第33話 魔晶石と謎のスイッチ
「魔晶石ってさ、このまま使えないの?」
シロロに聞かれた。
今日も今日とて四層目で魔物退治をしていて、その休憩中のことである。
シロロの右手には店で購入したきれいな形の魔晶石があり、左手には先ほど採取したいびつな塊の魔晶石がある。
「店で買ってもいいのだが、自分で手に入れたものを使った方が早いのではないだろうか。ワレらは魔導具に入れて使うよりも、直接砕いて魔力源として使う方が多い。ならば形を整える必要などないのでは?」
「結論から言えば、そのままでも使えるけれども役に立たない。採取した魔晶石は質が良い場所と悪い場所が混ざっていて、魔力を引き出そうとするとムラが出るんだ」
「どういうことだ?もっと詳しく説明しろ」
「そうだなあ。魔力を水に例えると、魔晶石は水を含んだスポンジだ。採取したばかりの魔晶石は手のひらよりも大きいスポンジで、店で売っているのは手の中に収まる大きさに加工されている。中の水を絞りだそうとした時、どっちの方がいいと思う?」
「うーん。大きい方が、水がたくさん入ってそうだが」
「実際にやってみればわかりやすいんだが、加工された方が水をしっかり絞り出せるんだよ。大きいと、手からはみ出た部分に水が逃げる。両手を使って絞り出せたとしても、そもそも水があまり含まれていなかったなんてこともある。だから安心して使いたいなら、店で売っているのを使うべきなんだ」
「そう、なのか?」
悩んだ様子でシロロが唸る。
「疑うんなら、試しに同じ大きさの石を砕いてみろよ。ほら」
小粒の石を二つ渡すと、見比べてから同時に砕いた。
シロロの両手から水が流れ出る。地面に流れた水の量を見て、感心したようにうなずいた。
「本当に違うんだな。加工してない方は少なすぎだ」
「今のは質が悪かったみたいだな。でも見た目だとわからなかっただろ?確認しないと、含まれている魔力量はわからないんだ。いざ使おうとしたら魔力が少なくて、魔法が使えず大ピンチ。なんてなったら困るだろ」
「その通りだな。使うやつは店で買ったやつだけにしよう」
シロロは濡れた両手を服でぬぐった。
◇
休憩を終えて魔晶石の採取を再開した。
さすがにブルー・ナイツの採取班ほどではないが、それでもそこそこの量を稼げているのではないだろうか。
四層目まではマップがあるので、道に迷わず進むことができている。敵も強くなってきたが、まだ苦戦するほどではなかった。
「うむうむ、調子がいいではないか。どうする?このまま五層目まで行ってもいいのではないか?」
「シロロ、油断したらダメですよ。ダンジョンではうっかり罠を踏んでピンチになるなんてよくあることです。敵は自分の中にいると思いなさい」
「ええ?まだ余裕があるだろ。なあ、バーンもそう思うだろ?」
「五層目でも戦えるだろうけど、継続して稼ぐのは難しいだろうな。効率で言うなら今がベストだ。どうしても行きたいなら、もう一人増やすことになる。それでもいいのか?」
そう聞くと、急にイヤそうな顔をした。
「もう一人増えるのか?ううん、それはちょっとイヤだ」
「しかもですよ。今だと五層目に入れるレベルの人を探すのは難しくなってます。元ブルー・ナイツの人たちが優秀な人をスカウトしてて、残っているのは二層目で頑張ってる人たちくらいですよ」
アルテナは俺たちよりもギルドにいる時間が多いので、こういう情報をよく持ってきてくれる。こういう面でも彼女の存在はありがたかった。
「そういうわけだから、俺たちはこのまま四層で魔晶石集めを続ける。それでいいな?」
「しかたない。ならば気分転換に、マップの隅々まで見に行こう。同じ場所ばかりだと気が滅入る」
「それくらいならいいかな。今日はまだ時間があるし、寄り道を増やしてみよう」
そういうことになった。
それを見つけたのは、二つ目の行き止まりだった。
壁を背にして固まっていた魔物を倒したあと、魔晶石を拾っているときにシロロが聞いてきた。
「なあバーン。マップにスイッチとか書いてあるか?」
「スイッチ?ちょっと待ってくれ。……特にそれらしきものはないけど、何か見つけたのか?」
「ここを見てくれ。この上の所にあるでっぱり。これスイッチだろ」
シロロが背伸びしながら指さす先に、確かに妙なでっぱりがあった。
光の当たり方のせいか、影がまったくないので近づかないと気づけなかった。
「本当にスイッチだな。こんなものがあるなんて聞いてないし、誰も見つけてないのかもしれない。今日は戻って、斥候を雇って出直すか」
「なにを悠長なことを言っている。押してみればわかるだろうが。戻っているうちに、誰かに先を越されたらどうするんだ」
「だとしても、お前らを危ない目に遭わせるわけにはいかない。今日は諦めて明日でなおす」
「いいや、押すぞ!」
「あっ」
シロロは跳び上がってスイッチを叩いた。
何が起こるかと身構えると、すぐ近くでカチリと音が聞こえた。音がした方を見ると、別な壁にスイッチができている。
シロロがそれに飛びつこうとしたので、慌てて【命令】した。
「シロロ、『動くな』!」
「ぐぎっ!?」
走る姿勢のまま動きを止めたシロロが転んだ。
「アルテナ、押さえろ」
「はいっ!ごめんねシロロ」
「ぐえっ」
全身鎧にのしかかられて、カエルが潰れたような声を出した。
「危ないことをするなバカ!何が起きるかわからないんだぞ。お前の不用意な行動のせいでみんな死んだらどうする」
「スイッチは押すものだろ。押さないなら、何のためにあるかわからないではないか」
「侵入者を殺す罠を起動させるためだったらどうするって言っているんだ。こういうダンジョンではよくあることだ」
「ぐぬぬ。……はあ、しかたない。わかった、今回は諦めよう」
やけに素直に納得したな。
アルテナが退くと、シロロはため息をつきながら立ち上がった。
「それにしても、いきなり【命令】するとはヒドイではないか」
「お前がやったのは、崖に向かって走って行くようなものだったんだぞ。止めるのは当たり前だ。しっかり反省しろ」
「そうだな。ワレが悪かった。なんて言うとでも思ったか!」
シロロはアルテナの横を通りぬけ、スイッチを叩いた。
「おいっ!バカ」
重い音とともに足元が揺れる。
振り返ると行き止まりだった壁に入り口が開いていくところだった。
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