第12話 クレイタールの領主代行

トンネル前の砦に戻ると、こちらの決着もついていた。どうやら俺たちがダンジョンマスターを倒した辺りで魔物の統制が乱れて、半分以上が逃げていったらしい。

ダンジョン産の魔物は魔力供給なしでは生きていけない。砦に集まっているものさえ倒せば、脅威は無いも同然だった。


砦でダンジョンについて報告すると、すぐにクレイタールへ話を通してくれた。ダンジョンに残っている鉱石や武具を回収するために部隊を出すらしい。

分かっている限りのマップと資源の情報を提供することで、同行しない許可をもらった。


「本当に行かなくていいのか?冒険者ならダンジョン探索の成果にもプラスされるのに」


「ほかに重要な用事がありますので、こちらはお任せします。でも回収した資源の分け前とダンジョン攻略の報酬はしっかりもらいますからね」


「もちろん分かっている。たったふたりでダンジョンを攻略できる優秀な冒険者には、しっかりと恩を売っておくべきだからな」


「しばらくクレイタールに留まりますので、協力できる機会は多いと思います。その時はよろしくお願いします」


腹を割って話せる相手は大切だ。しかもお互いに相手のことを理解しているので、話がとても早くていい。

最近は話が通じない相手が多かったので、必要以上に頭を使わないのがありがたかった。


安全が確保されてから来た商隊とともにトンネルに入る。

長いトンネルを歩いて進み、出口にたどり着いた。


明暗の差に一瞬だけ目がくらんだが、その後に見えた景色はすばらしかった。

すり鉢状に広がった山の斜面の下に、大きな農場のある都市が広がっていた。大都市といえば背の高い外壁に囲まれているのが普通だが、クレイタールは山脈がその代わりをしているらしい。

人づてに聞いた話だったが、実物を見るとそれが絵空事じゃないと実感できる。

この山脈を越えられるのは、伝説の巨竜くらいしかいないだろう。


「おお、すっごいな!ファンタジーって感じがハンパないぞ」


「俺もこんな景色は初めて見たよ。世界は広いんだな」


他の護衛たちからも感嘆の声が聞こえてくる。

ここが俺の新たな拠点になるのだと考えると、自然と胸が高鳴ってきた。



商隊を無事に送り届けた後、冒険者ギルドで伝言を受け取った。クレイタールの領主から、着いたらすぐに館へ来るようにとのことだった。


クレイタールの街を四つに分けた北の区画、そこに領主の館はあった。

あからさまにつまらなそうな顔をしているシロロをなだめつつ、館へと入る。


「ようこそ、よく来てくれた。スノウケルン様から話は聞いているよ」


出迎えてくれたのは、領主の息子だという三十代後半の男だった。


「わたしのことはロバートと呼んでくれたまえ。父が王都へ行っている間は、わたしがこの領地の運営を任されている。もう依頼する前にダンジョンを攻略してしまうとは、キミは聞いていた以上の実力者のようだな。これはこれからの仕事にも期待ができるな」


「私はスノウケルン伯爵から、こちらへ来るようにとしか言われていないのですが、どのような仕事をすれば良いのでしょうか?」


「それについては、座ってから話そうか。そちらのお嬢さんも退屈しているようだしね」


応接室の豪華なソファに座ると、執事とメイドがお菓子とお茶を運んできた。シロロはお菓子に飛びつくかと思ったが、彼らを興味深げに眺めていた。


「まずは、バーンくんがここに来るまでの話を聞かせてもらえないだろうか。なにぶん娯楽に飢えていてね。今晩はここに泊まるといい。夕食も豪華なものを用意させるから、期待してくれ」


冒険譚を語るのも、冒険者にはよくある依頼だ。

俺は吟遊詩人のように情景たっぷりには語れないので、あったことを正直に話した。


「なんと、ダンジョンをもうひとつ攻略していただと!?それはいったい何処なのだ」


「二つ隣の領地です。村人経由でそちらの領主さまには報告済みですし、今ごろは探索も終わっているでしょう」


「なんと、それは残念だが仕方ないな。それで彼女が、そのダンジョンに囚われていた旅人なのか」


「はい。ダンジョンに囚われていたせいか言動が少々おかしくなっていますが、実力はあります。とても頼れるパートナーですよ」


「むむ?」


シロロがお菓子をほおばったままで、うろんな視線を向けてくる。俺の分まで食べていいからヘンなことは言わないでくれよ。


「ふむ、やはりダンジョンは人の心を蝕むのだな。山の外のダンジョンマスターも話が通じなかったらしいではないか。やはり契約できるダンジョンマスターというのは、希少な存在なのだな」


「はい、あのダンジョンマスターは人の言葉をしゃべっていましたが、異常な価値観を他人に押しつける者でした。アレと和解することは不可能でしょう」


「万に一つくらいは?」


「そうですね……。共同経営の条件として、明日までに千人の労働者と賠償金を用意するよう言われましたが、可能ですか?」


「これ以上ないほど不可能だな。納得した」


分かってもらえてなによりだ。

ダンジョン制圧までの流れも話し終わると、外はすでに暗くなっていた。

執事がやってきて、夕食の用意ができたと知らせてくる。


「では仕事の話は食事をしながらにしよう。ついて来たまえ」


「肉だ。血のしたたる肉が喰いたい」


「ははは、もちろん用意してあるとも」


あれだけお菓子を食べておいて、まだ入るのか。どうなってるんだコイツの胃袋は。



「キミにはダンジョンの攻略を頼みたいのだ」


夕食を食べながら、ロバートさんが言った。


「ご存じの通り、我がクレイタールの中央には一つの大きなダンジョンがある。名を【清浄なる泉のダンジョン】。我がクレイタールが誇る魔晶石の一大産地だ」


ロバートさんが自慢げに語る。

スノウケルン領はとても広いが、鉱石や木材などが主な資源であり、出荷できる量は年々減り続けているらしい。それでも一大領地としてやっていけているのは、もう一つの大きな産業があるからだ。

それがダンジョンから採れる魔晶石だ。


スノウケルン領は他と比べてダンジョンの数が多く、つまり魔晶石も多く採れる。

その中でもこのクレイタールは、特にうまくダンジョンを管理している場所だった。


「そう、このクレイタールにダンジョンは一つだけで十分なのだ。だがここのところ、クレイタール周辺でダンジョン産の魔物を発見したという報告が数多く寄せられている。

クレイタール山脈を越えてくることはないだろうが、今日のようにトンネルに襲撃をかけられるとその間の物資の流通が滞ることになる。もし籠城することになっても数ヶ月は領内でまかなうことができるが、そんなもしもが起こる前に危険性はなくしておくべきだ。そうだろう?」


「その通りです」


「つまりだ。キミにはその余分なダンジョンの剪定を頼みたいのだ。他の依頼をやってもいいが、優先的にこなしてほしい。もちろんこれは領主からの依頼であり、報酬も評価も増加するよう話を通してある。どうかね?」


水を飲みつつ考える。

そもそも断る理由が無い。元はといえばスノウケルン伯爵から渡された話であるし、俺の腕を買われて持って来られた依頼である。

二つもダンジョンを攻略したし、以前にも兵士としてダンジョン攻略に参加した経験もある。

これは天職なのではないか。そう、思った。


「引き受けましょう。そのためにまず、周辺の情報と魔物が目撃された場所が知りたいのですが」


「うむ。警備隊とギルドに、情報提供するよう話をしておこう。これからの活躍を期待しているよ」


「任せてください」


俺たちはお互いに立ち上がり、力強く握手を交わした

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