第34話 闇の会談 破邪の雷光

◇◇


遠距離間での通信ができる魔導具がある。通常出回っているものは性能があまりよくないので、情報の重要性を理解している場所以外ではあまり使われることはない。

だが王都のとある貴族の屋敷で今まさに使われているそれは、この世界では考えられないほどハッキリした声を伝えていた。


『また一つ砦を撤退させたそうですね。お手柄ですね、ベントラー財務卿』


冊子のような黒い板から聞こえてくるのは、朗らかな若い男のものだった。それを聞く立派なヒゲの男は、眉間に深いシワを寄せていた。


「ふん。貴様のせいで、ワシは王国への反逆を疑われているのだぞ。何がお手柄なものか。軍への予算を絞り弱体化させ、防衛の要を引き離したのはバカ息子のやったことだ。何も知らずにあそこまで都合良く動くとは、まさか貴様が手を回していたりはしないだろうな?」


『めっそうもない。私は何も知りませんよ。方法はそちらにお任せしているのですから』


それを聞いた財務卿は、深いため息をついた。


三男であるリックは貴族として独立しているので直接的な指示はしていないが、親であるベントラー財務卿の意図をくんでいるように行動している。

軍を弱体化させなければ領地のダンジョンを異常活性化させると脅され、最初ははねのけたものの、すぐに魔晶石の採取は難しくなった。

領地の運営は次代領主である長男に任せていたが、優秀だと認めていたそれが死にそうな顔で助けを求めて来たために、取引に応じてしまった。

領地を守るために、王国を危険にさらしている。

頭のおかしいこのダンジョンマスター・・・・・・・・・の言うことを聞きたくはなかったが、それを拒否することはできなかった。


「これで我が領地のダンジョンが正常に戻らなかった時は、賞金をかけてでも貴様の息の根を止めてやる」


『安心してください。砦の撤退が確認された時点で正常に戻しました。これで今まで通り魔晶石の採取を続けることができますよ』


黒い板は穏やかな声の後に、内緒話でもするように声を潜めた。


『あなたと私はとても信頼できるパートナーだと思っています。私の無茶な要求に応えていただけたので、こちらからも感謝を示す用意があります。もしもさらなる弱体化を進めていただけるのなら、魔晶石のさらなる増量を約束しますよ。契約書を書いてもいいです』


「バケモノが、ワシを甘く見るな」


ベントラー卿が持っていた、銀の杯がねじ曲がる。中身の酒がこぼれて、机を汚した。


『いいじゃないですか。軍があるから争いが起こるんですよ。そもそも軍が無ければ、戦争なんて起こりようがないじゃないですか』


「因果が逆だ。理不尽な暴力から弱者を守るために軍が作られた。軍がなければ国は燃やされ、市民は食い物にされる。イカレた頭では、それが理解できないのか」


抑えきれない怒りをにじませた言葉に返ってきたのは、あきれたようなため息だった。


『まあ、どうでもいいですけどね。これ以降は私から連絡は無いと思ってください。砦を潰した時も連絡はいりません。ちゃんと増量しますから、安心してください。それでは』


「この……っ!」


杯を黒い板にぶつけようとして踏みとどまる。杯に残っていた酒が飛び散るが、黒い板は壊れずに済んだ。

ダンジョンマスターから提供された高性能な魔導具。これを解析すれば、王国の通信魔導具は飛躍的に進歩するだろう。

だがもしも再びダンジョンに異常が起きた時、対処する方法を失うかもしれない。


怒りと利益と損失。様々なことに頭を悩ませながら、ベントラー卿は頭髪をかきむしった。


◇◇


【清浄なる泉のダンジョン】の行き止まりでシロロが見つけたスイッチを押すと、隠された通路が開いた。


「やっぱりだ!きっとこの奥にはお宝が隠されているに違いないぞ!ワレの手柄だ」


「シロロ【動くな】【しゃべるな】」


「んぐ!?」


【命令】により、シロロが石像のように固まる。

開いた通路の先を慎重にうかがうと、四角い部屋の壁に沿った下り階段が続いているようだった。


魔晶石を一つ砕いて、光の玉を作り出す。中央の空間からそれを落とすと、2・3階分進んだ先で何かに当たった。


それは人型の生物の頭の部分がタコに置き換わったようなもの。

ブレインイーターと呼ばれる、最近よく見る怪物のものだった。その頭に光の玉が当たり、近くを照らして足下に落ちる。

頭に当たったことでタコの頭がこちらを見上げる。その周囲には、同じようなタコの頭をした怪物が、歩く隙間がないほど並んでいた。


「モンスターハウス!?いや、これは待機所か。大量発生することも考えると、こういう場所があって当然か」


「バーンさん、考えているヒマなんてないですよ。ブレインイーターたちが動き出しました!」


光の玉が当たったからか、こちらに気付いた者から階段を上がってくる。

たしかに、すぐに行動しなければならないだろう。


「むぐ!んーーー!」


「逃げましょう。いくら私たちでも、あの数を相手にするのは無理です」


「いや、逃げるのはなしだ。この階にあいつらが放たれたなら、他の冒険者の命が危ない。やつらの存在を知っている俺たちが、ここで倒しきるべきだ」


「んむ、うむ」


「……。そうですね、わかりました」


アルテナは覚悟を決めたようだった。


「数分でいい。入り口で敵を抑えていてくれ。そうしたら俺がなんとかする」


戦うと決めたのなら、今すぐに準備を始めないといけない。

装備を外して身軽になり、袋からそれを取り出す。かつてフロルゲン砦で使っていたものと同じ形、俺の身長と同じくらい長い投擲用の槍だ。

手袋をしてから、これに黒雷獣の脂をまんべんなく塗っていく。塗るたびに脂がパリパリと小さな雷を発して、髪の毛が逆立つ。

焦って塗ると服が燃える危険があるので、慎重にやらなければならない。


「バーンさん、ブレインイーターが来ました!」


「もう少しだけ耐えてくれ!」


「わかりました!」


アルテナがカイトシールドを掲げると、光の盾が出現した。それが隠し通路の入り口をふさぎ、飛んでくる音波と魔法攻撃を受け止める。

一発一発は大したことがなくても、遮る物のない階段に並んだ魔物が次々と撃ち込んでくるそれを受け止め続けるのは苦しそうだ。


やっと脂を塗り終わり、手袋を外して持ち手を握る。


「いいぞアルテナ、代わってくれ」


「はい、弾き飛ばします!【シールドスマイト】!!」


光の盾を強く押し込むと、階段に並んだ敵がまとめて転げ落ちていった。

その隙に階段部屋へと入り、中央の隙間から下層めがけて槍を放った。


「偉大なる天の神へ、忠実なる信徒が請い願う。我が槍の一投に、群がる悪を退ける力を授けたまえ。闇を退ける雷をここに!【ボルトブラスター】!!」


槍が幾本もの雷を放ちながら落ちていく。

雷は階段に並んだ魔物を貫き、その近くにいる者までも痺れさせる。

破裂音が連続して響きわたり、最後に特大の音を立てて下層を照らした。

その時に俺が見たのは、階段に登ってなお床が見えないほど群れるブレインイーターたちと、それを焼き尽くす雷光の閃きだった。

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