第15話 サンディの思い

第二書庫で、司書のサンディから話を聞いた。

サンディは同じ【魔人】であるシロロのことを気に入ったようで、今は二人だけで話をしている。

俺は本来の目的だったダンジョンマスターについて調べるために、ずらっと並んだ本を読みあさっていた。


ダンジョンマスターについての記録は、すなわちダンジョンとの戦いの記録だ。

ダンジョンはある日突然に発生する。荒野のただ中、さびれた古城、山に空いた洞窟などなど、場所に関係なくいきなり現れる。

最初はそうとは気付かないほど、ひっそりと息を潜めている。魔物という戦力をため込むためだ。

産まれたばかりのダンジョンは、主に地脈から魔力をくみ上げ成長する。たまに迷い込む生物は、ほとんどがダンジョンの栄養にされてしまう。

シロロのダンジョンは、だいたいこの辺りの成長度だった。入ってきた村人たちを殺していなかったのは、両方にとって本当に幸運だった。


ダンジョンがある程度成長して魔物の数が多くなると、そのうちのいくらかがダンジョンから出てくるようになる。

これは外部の生物を栄養にするためでもあるし、ダンジョンの存在を知らせて侵入者を増やすためでもあるらしい。

実際に、この辺りのタイミングで発見されるダンジョンは多い。


ダンジョンに外の生物が定期的に入るようになると安定化し、環境を一定に保ちながら少しずつ成長する。


逆に生物がほとんど入ってこないと、ため込んだ魔物を大量に吐き出して、無理矢理に外から連れて来ようとする。

先日の不死系ダンジョンがこれだ。


これにより小さな村が壊滅したという話はよく聞く。

だから人が住む場所のほとんどは、魔物の大量発生から守れるように高くて頑丈な壁で囲まれている。


周囲を山に囲まれているため外壁を作る必要がないクレイタールのような街は、ほとんどない。

この街が大きく発展できたのは、山のおかげでもあるだろう。


「やあ、調べ物は順調かい?」


サンディがやってきた。


「まだ少ししかまとまってないですね。肝心のダンジョンマスターについての情報が少なくて」


「それだったら、子供向けのおとぎ話を読んだ方がいいよ。冗談じゃなく、あっちの方が真実に近いと私は思っている。学者の先生方は、理解できないもの神か悪魔みたいに扱いたがるからね。アレも人だと認めたくないんだよ」


「まあ、意思の疎通が難しいから」


言葉が通じるのが逆に不気味なのだ。内容が意味不明なだけに、間違っているのは自分ではないのかと思わされてしまうのが気持ち悪い。

理解できない獣のような相手なら、戦うという選択も難しくないだろう。だが言ってることが理解できてしまうと、とたんに判断が鈍ってしまう。

殺さないでくれと泣かれたら、よっぽどの冷血漢でないかぎりためらってしまうだろう。


「ところでシロロはどうしてます?」


「私の好きな物語を貸したら、夢中で読み始めたよ。好きなものを気に入ってもらえると嬉しいね。初心者には難しいかと思ったんだけど、問題無さそうだ。本を読み慣れていたのかもしれない。もしかしたら、あの子の親は金持ちだったのかもね」


「両親ですか」


シロロは昔のことをあまり憶えていないようだった。あいつがダンジョンマスターになる前は、何をやっていたのだろうか。


「あの子は山の中のダンジョンにいたんだろ?ならそこまで連れてきた誰かがいたはずだ。それが家族なのか他の誰かなのかは知らないけど、まず生きてはいないだろうね。でも親戚なら見つかるかもしれないよ。【魔人】は血統が混ざることは少ないからね。あの子と似た特徴を持っている親戚がいるはずさ」


「なるほど。シロロが望んだなら、故郷を探してやることにします」


「む、彼女は故郷に戻りたくないと言っていたのかな?」


「さあ。ただ、以前の自分はつまらなかったと言ってました。つまらない場所だったのか、自分について不満があったのかは知らないけど。でも、『今は楽しい』とは言ってましたよ」


「わかったよ。そっちは口出しする必要がなさそうだ」


サンディはそう言うと、本棚から大きな図鑑を取り出した。


「そういえば、バーンさんは冒険者なんだよね?シロロちゃんはダンジョンに入っても大丈夫なのかな。様子がおかしくなったりはしていない?」


「問題はなさそうですよ。嬉々としてダンジョンマスターに飛びかかってました。入る時も出る時も、何も気にしていませんでしたし」


「それなら問題ないのかなあ。あそこまでダンジョンに馴染みやすい人は見たことないよ。ああ、私もダンジョンに入れたらよかったのに」


図鑑をなでながら、ため息をついている。


「ダンジョンに入れないんですか?それは【魔人】だからとか」


「そうじゃないよ。ただ単に私はスタミナが足りてないだけさ。【鬼の魔人】の特性なのか、力はとても強いんだ。でもすぐに疲れてしまってね、長時間の運動に向かないんだ。だからこの図書館の司書という仕事は、私には天職だと思っているよ」


微笑みながら図鑑を差し出してきたので受け取ると、思った以上に重くて落としそうになった。


「こ、これは何なんです?」


「タイトルは【魔人カタログ】って読むらしい。なんでも、ダンジョンマスターがなりたい姿を選ぶための参考にしているとか。面白いよね。つまりダンジョンマスターは、後から姿を変えられるってことなんだから」


ダンジョンマスターが手に入れられる特典。それはシロロのダンジョンで見た、あの映像を思い出させた。


「ダンジョンマスターは魔力を使って色々なことができるって……」


「そう。だから思ったんだけど、もしかしたらダンジョンマスターなら、シロロちゃんを正常に戻せると思わないかな?話が通じるダンジョンマスターもいるかもしれない。どう思う?」


シロロを正常に戻す。それは正しい意見だろう。あいつの思考は普通ではないし、魔力が供給されないと生きていけない体は不便なのは間違いない。

でも、それは違うと思う。


「シロロが、元に戻りたいって言ってました?サンディさんも言ったでしょう。自然に回復するのが一番いいって。話ができるダンジョンマスターがいるかもしれないってのには賛成です。ありえないとも思いません。でも、自分がどうなりたいかってのは、シロロ自信に選ばせるべきだと俺は思います。自分が考える『正常』な『幸せ』を押しつけるのは、とても傲慢なことですよ」


少しだけ、過去のイヤな事を思い出したせいで言葉が強くなってしまった。

偉そうな先輩に『大人なら自分で考えて・・・・・・仕事するのが当たり前だ』と言われた後に『なんで確認しなかった。分からないなら聞くのが・・・・・・・・・・・常識だろ』と怒られたことがあったのだ。

その場その場で変わる『当たり前』の『常識』に振り回されるのはとても辛い。

だから自分の意見を持つのは、とても大切なことなんだ。


「そうか。そうだよね。あの子は私じゃないもんね。やだなあ、当然のことに気付いてなかったよ。ゴメンね」


サンディさんは恥ずかしそうに後ろを向いた。


「もしかしてサンディさんは普通になり……。いえ、もしも【只人】になれるアイテムがあったとしたら、使いたいと思いますか?」


「……そうだね。そんなものがあるなら、使ってみたいかな。親からもらったこの体を恨んではいないけど、普通だったらいいのになって、ずっと思ってきたからね」


邪魔して悪かったねと言いながら、サンディさんは戻っていった。

俺は重い図鑑を持ったまま、その後ろ姿を見送った。

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