第31話 サンディの訪問

シロロたちがマーケットへ遊びに行ったちょうどその頃、俺は新人冒険者たちの訓練を監督していた。

彼らには以前から、魔法の使い方を教えて欲しいと頼まれていた。

基礎知識は座学で教えてあり、基礎訓練は兵士に頼んで一緒に訓練させていた。今日はその訓練の成果を見せてもらおうというわけだ。


訓練の成果と言っても、魔法を習い始めて数週間しかたっていないので、いきなりものすごい魔法を使えるようになっていたりはしない。せいぜい小さな現象を起こせるようになる程度だ。

今もアレックスが指先に火を灯して、仲間と一緒に喜んでいるところだった。


「やったよ、バーンさん!おれ、魔法が使えるようになった!」


「すごいじゃないか。このまま訓練を続ければ、一ヶ月後ぐらいには戦闘で使えるようになるだろうな」


「本当!?よし、やってやるぞ。おれは大魔法使いになってやるんだ」


気の合う仲間たちとワイワイ騒ぎながら、訓練へと戻っていく。

俺にもあんな時があったなと思いながら目を細めてながめていると、横から声をかけられた。


「すごいね。魔法を使える子供があんなにたくさんいるのか。キミは魔法使いの軍でも作るつもりかな?」


振り向くと、以前に会ったことのある、背の高い女性がいた。


「サンディさん、お久しぶりです。ここで会うとは思いませんでしたよ」


「私も思ってなかったけど、気合いを入れて図書館から出てきたのさ。しかし予想以上にキツかった。ひと月分の元気を使い切った気分だよ」


「本当にスタミナがないんですね。ちゃんと帰れますか?場合によっては馬でも借りて来ますよ」


「馬に乗るのも疲れるけど、歩くよりはマシなのかな。……おっと、それよりもまずはバーンと話したいことがあったんだ。これから時間はあるかい?」


「大丈夫ですよ。新人たちの実力はわかったんで、あとの指導は兵士に頼めますから。話をつけてくるんで、ちょっと待っててください」


「ゆっくりでいいよ。私はここで息を整えているから」


サンディはどっかりとイスに座りこんだ。


新人冒険者たちの教官をしてもらっている兵士と話をしていると、それを聞きつけた少年少女が集まってきた。


「バーンさん、今日はオレたちの訓練の成果を見てくれるんじゃなかったのかよ」


「悪い、急な来客があったからな。でも、みんな頑張ってるのがわかったから、俺はすごいうれしいよ。そのまま訓練を続ければいつかは、武器も魔法も使いこなせるAランクの冒険者になれそうだな」


「ふ、ふん。褒められたって騙されないぞ。今日は仕方ないけど、代わりにまた後でオレたちのこと見てもらうからな」


「わかったよ、約束する。その時は、もっとすごい魔法を期待しているよ」


「任せろよ。よしみんな、もっとすごくなってバーンさんをびっくりさせてやろうぜ」


みんなやる気になって、訓練に戻っていった。



「少年少女に慕われているんだね。すごいなキミは」


「俺は大したことはしてませんよ。彼らが素直ないい子たちなんです。それと、今までずっとまともな扱いをされてなかったから、俺がいいやつに見えているんでしょうね」


サンディを連れて宿舎の応接室に入る。持ってきていたポットのお茶をついで出すと、うれしそうに受け取った。


「砂糖は入ります?」


「多めに欲しい。……ありがとう」


しみじみと美味しそうに飲んでいる。

自分用にお茶をついで、一口だけ飲んでから話を切り出した。


「それで、今日はどんなご用なんですか?連絡をくれれば、こちらから行きましたよ」


「私もちょっと遠出をしたくなったんだよ。でもちょっと無謀だったかなと反省していたところだ。ところでシロロさんはどうしたんだい?」


「あいつは新しいパーティーメンバーと一緒に街にショッピングに出てますよ」


「もうそこまで自由に行動できるようになったのか。若いってすごいなあ。あの子がいないなら、ちょうど良いから少し深い話をしようか。例えば、あの子の過去について、とか」


急にサンディの雰囲気が変わった。ひょうひょうとしたつかみ所の無い感じだったのが、何かを企んでいるような悪者感を出している。


「あいつは、自分の過去を憶えていないと言ってましたよ。なので俺が話せることは何もありません」


「そう?でも気にならないかい、あの子は時々、よく分からない言葉を話したりするだろ。もしかしてそれが、この世界に大きな変化をもたらすかもしれないよ」


「それはダンジョンに長くいたせいだと、自分で言ってませんでしたっけ?」


「さあ?でもダンジョンから救出された人が、この世界になかった新しい知識を作り出すことはよくあるんだよ。私たちが当たり前のように使っているもののいくつかは、そうやって広まったものなんだ。例えば、この長時間保温できるポットだとか、まっ白い砂糖もそうなのさ」


お茶の入ったカップを持ち上げて言う。

俺としては、そんなことを言われてもどう返事をしたらいいかわからない。そもそも砂糖もポットもあるのが当たり前であり、どうやって作られているのかなんて考えたこともなかった。

だから正直にそう話すと、サンディはうんうんうなずいた。


「そうだろうね。人は子供の頃からあるものは、当たり前のものだと受け入れてしまうそうだからね。でも、シロロさんの話す内容はどうかな?何か面白い話を聞いたことはないか?」


「面白いと言われても困るというか。あいつの話のほとんどは、俺には理解できないスラングばかりですよ。意味は大体わかるから、深くは聞いてないです。単語一個一個を気にしてたら、日が暮れても話が終わらないですよ」


「そうか。積極的に知識を広めるつもりはないのか。……じゃあそれはいいか」


サンディはカップのお茶を飲みきって、自分でおかわりを継ぎ足した。


「話は変わるけど、ここ数年で新しいダンジョンがいくつも産まれているという話は聞いたことあるかい?この国全体だと、半年に三つくらい見つかるのが普通なんだけど、今年はすでに八つのダンジョンが発生したことが確認されているらしい。しかも、魔物の大量発生も三件ほど起こっているんだとか。未発見のものがまだまだあると考えると、総数はもっともっと増えるだろうね」


言われて、今年のダンジョンに関する情報を思い出す。


俺が警備していた国境に来ていた魔物は隣国のものだったので、カウントしない方がいいだろうか。だが規模がかなり大きかったので、もしかしかたら複数のダンジョンから出てきていたのかもしれない。


王都にいた時は特に情報は聞かなかったが、ここに来るまでにシロロのいたダンジョンを潰しているし、山の外でもう一つのダンジョンも潰している。

サンディが言ったうちの二つは、俺が報告したもののことだろう。さらに警備隊のライアンの情報通りなら、一つ以上のダンジョンが山の外にあることになる。


たしかに多いような気がしないでもない。


「でも、そんなにダンジョンが見つかってるなら、魔晶石がもっと流通しているんじゃないですかね。魔晶石の値段は、あまり変動してないですけど」


「本格的に採取するなら、しっかり管理しないと危険すぎるよ。管理のしやすさはダンジョンによって違うけれど、今のところ新しく管理できたという話は聞かないんね。ほとんどが僻地だったのもあるのだろうけど、それ以上にダンジョンマスターが話ができない者ばかりらしい。そもそも人外の魔物である場合の方が多いんだけどね」


ダンジョンマスターと話が通じないならば、そのダンジョンは討伐するしかない。常人ではダンジョンを管理することができない。

俺がダンジョンコアに勧誘されたのは、シロロと契約したという特例事項があったからだろう。


俺もまた、ダンジョンマスターになったとしても正気でいられる自信がない。

コアから流れ込んできた情報に毎日さらされ続けていたら、数日で狂ってしまう自信がある。


「本当にダンジョンが増えているのだとしたら、見つかっていない所から魔物が大量発生する危険が大きいですね。領主代行にも話をして、国境警備兵を増やしてもらった方がいいですかね」


「うん、それもあるかもね。でも私は、もっと別なことを心配しているんだ」


「別なこと?魔物の大量発生以上に大変なことって何ですかね」


素で聞き返すと、サンディは内緒話でもするように顔を近づけて、小さな声で言った。


「私はね、魔王が誕生するんじゃないかって思っているんだ」

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