第16話 冒険者ギルドとお約束

先を行くシロロがいらだたしげに振り返った。


「遅いぞバーン。早く来ないと置いていくぞ」


「悪かった。そんなに楽しみにしてるとは思ってなかったんだ。だからちょっと落ち着いてくれ」


「いいや、貴様は何もわかっていない。こここそが全ての始まりの場所。基本にして完成形。なくてはならないお約束の地。そう、異世界の定番、冒険者ギルドなのだ!」


かつてないほどの力をこめて、シロロが宣言した。通行人がほほえましいものを見たという顔をしているから、本当にやめてほしい。


図書館での調べ物を終えた俺たちは、シロロの希望で冒険者ギルドへ来ていた。どうせ来なくてはいけなかったので問題ないといえばないのだが、提案したとたんに食いついてきたのには驚いた。


「デカい、そして立派!これこそが冒険者ギルドだ。小さな集会所とは違うのだよ集会所とは!」


ギルドの目の前で楽しそうにしている。

村の時はテンション低かったのは、見た目の問題だったのか。村にあるのは出張所だから、ここのような立派な街の冒険者ギルドと比べると天と地ほどの差があるのは間違いない。


うきうきしながらドアを開けるシロロに続いて入ると、するどい視線が飛んできた。

外での騒ぎが聞こえていたのだろう。迷惑そうな顔が半分、バカにしたような顔がさらにその半分といったところか。残りは特に気にしていなさそうだ。


受付でギルドカードを見せると、待っていてくださいと言われた。誰かを呼びに行ったようだ。


「なあバーン。ここでならワレも冒険者登録できるのであろう?楽しみであるな」


「ちゃんと作ってもらうから、大人しくしてろよ」


「そのくらい、朝飯前である」


そう言っているが、足下が落ち着きなく動いている。言い聞かせてなければ、ギルド中を走り回っていそうだ。

何かないかと見回すと、受付の近くに積み上げられていた木板の案内を見つけた。ギルドのことが書いてあるぞと手渡すと、熱心に読み始めた。

シロロの頭が良いのは間違いない。常識や理性が少し足りていないだけなのだ。


「おいおい、本当にガキがいやがるぜ。家出でもしてきたのか?それとも奴隷を働かせにきたのか?」


「あ、ユーザンさん、お疲れ様です!あのガキはしつけのなってないガキですよ。入ってくる前からうるさかったですからね」


ガラの悪い男が入ってきた。それに話しかけた男もまた小悪党面をしている。相手をしても時間の無駄だろう。

からかわれたシロロは、外野の言葉が聞こえないほど案内を読むことに集中している。これなら爆発しないだろう。


「お待たせしました。……って、うるさい人がいますね。奥の部屋に案内しますか?」


戻ってきた受け付けの人が気をきかせてくれた。ギルドでも困っているようだ。


「その方がいいかな。シロロ、行くぞ」


「え、あ、今これ読んでるから、もうちょっと待って」


木板を読んでいるまま連れて行こうとしたら、ユーザンと呼ばれていたガラの悪い男が立ちはだかった。


「おい、この俺様を無視するとは良い度胸だな。お前は流れ者か?ならすぐ出て行け。それとも、この街のダンジョンで稼ぎたいって言うんなら、今すぐ土下座して許しを請うんだな。【清浄なる泉のダンジョン】は、俺様のクランが仕切っているんだ。流れ者に手は出させないぜ」


にらみつけてくるが、サイクロプスよりは怖くない。なので笑顔で対応する。


「たしかに流れ者だけど、今のところ【清浄なる泉のダンジョン】に潜る予定はないので安心してください。では私は予定がありますので」


よけて進もうとするが、ふたたび前に出てくる。


「ナメてんじゃねえぞコラ。【清浄なる泉のダンジョン】じゃなければ、どこで稼ぐつもりだ。冒険者がダンジョン以上に稼げる場所なんてないだろうが」


別に、ダンジョンの外にも魔物はいるし、魔晶石の売却の他にも仕事はある。魔晶石を売った方が利益率がいいのはわかるが、それ以外は冒険者の仕事でないというのは言い過ぎだ。


「あなたは冒険者というものを間違えていますよ。……っと、くだらない言い争いをしているヒマはないんでした。邪魔だからどいてもらえますかね?」


「ほう、てめえは俺様よりも強いって言うのかよ。なら試してやろうじゃねえか。裏に来い。そこでてめえの実力を見せてもらおうじゃねえか」


こいつも人の話を聞かないようだ。

受付の人があわてているが、こいつは止められないだろう。

冒険者ギルドに来るたびに絡まれるのは面倒くさいので、最初に一発かましておこうか。


ギルドの裏には広い修練場があり、ここで新人の訓練をしたりしているらしい。王都にも地元にも、似たような施設があった。

ユーザンが持ちかけてきた勝負は、一対一の一本勝負。どちらかが気絶するか負けを認めるかで勝敗が決まる。


試合の準備をしていると、やっと木板を読み終わったシロロが話しかけてきた。


「なんでバーンがお約束やってるんだ。ここはワレの実力を見せる場面であろう」


「お前がやるともっとやっかいなことになる。具体的にはギルドカードがもらえなくなるかもしれないんだぞ。それでもいいのか?」


「ぐっ、ならしかたない。ここは譲ろう。だが、あんなサンシタ相手に負けるなよ」


「もちろんだ。そこで見てろよ」


支給された武器の中から、俺は長めの棒を選ぶ。あれだけ言うからには、腕に自信があるのだろう。負けるつもりはないが、どんな攻撃をされてもいいように対応範囲が広い方がいい。

そのユーザンは、大剣を選んだようだ。


「おいおい、そんな棒きれで俺様に勝とうって言うのかよ。笑わせるぜ」


「刃がついてたら、鋭くなくても殺しそうだったんでな。動けなくなる前にギブアップすることを勧めるよ」


「なんだと?笑えない冗談だな。決めたぜ、てめえは半殺しにしてやるよ」


驚くほど煽られ耐性がない。こんなんで本当にクランリーダーなんてやれているのだろうか。

距離を置いて向かい合う。審判役はユーザンと話していた小悪党だ。そいつが片手を上げて、口を開けた。


「試合、かいーーーし!」


言い終わる前に、ユーザンが突っ込んできた。このくらいの不正はあると思っていたので、冷静に横に跳ぶ。

俺が立っていた位置に大剣がめり込んで砂が舞った。


「ふんっ、今のをよく躱せたな。デカい口を叩くだけのことはありそうだ」


「遅すぎて野良犬でもかわせると思うがな。ところで、もう攻撃していいんだよな?」


「このっ、俺様を侮辱するのガッ!?」


棒を手の中で滑らせて、最長での突きを放つ。大きく踏み込んで距離を稼いだそれは、ユーザンの鼻っ柱に命中した。


「あれ、ここまで見事に当たるとは思ってなかったな。まさか今のが見えてないとか言わないよな?」


「ふがっ、み、見えてるに決まってるだろ。どこまで俺様をバカにするつもりだ」


「つまり見えていても避けられない、と。じゃあ体力ありそうだし、今くらいのなら大丈夫だよな。これから打ちこむから、ちゃんと防御しろよ」


「なにっ!?ごぁっ!」


棒を滑らせて回収し、回転させてから再び突く。今度は肩を狙ったが、これもまた命中した。防御しようとしているが、体がついていかないようだ。

続けて手足を狙って連続で突くが、ひとつも防がれなかった。


「おいおい、俺の実力を見るんじゃなかったのかよ。これじゃあ準備運動にもならないぞ」


「くそっ、俺様をバカにしやがって。さっきから長い武器で突いてばかりじゃないか。正々堂々、正面から打ち合え」


「正面から打ってるだろ。そっちこそちゃんと俺に合わせて打ってこいよ。試合にならないじゃないか。それとも、まだ手加減して欲しいのか?」


「てめえ、……もうブチきれたぞ!どうなっても知らねえからな、覚悟しやがれ!【バーサーク】!」


ユーザンの体から赤い魔力が放出され、筋肉が大きく膨らむ。理性を犠牲に爆発的に力を強化するスキルだ。

だが普通は修練で使うようなものではない。


「グルル、ゴアア!」


大きく吠えるユーザンに向かって、先ほどと同じように突きを放つ。顔を狙ったそれは、今度は腕で防がれた。


「反射神経も強化されてるか。でも脳みそは強化されてないみたいだな」


突きを防ぐのに腕を上げたせいで、視界が塞がれている。これでは次の攻撃が見えないだろう。

そのまま進もうと足を上げたので、着地に合わせて足を払う。勢いよく転びそうになって、大剣を手放して手をつくのが見えた。


「まだやるか?……って、理性を失っているんだったか。大人しくさせるのが早いか」


まるで獣のように牙を剥いて飛びかかってきたので、棒で打ち払う。

強打したのに踏みとどまったのは見事だが、そこで足が止まったのはダメだろう。連続して突き払い、ユーザンの体を何度も打ち据える。

近づこうとするたびに強く打って下がらせる。それを繰り返すうちに、近づけないと理解したのだろう。棒の間合いの外で足を止めた。


「なあ、審判さんよ。これもうダメだろ。戦闘の意思なしってことで、終わりにしないか?」


「えっ、でもユーザンさんはまだギブアップしてないし……」


審判が勝手に負けだと判断したら、後で怒られでもするんだろう。戸惑いよりも怯えが強く出ている。

仕方がないので、ちょっとだけ本気を出す事にした。

棒の端を、剣を持つように正面に構えて、ユーザンを見据える。呼吸を整えてから、殺気を乗せて突きを放った。


その突きは、間合いの外にいるユーザンには届いていない。だが、真正面から見える速度で放たれたそれが、避けられない速度で迫ってくるのを見るとどう感じるだろうか。

しかもそれには殺気が込められているのだ。


結果、目の前で寸止めされたにもかかわらず、理性を失っているユーザンは獣のように逃げ出した。修練場の隅にうずくまり、身を縮めてガタガタと振るえている。

戦意喪失しているのは、誰の目にも明らかだろう。


「おい、審判」


「はっ、はい!ユーザンさんの負けっでえす!」


あまりの事に動揺しているのだろう。裏返った声で宣言した。

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