第30話 アルテナの昔話

シロロとアルテナは、クレイタールの中央市場マーケットへ来ていた。

シロロはダンジョンの外の世界にも慣れて、今ではバーンから離れても平気で動けるようになっていた。ただ、戦闘になると早々に魔力切れになるので、代わりに魔晶石をいくつも持ってきている。


待ち合わせ場所に現れたアルテナは最初はぎこちない態度だったが、それに構わず色々と話しかけたおかげで、すっかり明るさを取り戻していた。


「シャハハ、見てみろ。面白い魚がいるぞ。つつくとフグみたいにふくれるな。どんどん大きくなるけど、どこまでいくんだコイツ」


「ちょっと、やめたほうがいいですよ。売り物だし、魚がかわいそうです」


「なあに、店主が見ているのに、なにも言ってこないではないか」


「あれはたぶん、ダメになったら買い取らせようとか思ってるんですよ。けっこう値が張るし、買うことになっても料理できるんですか?」


「うん、無理だ。しかたない、別な所へ行くか」


「そうしましょう。向こうにオシャレなカフェがあるんですよ。行ってみませんか?」


「オシャレなカフェだと?むむむ。わかった。アルテナと一緒なら、行ってやってもいいぞ」


「やった!自分も一人では入りづらかったんです。行きましょう」


カフェの席で向かい合う二人は、仲の良い友達に見えるだろう。

今日は二人とも鎧の類いは身につけておらず、町娘が着るようなかわいい服を着ている。

シロロは常人としてふるまう特訓をした結果、サメの魔人の特徴を隠すことができるようになったので、フードつきのマントは必要なくなっていた。


「シロロの今日の服はかわいいですね。普段はそういうのは着ないのですか?」


「いつもの服は動きやすいからな。慣れたものの方がいいし、安いから少しくらい破れてももったいなくない」


「冒険者らしい感想ですね。だとしたらその服は、とっておきなんですね?」


「うーん。前にどこかでバーンのやつに、普通の服も持ってた方がいいって買わされたものだな。あいつ、適当に選べと言ったくせに、色の組み合わせだとか細かいことを言ってくるんだ。元貴族だとか言ってるが、それなら自分もいい服を着ろと言いたくなる」


「やっぱりバーンさんは貴族の出だったんですね。言葉遣いとか姿勢とかがしっかりしてるから、そうじゃないかと思ってました。そこのところ、シロロはどうなんです?」


「ワレは違う。いちおうあやつの従者ということになっているが、世話をしてやったことなど一度もない。あやつはワレがいなくとも、戦闘も問題なくこなせるであろうよ」


シロロはジュースにさしてあるストローに息を吹き込み、ぶくぶくと泡をたてる。

今までバーンの戦いを近くで見ているが、本気を出している様子は一度もなかった。焦ったり怒ったりしたのは見たことあるが、そんな時でも余裕があるように見えた。


「まあ、あやつはワレが必要だと言っているから、ワレもヒマだし力を貸してやっているのだ」


「そっか。シロロはちゃんとうまくやっているんですね」


うつむいて手元を見つめるアルテナに、シロロが首をかしげた。


「そういえば、昨日はアルテナの前のパーティーと会った時から様子がおかしくなっていたな。やつらと何かあったのか?手出しできないのなら、ワレが代わりに殴ってやってもいいぞ」


「だ、大丈夫です。そんな必要ないから」


「そうか?そう言うなら、いいのだが」


数秒の沈黙があり、アルテナがため息をつく。それから顔を上げて、シロロを真っ直ぐ見た。


「やっぱり、心配させたら悪いから言います。でも、本当に下らないことだから呆れないでほしいんだけど、聞いてもらっていいですか?」


「もちろんいいぞ。バーンにも黙ってておいてやるから、安心するといい。そのためにあいつは今日来てないのだろうしな」


「ありがとう。じゃあ、ちょっと長くなるかもしれないけれど、聞いてください」


そうしてアルテナはゆっくりと語り始めた。



アルテナ・ウルフは、騎士の娘として産まれた。

両親は王国の騎士団で出会い、そこで仲良くなって結婚した。

騎士とは一代限りの爵位であり、産まれた子供はそれを継ぐことはできない。しかし身元が確かということで、様々な分野へのコネクションとしては十分なものではあった。


アルテナは両親の勧めもあって、神官見習いとして教会に入った。教会での厳格なしきたりにも、真面目なアルテナは苦も無く馴染むことができた。

だがどこにも意地悪な人物がいるもので、アルテナに何かと嫌がらせをする娘がいた。


アルテナの先輩でもあった彼女は、他人にバレないように仕事を押しつけたり、わざわざ遠くへ使いに出したりした。

深く疑わずにそれを受け入れているアルテナを見て、影で笑ったりしていた。


ある日アルテナはその働きぶりを認められ、聖騎士見習いへと勧誘された。

聖騎士と神官は同じ教会所属ではあるものの、その役割の違いから教育課程は別になっている。

聖騎士は普通の騎士と同じく魔物と直接戦う事が多く、その上で神官に近い役割まで求められる。やることが多く大変ではあったが、その分だけ敬われることが多かった。

アルテナは騎士の家の出であるし、神官としての素養はある。聖騎士に勧誘されるのは当然のことだった。


アルテナは余計な仕事まで真面目にこなしたことで、異例の早さで聖騎士見習いへと選ばれたのだ。

そして訓練を積んで聖騎士として認められたその日、一つの任務を言い渡された。


「自分が冒険者として活動し、ランクをCまで上げるのですか?」


教官でもある先輩の聖騎士がうなずく。


「お前がこれからも聖騎士として人の上に立つのには、そのくらいの箔が必要になる。一般兵は必要ないし、逆に貴族の子弟だったら家柄で納得させられる。だがお前はそのどちらでもない。聖騎士は場合によっては貴族にまで意見しなければならないことがある。その時に冒険者としてのランクが高ければ、相手の権威を傷つけることなく動いてもらえる。その最低ラインがCランクというわけだ」


なるほどとアルテナはうなずく。

聖騎士には自分と同じように貴族としての位を持たない者も多くいたが、それでも問題なく仕事をこなせている。冒険者として活躍することもまた、立派な聖騎士の条件の一つなのだろう、と。


「ある意味、これが聖騎士としての最終試験であるとも言える。期間、方法は問わない。自分で考えて行動し、達成して戻ってこい」


「わかりました。このアルテナ・ウルフ、全力で任務をこなして戻ってきます」


そうして、アルテナは冒険者になった。



「それでそれで?どうなったのだ?」


シロロが前のめりに質問すると、アルテナは言いづらそうにしながら答えた。


「期待させて悪いんですが、特に面白いことはないですよ。まず冒険者になることを両親に報告したんですけど、その時に餞別にと、父が使っていた鎧をもらったんです。父も昔は冒険者をやっていたことがあるらしく、色々とアドバイスしてもらったりもしました」


「なるほど。あの鎧はつまり、歴戦の武具というヤツだったのだな」


アルテナが普段身につけている鎧は傷だらけであったことを、シロロは思い出した。


「話を続けますね。冒険者ギルドで仲間になったのが、昨日会った人たちです。冒険者になってから半年間、同じパーティーの仲間としてやってきました。みんな気のいい人たちなんですけど、ただちょっと鈍いところがありまして……」


「ニブい……?」


「はい。自分の鎧は、いま言ったとおりかつては父のものでした。それもあって男だと間違われることが多いのですが、その……。つい先日、偶然にも下着姿でいるところを見られてしまいまして。ええ、悪いのは自分なんです。つい部屋の鍵を閉めるのを忘れてしまった時に、何か用事があったらしく扉を開けられてしまったんです」


思い出しただけで恥ずかしくなったようで、顔を手で覆ってしまった。

シロロの「ラッキースケベか」というつぶやきは、幸運なことに聞こえていないようだった。

「すぐに謝ってもらえたのですが、その後から異性と意識されてしまったようで、とても居づらくなってしまったんです」


「なるほど。大変だったんだね」


シロロはうんうんうなずく。

転生やダンジョンの影響で、前世の知識の一部は欠けてしまっている。だが、そういう話を知っているという認識は残っているので、心から同情していた。


「そうなんです。普通、もっと早く気付きますよね?あんなことやこんなことがあったのに、ずっと勘違いされたままだったんですよ。それに女だとわかった途端に妙に優しくなるし。そういうのがイヤになってしまって、パーティーを抜けることにしたんです」


「わかる。態度を急に変えられるのってイヤになるよな」


「ですよね!それにあの人たちはもうホントだらしなくて……」


そこからは、男に対しての愚痴の話で盛り上がった。

色々話して、休日を楽しんだ二人は、とても仲良くなることができた。

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