトリーの最後

シロロの攻撃を食らったダンジョンマスターが、壁を壊して落ちていった。


「まだだ、まだやってない!」


シロロがダンジョンマスターを追って壁の穴へと向かおうとする。それを止めようとするが、戦闘モードに入っているのか穴へ飛び込んでしまった。


「くそっ、あのダンジョンマスター相手に一人で戦うのは危ないぞ」


穴から覗くと、そこは異様な空間だった。

広い空間の奥で炉の炎が赤々と燃え、溶けた鉄が流れ出てくる。それが型に流し込まれ冷却され、固まった後に研磨する。

持ち手や金具を取り付けて、武具の形に整える。そんな単純作業を、大量に並んだスケルトンが黙々とこなしていた。


そんな作業台の上を駆け回りながら、ダンジョンマスターとシロロが戦っている。接近戦に持ち込んでいるため強力な魔法を使わせてはいない。

レベルでは負けているようだが、近距離ならシロロに分があるようだった。


「あの分ならしばらくもちそうだな」


ボス部屋に戻って調べると隠し扉があり、そこに下への階段があった。これを使えば合流できるだろう。長く続く階段を駆け降りた。



広大な作業場に辿りついた時には、すでに決着がつきそうになっていた。


テーブルごと倒れたダンジョンマスターに向けて、シロロが指を突きつける。


「こんなクソゲーでもやめられないなら、ワレが引導を渡してやろう」


シロロの周囲に水が浮かび、魔力によって青く輝いた。シロロのスキル【フィニッシュアタック】だ

かけ声とともに垂直に高く飛び上がり、水を背後に噴出しながら必殺の跳び蹴りを放った。


「くらえ、魔人キーーーック!!」


輝きながら迫ってくる死にうろたえながら、ダンジョンマスターが叫んだ。


「くっ、社員どもよ、集合しろ!」


号令一下、作業をしていたスケルトンが一斉にダンジョンマスターへと殺到する。

山のようになったスケルトンがシロロの前に立ちふさがった。シロロのフィニッシュアタックはスケルトンを次々と蹴散らしていくが、スケルトンの数が多すぎる。

全てを倒しきるまえに力を使い切ってしまったようで、舌打ちしながら離れた場所に着地した。


「ちっ、雑魚がここまで邪魔になるなんて思わなかった」


「カカカッ、これが会社の力だ!社員がいくら倒れようとも、我が身が無事ならいくらでも立て直せる」


蹴散らされたスケルトンの破片が足下に転がってくる。

その手の骨は熱によって変色し、表面もすり減っていた。重労働によりボロボロになったスケルトンたちが消えていく。

あのダンジョンマスターはこいつらを社員と呼びながら、使い捨ての労働力としか見ていない。

シロロはなんとか意思が通じるが、あのリッチの考えは理解できない。人間の所行ではない。

ダンジョンマスターはシロロが魔力を使いすぎて動けないのを見てチャンスだと思ったようだ。


「さあ社員どもよ、その無礼者をつかまえるのだ!」


命令されると残ったスケルトンが集まり、シロロの四肢を拘束する。

スケルトンが絡み合って積み上がり、まるで十字架に貼り付けにされたようになっていた。


「くそっ、放せよ」


「カカカッ、形勢逆転だな。貴様もなかなか強かったが、会社の力を使う我が身ほどではなかったな。だが、その強さはおしい。ヘッドハンティングだ。我が社に忠誠を誓うのなら、雇ってやってもよいぞ」


「断る。こんな陰気で退屈な場所で働くなんてゾッとする。お前のようなクソ髑髏の下で働くなんて願い下げだ」


「そうか、ならば仕方ない。せめてその魔力と肉体を、我が社の役に立ててやろう」


ダンジョンマスターが両腕を掲げると、そこに闇の魔力が集まりだす。渦巻く魔力は膨大で、それを喰らえば魔人であるシロロでも耐えられないことは明らかだった。

シロロを押さえ付けている社員もろとも吹き飛ばそうというのだろう。


「さいごに言い残したことはあるか?貴様もダンジョンマスターなら、願いのひとつでもあるだろう。聞いておいてやってもいいぞ」


「へえ、意外と理性が残ってるんだな。ワレの願いは言うつもりはないが、代わりにいいことを教えてやる。この世界には我らよりも古いダンジョンマスターたちがいて、そのどれもが未だ地下で暮らしているんだと」


「ほう、つまり我が社がセールストップになるのも夢ではないと?」


「いいや、こんな工場作って社長ごっこしてるヤツの願いなんて、叶うわけないだろ。現実を見ろよ」


「このガキが!死にたいのなら、望み通りにしてやる!【ダークネス……」


「死ぬのはお前だ」


「なっ!?」


ダンジョンマスターが振り向くと同時に、剣を横薙ぎに首を跳ね飛ばす。

さらに剣を振り上げて、残った体めがけて振り下ろした。


真っ二つになったダンジョンマスターの体が崩れ落ち、魔力の塊が霧散する。

千切れたマントから転がり出た頭は、半分だけ朽ちていた。


「くっ、背後から斬りかかるとは、卑怯ではないか」


「多数で女の子を押さえ付けるヤツに言われたくはないな。決闘でもないのに文句を言うなよ」


「遅いぞバーン、何をしていた。早くワレを助けろ」


「勝手に先走ったのはお前だろ。今まとめて片付けるから、大人しくしてろ」


大きめの魔晶石を取り出して、呪文をとなえる。


「摂理の管理者へ我が請う。命なき者たちに自由を与えたまえ」


魔晶石が光を放ち、それに照らされたスケルトンが次々に崩れていく。数秒でスケルトンの全てが消えて、シロロは拘束から解放された。


「ああ、大変だった。今までで一番疲れた気がするぞ。おいバーン、魔力をくれ」


「助けてもらった直後に言う言葉がそれかよ。もっと別に言うことがあるんじゃないか?」


「ふん、お前はワレの主人だろうが。従者の面倒をしっかりと見てもらわないと困るぞ。ああそれと、こいつのトドメもしっかり刺しておけ」


シロロが岩をつかんで放り投げる。それは岩陰の奥へと飛んでいき、隠れていたダンジョンマスターの頭が慌てて転がり出てきた。

足元にいたはずなのにいつの間逃げたのかと思ったら、姿が薄っすら消えていく。

そこにシロロの水弾が命中すると、術がキャンセルされてか見えるようになった。


「くそっ、不作法な侵入者め。我が社の社員だけでは飽き足らず、我が身までも亡き者にしようと言うのか。貴様には人の心はないのか!」


「言葉が通じているようで通じてないのは相変わらずか。念のために聞くが、今までのことを悔い改めて人間のために生きるつもりはあるか?このダンジョンはクレイタールに近いし、場合によっては領主と契約することができるかもしれないぞ」


俺の言葉に、シロロが詰め寄ってくる。


「は?ちょっと待って。ワレの場合と違うではないか!」


「ここは立地もいいし、工場としての原型ができている。人に害がないのなら、存続させる意味はあると判断した。まあ結論を下すのは領主代行か伯爵そのうえだけどな」


こちらを見ていたダンジョンマスターが、数秒考えてから言う。


「なるほど、業務提携の打診か。内容によっては引き受けてやってもよいぞ。我が社はグローバル展開も視野に入れているからな。だがそのためには我が社に対しての損害賠償をしてもらわなければならない。具体的には我が肉体の身代わりと、失った社員どもに変わる新たな労働力だ。ざっと千人ほどいれば足りるだろう。明日には業務を再開させたいから、すぐに用意するのだ」


「なるほど、では契約不成立ということで」


「何っ?」


剣を一振りして、ダンジョンマスターの頭を半分に斬った。

何が起こったのか理解できないという顔が、地面の上に並んで転がった。


「バーン、お前、最初から契約する気などなかったな?」


「当たり前だ。魔物とはいえ、労働者に奴隷以下の扱いをするヤツを許せるわけがない。このダンジョンは無駄がなかったが、休憩所も無かった。それなのに、こいつの部屋だけはしっかりあった。こいつは自分のことだけしか考えてないんだ。まともな交渉は無理に決まっているさ」


見ている前でダンジョンマスターの頭は瞬く間に腐敗し、肉がぶくぶくと泡を出して縮んでいく。魔術によって腐敗を止めていたのだろう。

悪の魔術師は滅んだ。


「あとはコアを破壊して、さっさとここから出よう。クレイタールからなら、回収部隊がくるまでダンジョンは崩れずにもつはずだ」


「なあ、疲れたからおんぶしてくれ」


「大してダメージくらってないだろ。俺も疲れてるんだから無理だ。しっかり歩け」


「ええー。けちー」


「歩きにくいから体重かけてくるな!」


こいつといるとシリアスにひたれる時間がない。だが雰囲気が暗くならずに済むのはありがたかった。

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