第32話 四層目のやっかいな魔物

魔王が誕生する。その言葉の意味がわからず、思わず聞き返してしまった。


「魔王?それってなんですか」


「えっ、魔王を知らない?えっと、ほら、物語であるでしょ。多数の魔物を従えた、魔族の王様だよ。本人も魔物以上に強くて、ええと、ものすごく強い自由に動けるダンジョンマスターって言えばわかるかな?」


「なんとなくわかりました」


いわゆる、話し合う余地の無い人類の敵というヤツだろう。世界の平和を脅かす、魔物を従える危険な王。

サンディはそれが誕生するのではないかと考えているようだ。


「誕生するってことは、まだいないってことですよね。それはどうやって産まれるんですか?」


「それは当然、ダンジョンからさ。ダンジョンマスターは、蓄積された魔力を使って禍々しい奇跡を起こすと本に書かれている。もしも狂ったダンジョンマスターがその奇跡を使ってダンジョンの外に出て、さらなる魔力を集めようとしたらどうなると思う?魔物を使って生物を集めて、ダンジョンで魔力の元にする。そうして魔物は際限なく増えていき、いずれは地上を埋め尽くしてしまうだろう」


「ダンジョンマスター自身が出歩けて、表面だけでも理性的に振る舞えるのなら、人間を騙してダンジョンへ連れ込むこともできるかもしれませんね。知性が高ければ、一人や二人だけでなく、もっとたくさんの人間が連れて行かれるかも」


自分で言っておいて背筋が寒くなる。

常人のふりをした狂人がこの街に紛れ込んでいるかもしれないなど、あまり考えたくない。


「その通りさ。だから私は、警備隊にも領主にもツテがあるキミにこの話をしに来たというわけだ。ダンジョンマスターと話したことのあるキミなら、ことの重要性をわかってもらえるだろうと思ってね」


なるほど。確かに俺なら、今の話がありえない事ではないと理解できる。

ダンジョンの数が増えるほど、万が一の確立でも起こる可能性は増えていく。できる限り早くダンジョンを潰していくべきだろう。


「わかりました。領主代行の方には、俺から話をしておきます。すぐに対応するのは難しいかもしれませんが、検討してもらうためにも早いうちに知らせておくほうがいいでしょう」


「うん、今はそれくらいしかできないだろう。私も引き続き情報を集めて、キミに知らせるようにしよう。なので時々でいいから、図書館へ来てくれるとありがたい」


「それなら問題ありませんよ。今は【清浄なる泉のダンジョン】に潜ってますからね」


「えっ、あのダンジョンにキミたちが?」


サンディはびっくりしたように聞いてきた。


「はい。といっても昨日からですけどね。魔晶石の採取が目的なんで、とりあえず三・四層目をうろつくつもりです」


「そうか。なら大丈夫かな?深い階層は何があるかわからないし、あまり長く居続けるのは精神によろしくない。攻略するのは別な人に任せた方がいいだろうと私は思うな」


「もちろんですよ。そもそもあのダンジョンは、クレイタールが管理しているものでしょう?ダンジョンマスターを倒したら領主ににらまれちゃいますよ」


「だよねえ。うん、まあ気をつけて頑張ってくれたまえ」


心配してくれているようだが、危ないことをするつもりはない。ダンジョンの恐ろしさは十分わかっているつもりなので、こまめに休憩を取りながら仕事をするつもりだ。


その後も少し話をしてから、サンディが帰るというので送っていくことにする。

馬に乗り慣れていないらしいので、俺の後ろに乗ってもらうことになった。



数日経ったある日、俺たちはダンジョンでの魔晶石の採取を行っていた。

三層目も余裕だったこともあり、今日から四層目に入ることにした。三層目はどこかの城かと思うようなしっかりした造りだったが、四層目の壁はまるで大きな岩を平たく切り出したかのような、白い平面の通路が続いている。四角い壁と壁の継ぎ目が光っているから先が見えるが、こんな所にずっといたら精神に良くないのは当然だろう。


三層目のボスを倒し四層入り口周辺の確認をした後に、早めの休憩をとることにした。


「殺風景な上に、似たような通路がずっと続いていて迷いそうになるな。おまけに魔物が角で待ち構えていたりして、ずっと気が抜けない。これは三層目と比べて、だいぶ難しくなってるぞ」


「まるでコンクリートむき出しのビルだな。足が痛くなりそうだぞ」


床に座って、道具袋から休憩用のアイテムをとりだしていく。ここで継続して狩るなら、慣れるまでは心を落ち着けるお香などを用意した方がいいかもしれない。


「なあバーン。ここはどんな魔物が出てくるのだ?さっき戦ったヤツは半漁人みたいなヤツだったな。上の階みたく、他にもヘンなのがいるのだろう?」


「そうだな。ギルドで聞いた話だと、皮が鎧のように固い魚が、宙を飛んでくるらしいぞ」


「魚が飛ぶのか?それは見てみたいな。先へ進むのが楽しみだ」


シロロがすごくワクワクしている一方、アルテナは通路の奥を気にしていた。


「気をつけた方がいいですよ。自分は脳みそをすする危険な魔物が出てくるとも聞きました。まさかこんなに早く来ることになるとは思っていなかったので、少し不安であります」


「ブレインイーター!?うわあ、本当か。なかなかの強敵じゃないか。いつ出てくるか気になるな」


「なんでそんなに乗り気なんですか。脳みそ吸われるんですよ!?」


対照的な二人の様子が面白い。

俺もその話は聞いてあるので、用意してあったアイテムをアルテナに渡した。


「これをつけていればブレインイーターは楽になるそうだ。少し早いが、つけておいたらどうだ?」


「これが本当に有効なんですか?少々不安なのですが」


「三人いるんだから、誰か一人が捕まっても脳みそ吸われる前に助けられるさ」


「ううん。わかりました。これで頑張ってみます」


アルテナはやるしかないですねと頷いた。




結果、そのアイテムはとても役に立った。


通路の奥から、タコのように頭のふくれた怪人が姿をあらわす。

布の胴衣を身に纏い、左手に持った鐘を掲げて響かせる。禍々しい響きが通路に反響し、こちらの意識を揺らしてくる。

これをまともに聞いた者は数秒間動けなくなり、その間に近づいてきたブレインイーターにより頭に致命的な一撃を与えられることになる。


だが俺たちはそうはならなかった。

アルテナは鐘の音を聞いても意識を揺らすことなく敵を見据え、盾で守りつつ槍ごと突進していく。

背後に並んでいた二体の半漁人ごと貫いて、その動きを止めた。


「今です!」


「にゃっしゃー!」


ノリノリで何かを言ったシロロ続いて、動けないブレインイーターたちにトドメを刺していく。

通路に大きめの魔晶石が転がる。

これなら四層目でも問題なさそうだ。


周囲の安全を確かめた後、兜を外したアルテナは頭を指さして言った。


「これはすごいいいですね。音は聞こえるのに、鐘の効果はしっかり防いでくれています」


「だろ?値が張ったが、いいやつを買っておいてよかったよ」


片耳にはめたそれを手にとってよく見る。

それはいわゆる耳栓だった。

特殊な処理がされていて、ブレインイーターの鐘の効果をしっかりと防いでくれる。他の音も聞こえにくくなるが、そのマイナスを補ってあまりある大活躍してくれていた。


「これなら安心です。ね、シロロ……」


「はにゃ?にゃにかいっちゃか?」


「どうしたんですか!?しっかりして!」


「あ、片耳だけ外してやがる。半分だけとはいえ、意識を揺らされてよくうごけたな」


「バーンさん、感心してないで治療してあげてください」


「どのくらいで治るか確認したいし、ちょうど良いから様子を見よう」


「意外とスパルタなんですね」


そんな風に多少のトラブルがありつつも、順調に魔晶石を採取できていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る