第13話 シロロの過去
魔人シロロサララは、【転生者】だ。
元は城野咲良という、ごく普通の女子高生だった。
身長体重は平均的で、容姿もありふれていて、アニメやゲームなどのサブカルが好きな女の子だった。
ごく普通に友達がいて、ごく普通に学校に通っていて、ごく普通にイジメられていた。
イジメのきっかけはどれがそれなのか分からないほど些細なことだった。
あからさまな無視や悪口など小さなことであるけれど、彼女の心に傷を作るには十分だった
そんな理由もあって、咲良は現実よりも空想の世界に浸るようになる。
現実は辛いことばかりでも、空想の世界は光に満ちていた。
そんな風に逃げ場所があったから、咲良はくじけずにいられた。負けないでいられた。
それがイジメをする側には不満だったのだろう。
ある日、ついに決定的な事件が起こった。
放課後の教室で、イジメの主犯とそのオトモが咲良に詰め寄った。
「ヘンなアニメキャラのグッズとか持って来られると、ウチのクラスみんながバカみたいに思われるからヤメてくんない?は?ヘンなキャラじゃない?そんなの関係ないでしょ。あんまナメてると、ケガすることになるよ」
オトモが大きいハサミを見せびらかしてきた。それで咲良の持っているキャラグッズを切り刻もうというのだ。
イジメている側は何でも自分の思い通りにしたがる。彼女たちは咲良が泣いて謝ったり、あるいは心が折れてくじけることになると思っていた。なるんじゃないかな、いやなるに違いないと思っていた。
だが、それは都合のいい思い込みであり、根拠のない空想だった。
咲良は今までのイジメによって心は傷だらけで、余裕がなくなっていた。平気なフリをしていただけで、ぜんぜん大丈夫じゃなかった。
心のよりどころだった大切なキャラが、目の前で切り裂かれようとしている。自分の大切な、自分より大切なそれが今にも壊されようとしている。
(私が守らなくちゃ。大切なものを守るには、私が強くならなくちゃ。甘えているだけじゃダメだ。私の強さを見せるんだ)
自分の身を守ることは正義で、大切なものを守るのは正義で、悪を倒すことは正義だ。
正義だ正義だ正義だ正義だ正義だ正義だ
正義だ正義だ正義だ正義だ正義だ正義だ
正義だ正義だ正義だ正義だ正義だ正義だ
壊れかけの心で、自分と自分の大切なものを守るために、
ハサミを持っているオトモの手をつかむ。刃物は危ない。危ないものを遠ざけるのは正義だ。
オトモは抵抗するが、心が壊れかけている咲良は遠慮なしに力を込める。オトモが痛がっていても手を緩めない。だって刃物は危ないから。
ハサミを持つ手をその上から、離さないよう強くつかむ。
イジメの主犯が文句を言ってくる。強く抵抗されるのは彼女の思い通りではない。思い通りにならないのはイヤだから、文句を言ってくる。
でもそれは勝手な理屈。理不尽な理屈。パワハラ、クレーマーは悪だ。
(悪は倒さなくちゃ)
だからハサミを振るった。
ハサミを持っているのはオトモなので、当然思ったようには動かない。
結果的にハサミはイジメの主犯の頬を浅く切っただけだった。それはこの場にいた全ての者に取って不幸中の幸いだった。
誰の悲鳴が教室にひびき、それによって教師がかけつけてきた。
◇
別々の部屋に隔離され、母親が呼ばれ、問い詰められた。
「どうしてあんなことをやったんだ」
どうしてこうなったか理解してもらうには、最初から話さないといけない。だからイジメにあっていたことから説明した。
無視されたこと、悪口をいわれたこと。汚されたノート、机、道具の数々。小さな証拠が山のように積み上げられ、話すうちに涙が出てきた。
母親は理解してくれた。辛い思いをさせてゴメンねと言ってくれた。
教師は大げさに広めないでほしいと言った。
混乱させることは悪だから、みんなが平和ならそれでいいと答えた。
イジメの主犯格は救急車で病院に運ばれたらしい。
(なんて大げさなんだろう。ほっぺたを切っただけなのに。救急車にも病院にも迷惑かけてる)
学校から解放された時は、外はもう暗くなっていた。
母親の車で帰ろうとしたが、駐車場に向かう途中で母親が教師に呼ばれた。
暗い場所で母親を待っていたら、誰かに後ろからつかまれた。口をふさがれ、目隠しをされる。そのまま引きずられて、車に押し込められた。
車を運転しているのは男で、咲良を掴んでいるのも男だった。そしてオトモも車に乗っていた。
「アンタのせいで、お嬢を傷つけたのがあたしってことになってるのよ。どうしてくれるのよ!ハサミについてる指紋はアタシのだし、服にはあいつの血がついてるし、どうしてくれるのよ!アンタが抵抗するのがいけないんでしょ!アンタがやったんじゃないの!!」
咲良には理解できなかったが、オトモの中では彼女は終わりだと思っているようだった。
男たちはオトモの知り合いで、何処かへ咲良を連れて行こうといるのだということは理解した。
誘拐は悪だし、逆恨みは悪だ。悪の思い通りにさせてはいけない。誰かの助けを期待してはいけない。咲良自身ががやらなければならない。
だから暴れた。
騒いで暴れて噛みついて、振り回した足が運転席のヘッドレストを蹴った。
蹴られた男が怒って振り向く。文句を言う。
そんなことをしているから、横から迫ってくる光に気付くのが遅れた。
信号は赤だったし、スピードは速かった。だからその光が大型トラックのヘッドライトだと気付いた瞬間には、全ては手遅れだった。
車は事故によりぺしゃんこになり、乗っていた全員が死んだ。
◇
『残念だけど、キミの人生は終わってしまった。まだ若いのに可哀相だね、悲しいね』
誰かが語りかけてきたけれど、咲良は目も鼻も手も無かったのでよく分からなかった。今の咲良は傷だらけの心しかなかった。
『そんなキミにチャンスをあげよう。別な世界へ生まれ変わらせてあげよう。他人に負けないように、強い力をあげよう。頑張れば報われるシステムをあげよう。大変だろうから、特別な能力を選ばせてあげよう。感謝していいよ、拝んでくれていいよ。僕はとっても偉大な神だからね』
傷だらけの心に、力が流れ込んでくる。それは心の傷を強引に、無理矢理に
流れ込んできた力が、どうなりたいか聞いてくる。
イジメてくるやつらをやっつけられるようになりたいと咲良は思った。
イジメてくるやつらは彼氏彼女がいて、人生が楽しそうだった。そういうやつらを片っ端からなぎ倒す存在を、咲良はよく知っていた。
暴力的な映画に出てくる。理解不能な怪物。異常な進化を続ける生物。サメ。
だからそれに成ろうとした。
『うんうん、面白い力を選んだね。その力はキミを成長させる。最初は弱いかもだけど、頑張ればすごく強くなれるよ。どうか新しい世界を楽しんでね』
そうやって咲良は、ダンジョンマスターとして転生した。
詳しい説明はダンジョンコアがしてくれたが、それが役立つ前にバーンがやってきた。
咲良にとって、全ては成り行きだった。ただ、本人はそのつもりでも、これは咲良が選んだ結果だった。
バーンは咲良にとっては悪ではなかった。だから契約してもいいと思った。
今のところ咲良は――シロロは――その選択を後悔してはいない。
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