第17話 シロロ観戦する

シロロは見学者用の仕切りの中でその戦いを見ていた。

対戦相手のユーザンはギルドでは有名人らしく、観客はかなり多い。彼らは、ユーザンが新人にからむことは珍しくないと話をしていた。

観客のほとんどは、からかい半分にユーザンを応援している。ユーザン本人も含めて、ユーザンが勝つと思っているのだろう。


シロロはフードの下で、口をとがらせていた。


「分かりきった勝負をするなど無駄だ。ワレが出ていれば、もっと盛り上げてやれるのに。くそう、バーンめ。ずるいぞ」


シロロの横にいた若い男が、好奇心を隠さずに話しかけてきた。


「キミも災難だったね。最近は魔晶石があまり採れていないから、ユーザンさんの機嫌が悪いんだ。でもクランに参加した方がいいのは間違いないんだよ。特に新人はレベル上げとかのサポートをしてもらえるからね。キミが良かったら、オレがサポートしてあげようか?いろいろ教えてあげられるよ?」


「……雑魚は黙ってろ」


「え?なになに、聞こえながっ……」


なおも話しかけてこようとする男の顎を軽く拳で打ち抜くと、男は目を回して倒れた。

近くにいた見学者たちは成り行きを見ていたので、とりあえず関わらない方がいいと結論づけて男を横によけた。


試合が始まり、ユーザンの攻撃をバーンがかわした。

観客はユーザンの攻撃の威力に盛り上がっているが、シロロはバーンの動きに注目していた。

バーンの戦いを何度も見ているが、使う武器によって戦い方を変えているので新しい武器を使うと新しい動きになる。

シロロから見て、今のバーンの動き方は明らかに様子見だった。

動きが全然本気じゃない。ユーザンがどう動いても対応できる余裕が感じられた。


「ユーザンさんが押されてる?でも、対戦相手のヤツ、そんなに強そうに見えないんだよな。ユーザンさんをなめてると、痛い目みるぞ」


冒険者の少年の言葉が聞こえて、シロロは眉をつり上げた。


「なめているのはどっちだ。バーンはちっとも本気を出していない。そんな必要はまったくないからな」


「むっ、ユーザンさんはアレでも強いんだぞ。【ブルー・ナイツ】の新人育成隊のリーダーやってるんだ。あんなオッサンになんか負けやしないって」


「バーンはいくつもダンジョンを攻略している。ダンジョンマスターとも戦えるヤツが、雑魚相手で満足しているようなのに負けるはずがないであろう」


「ダンジョンマスターと戦った?ウソつけよ」


「ウソではない。見ろ、現にあのゴリラは手も足も出せていないではないか」


シロロの言うとおり、ユーザンはバーンに近づくことすらできていない。動こうとするたびに棒で突かれて止められている。


「で、でもユーザンさんには切り札があるんだ。ほら、今から使うみたいだぞ」


ユーザンが吠え、赤い闘気をまとった。だが、シロロはあまり違いが分からなかった。


「ああなったらもうユーザンさんは止められないぞ。敵を倒しても止まらないから、魔法で眠らせるしかないんだ」


興奮気味に話す少年を冷ややかな目で見てから鼻を鳴らす。


「ふん、その言葉が本当なら、たったいま転ばされたゴリラは誰なんだろうな。さっきとあまり変わらないようだぞ」


「そ、そんな。バーサークを使ったユーザンさんが手も足も出ないなんて」


ユーザンの咆吼と打撃音で先ほどまでよりにぎやかになったが、内容に変化はない。

他の観客たちも実力差がありすぎるのがわかって、応援する声もやんでいた。


「で、でも、ユーザンさんの攻撃が当たれば一撃で終わるはず。なんとか一撃当てられれば……」


「ふっ、甘いな。バーンの足下を見てみろ。足跡が一定の範囲から外に出てないだろ?最初に避けて以降、あいつはあそこから動いていない。あのゴリラは、バーンとまともな勝負すらできていないぞ」


「えっ、ウソだろ!?……マジかよ」


シロロが指摘したように、バーンの足跡は決まった範囲にしかついていない。構えや踏み込みで足の位置を変えてはいるが、それでできた小さい円の外側には足跡がまるでなかった。


「おい、あいつは何者なんだ。あんな強い冒険者が、クレイタールに何の用で来たんだよ」


聞かれたシロロは、ニヤリと笑って質問に答える。


「あいつの名前はバーン・ハント。領主に呼ばれてここに来た、王国の元将校である。そしてワレはその従者である。まあ、実力ではワレの方が強いがな。どうだ、驚いたであろう」


ドヤ顔で語った言葉に、周囲の冒険者が顔色を変える。

本当は将校ではなく隊長なのだが、シロロは間違って憶えていたことに気付いていない。

この後さらに大きな噂になるのだが、最初からかなり誇張されていた。


「領主に呼ばれた!?いったいなんのために」


「それは言えぬな。まあ重大な用件なのは間違いない。それこそ、お前たちのような冒険者には教えられぬような、な」


「なんだと!?くっ、だがそれならあの強さは納得だ。最深部に潜ってる攻略班くらい強いんじゃないか?」


「そういや、いくつもダンジョン潰してるって言ってたよな。まさか、【清浄なる泉のダンジョン】を潰しに来たのか!?」


「いやいや、それはないだろ。だってこの街はダンジョンで成り立っているようなもんだぞ。領主がそれを分かっていないはずないだろ」


「じゃあなんで……」


「もしや、【ブルー・ナイツ】が魔晶石の供給を独占するのを危惧して、領主が呼び寄せたんじゃないのか?」


「なんだって!つまりこの試合は宣戦布告ってことか?」


「じゃあユーザンさんが危ないんじゃ……」


勝手に盛り上がっていた観客が試合に目を向けると、ちょうど最後の突きが放たれたところだった。

バーンが強く踏み込んだ音が響き、その数秒後にユーザンが逃げ出した。


それを見た冒険者たちは、ヤバいことになったとざわつき始めた。



試合を終えて戻ってきたバーンを、シロロが出迎えた。


「終わったようだな。つまらない試合だったが、ご苦労と言っておこう」


「なんで上から目線なんだよ。つまらなかったのは同意するけどな。ところで、観客がこっち見てヒソヒソ話をしているのはどうしたんだ?またヘンなことを言ったのか?」


「ワレらは何者か問われたのでな、名乗っておいたのだ。安心しろ。余計なことは言っていないからな」


「安心できる要素がないなあ」


バーンは小さなため息をつく。


「ギルドを利用するのは最低限にしとくかなあ。そもそも泉のダンジョンに近づかなければいいのか?噂になるよりかマシだな」


「むっ、ここの名所なのに、一回も入らないつもりか」


「理由は分からないけど、かなり警戒されてるだろ。今の状態で泉のダンジョンに入ったら、他の冒険者に迷惑がかかる。ダンジョンはしばらくおあずけだ」


「そんなの気にしなければいいではないかー」


シロロに文句を言われながら、ギルドの中へと戻っていった。

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