第14話 魔人シロロと司書サンディ


朝食の席で、領主代行であるロバートと話をした。


「ふむ、ダンジョンマスターについて調べたいと?」


「はい。これからダンジョンを攻略していくにあたり、ダンジョンマスターとの接触の機会は増えるでしょう。なので相手がどんなものなのか知っておきたいと思ったのです。私がいままで会ったダンジョンマスターは、その、どちらも少し理解しがたい部分がありました。なので少しでも理解の手助けになるものを持っておきたいのです」


「それは道理にかなっているな。それなら第二書庫に行といいだろう」


「第二書庫ですか?」


「冒険者ギルドの近くに、ダンジョンに関する書物を納めた書庫がある。第一書庫は冒険者向けの情報が主に納められている。第二書庫はもう少し専門的な、ダンジョンに関する資料がそろっている。そこになら、キミが知りたいと思える情報もあるだろう」


「ありがとうございます。では今日はそこに行ってみます」


ということで、第二書庫に行くことになった。



第二書庫まで歩いて行くことにしたのだが、なんとなくシロロが大人しいのが気になった。


「今日は静かだな。調子が悪かったりするのか?」


「いや、平気だぞ。ワレはいつも通りであろう。ただ単に、これだけ人の多い街に来たのはとても久しぶりだと思ったのだ。そう、懐かしいという感覚だな、これは」


「懐かしい?お前はダンジョンにずっといたんじゃないのか?」


「ダンジョンで産まれたわけではないぞ。ワレも昔は普通の人間だったのだ。……たぶん」


「たぶん?」


「昔のことが、思い出せない。ダンジョンで目覚める以前のことが、まるで夢だったような気がしている。ワレが憶えているのは、以前のワレはとてもつまらなかったということだ」


なんでもないように話しているが、その顔は苦しみや痛みを感じているように見えた。


「あー、なるほど。今のお前から見れば、だいたいの事はつまらなく感じるだろうな」


「むっ、それはワレをバカにしているのか?」


「違う違う。今のお前は毎日が楽しそうだって言ってるんだ。昨日だって思いっきり暴れ回っていただろ?とっても楽しそうな顔をしてたぞ」


「……ふん、貴様は余計なところまで見ているのだな。ムカつくが、まあいい。貴様の言うとおり、今はとても楽しいからな」


シロロは鼻から息を吐き出すと、元気よく歩き始めた。

いつもの調子が出てきたようで安心した。




第二書庫はしっかりした造りの、古い建物だった。扉は重く頑丈で、横に作られた通用口が主に使われている。中は倉庫特有の、わずかにカビたニオイが漂っていた。


「すいません、ロバート領主代行に紹介されて来たのですが、どなたかいらっしゃいませんか?」


「ちょっと待っててくれないか。すぐ行くから」


奥の方から女性の声が聞こえてきた。

大人しく待っていると、見上げるほど背の高い女性がやってきた。


「お待たせした。第二書庫の管理を任されている、サンディ・レッドマンだ。ロバートさんからの紹介ということだが、何をお探しだろうか」


「冒険者のバーン・ハントです。こっちは連れのシロロです。ダンジョンマスターについて調べるならこちらがいいと言われて来ました」


握手をすると力強くにぎり返される。

シロロはサンディの大きさに驚いたようで、差し出された手を素直に握り返していた。


「へえ、きみも【魔人イビルス】なんだね。私もそうなんだよ、よろしく」


「ああ、うん」


意外なことにシロロが圧倒されている。ただ驚いているだけみたいなので、心配する必要はないだろう。


「シロロはダンジョンに囚われていたんです。それで少し、その、調子が悪くなっていて……」


頭を指さして言うと、何を言いたいのか理解してくれたようだった。


「ダンジョンに汚染されてしまったんだね。ダンジョンはその中にいる生物を、少しずつ魔物に近づける性質がある。瘴気のせいだと言う人もいるが、それだけでは説明できない部分も多い。あ、もしかしてシロロさんの治療法とかも調べにきたと?私が分かる範囲だったら、教えることもできるよ。さあ、こっちへ来て」


サンディは勝手に何かを理解して、俺たちを休憩室へ案内した。

コーヒーを出してくれたので、礼を言って口をつける。


「まずシロロさんの状態だけど、見た目以上に進行してしまっているね。よっぽどダンジョンに好かれてしまっていたようだ。これは生贄とか、あるいはダンジョンマスターそのものによくある症状だね」


「ははは、見ただけでそこまで分かるんですか。すごいなあ」


思った以上の慧眼で、リアクションが少し不自然になってしまった。


「実を言うと、さっき握手をした時にステータスを覗かせてもらったんだ。と言っても、表面くらいしか見れないんだけどね。勝手に見たことは謝るよ。でもここには貴重な資料がたくさんあるから、怪しい人物を気軽に信用することはできないのさ。特に【魔人】とそれを連れた人物とかね」


「そういうスキルですか。先に断るのが礼儀だと思いますけどね。でもここに通されたってことは、信用されたと思っていいんですよね」


「そうだね。貴方たちは本当に知りたいことを調べにきたようだ。お詫びと言っちゃあなんだけど、私も協力するよ。まず先ほども言ったように、シロロさんはとてもダンジョンになじんでしまっている。ここまで進むと普通はダンジョンから出られなくなってしまうんだけど、面白い方法でダンジョンから解放したみたいだね。ちょっと詳しく教えてくれない?」


サンディが顔を寄せてくるので、上半身を引いて逃げる。


「たまたま【血の契約書】を持ってる従魔師テイマー志望の青年がいたんですよ。魔力と生命力を分け与えればシロロも外に出れるかもって言われて、見殺しを選ぶよりはマシだと試してみたら上手くいったんです」


「なるほどね。上等な契約書なら、そういうこともできるかもしれない。生命力も供給しているのなら、外の世界になじむまでの時間的な猶予は大きい。だとすると過去のアレも……」


何かに思い当たったのか、ぶつぶつと考えこんでしまう。シロロはサンディに何かを聞きたそうに、そわそわしていた。


「ああ、すまない。自分の世界に入り込んでしまっていたよ。ところで何の話をしていたっけ?シロロさんが元に戻るかだっけ?はっきり言えば、今が最良の状態だね。失い続ける魔力と生命力が安定して供給され、まともな人間として扱われている。これはダンジョンに囚われたシロロさんの精神を人間社会に近づける、一番いい方法だ。たぶんシロロさんは、過去のことが断片的にしか思い出せない状態だと思う。これはダンジョンに長い間囚われていた人に共通の症状なんだ。昔はダンジョンに魂を喰われたとして忌避されていたけど、時間をかければ平和に社会生活を送れるようになることは証明されているんだ」


「ええとつまり、本格的な治療とかは……」


「特に必要ないね。今のまま、普通に接しているのが一番だよ」


シロロを見るが、分かってなさそうな顔を向けられる。急ぐことがないのなら、安心していいのかもしれない。


「他に聞きたいことはあるかな?」


シロロが手を上げる。


「はいっ!【魔人】について教えてほしい。サンディは、なんで普通に生きていられるのか知りたい」


失礼な言い方じゃないかと思ったが、サンディは面白そうに笑った。


「私の産まれについてかな?私の父が【魔人】でね、その血が濃く出たのさ。たしか【鬼】オニって言ってたかな?魔物の【オーガ】によく似た種族らしい」


サンディはコーヒーを一口飲んでから、話を続ける。


「そもそも【魔人】とは、ダンジョンマスターを祖先に持つ者たちの総称なんだ。それゆえに【只人】メジャースよりも能力が高く、ダンジョンになじみやすい。ダンジョンに囚われた者が救出された後、産まれた子供が異常な性質を持っていた。だから魔に属する人――【魔人】――と名付けられたんだ」


それは初耳だった。【只人】は【魔人】との交流が少ないし、そもそも【魔人】を怖がる者が多い。差別や迫害されるという話も聞くし、詳しい情報はなかった。


「救出された後の子供ってのは分かるが、普通にダンジョンマスターと結婚した人の話とかは残っていないのか?」


「昔話や噂話ならばあるけど、どれも信頼度が低いね。なんたってさっきも言ったように、ダンジョンは人を変質させてしまう。ダンジョンマスターはダンジョンにずっといるから、まともに意思疎通ができる者が希少なのさ。ダンジョンを攻略している、あなたなら分かるだろ?」


思い出すまでもなく理解できるので、大きく頷いた。


「今のシロロちゃんは、体も心もダンジョン寄りになっている。だから今はたくさんご飯を食べて、体をこっちに合わせる必要がある。同じように普通の価値観を憶え直すことで、バーンさんとの契約を解除しても、一人で普通の生活ができるようになるはずだよ」


「普通に、生きる、だと?」


シロロは眉根を寄せて難しそうな顔をした。


「ワレは別に今のままでも構わないのだがな」


「ははっ、バーンさんはよっぽど良くしてくれているみたいだね」


「ちっ、違うぞ!こいつはワレを好きに暴れさせてくれるから、ストレスが溜まらなくていいというだけ!そうなんだからな!」


声を大きくするシロロを見て、サンディが笑った。

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