第29話 ダンジョンボスとアルテナの憂鬱
一層目のボスは、家くらい大きなサンショウウオだった。
両生類独特のぬめりのある体が、壁の光石に照らされて不気味に光っている。
ボス部屋の全体がわずかに湿っていて、場所によっては水がしたたっていたりする。
一見シロロが有利な場所に思えるが、そう上手くはいかなかった。
「シャ、ラあ!」
シロロの豪腕がうなりをあげて、サンショウウオに突き刺さる。
サンショウウオは殴られた勢いで後退するが、平気な顔をしていた。
「バーン、なんだアイツは!ワレの攻撃がまるで効いてないではないか。どういう事だ」
「見た目通りのサンショウウオの魔物だろ。ダンジョンのボスをやってるくらいだし、弱いはずがないだろ」
「だとしても、ノーダメージはないであろう。これは何かギミックがあるやつではなかろうか」
「そんな複雑なもんじゃないだろ。サンショウウオなんだし、お前と同じく水の適性が高いんだろ。それと、打撃にも耐性があるんだろうな。お前が殴っても、すべって下がってるから、威力を半減させてもいるんだろうな」
「~~~、そういうことか!面倒くさいヤツめ」
シロロが地団駄を踏んでいるうちに、のっそりと近づいたサンショウウオが噛みついてくる。それをよけて反撃を入れるが、やはり響いている様子はなかった。
「シロロさん代わりましょうか?自分の槍なら、攻撃が通りますよ」
「ええい、黙ってそこで見ていろ。というか、アルテナはこいつを何分くらいで倒したのか言ってみろ」
「え、時間ですか?たしか最初にダンジョンに潜ってからこのボスを攻略するまで、三ヶ月くらいかかった気がしますが」
首をかしげて答えるアルテナに、そうじゃないと教える。
「ちがうちがう。シロロは、ソロであいつを倒すには何分かかるか聞いているんだ。アルテナより速く倒すつもりなんだろ」
「なるほど!それならば、おおよそ十分というところでしょうか。体力と防御力がともに高いので、火属性の攻撃手段がないと時間がかかってしまいます。道具を使って良いなら、半分くらいには縮まるでしょう」
「よし、ならあと五分以内に倒せればワレの勝ちだな。そこで見ておれよ」
シロロはサンショウウオから距離をとると、両手を前に出して構えた。
「ワレの武器が拳だけだと思うなよ。サメの歯は幾度折れても生え替わると知れ【鮫肌強化・フィンブレード】!」
かけ声とともに、シロロの両腕に三角形のヒレが生える。魔力による肉体強化の応用で、一時的に皮膚を刃に作り変えているのだろう。
「微塵に切り裂いてくれる!」
シロロがサンショウウオに飛びかかる。ヒレがサンショウウオを傷つけ、体液が辺りに飛び散った。
攻撃が通るようになれば、水場でシロロに敵うものはいない。
サンショウウオは体力が高かったが、攻撃が当たらずに一方的に攻撃されるばかりだった。
数分後、その巨体を揺らしてサンショウウオが倒れた。
シロロは腕を高く上げて、勝利を知らしめている。
「おお、すごいですね。初挑戦なのに一人でボスを倒してしまうとは、さすがシロロさんです」
「シャハハ、そうであろうそうであろう。ワレはとても強いのだ。まあアルテナもなかなかやるようだし、ワレのことはシロロと呼び捨てで呼んでもいいぞ。同じパーティーを組むのだから、堅苦しいのは必要ないからな」
「本当ですか?うれしいです。シロロ、これからもよろしくお願いね」
「うむうむ、こんごともよろしくだ」
消えゆくサンショウウオの前で、二人は固い握手を交わした。
◇
二階層は、一階層よりも乾いた場所だった。
壁は石が規則的に積み上げられていて、人工的な印象を与えてくる。
魔物はコボルト系が多かったが、パーティーを組んで多彩な攻撃を仕掛けてくるようになっていた。
「攻撃が来ます。みなさん、自分の後ろへ隠れてください!」
「いいぞアルテナ。シロロ、右から攻撃をしかけろ。俺は左からいく」
「シャッハア!端からいくぞ!!」
相手がコンビネーションを仕掛けてくるなら、こちらもやりかえすだけだ。
アルテナの盾は敵の攻撃を防ぎきり、シロロと俺で追い詰めていく。
シロロはアルテナとうまく噛み合っているようで、敵を倒し終わると上機嫌でハイタッチをしていた。
「やったな、アルテナ。ワレらのコンビは最強ではないか」
「シロロのおかげです。あっという間に倒してくれるから、盾もまだまだキレイなまま。前のパーティーより、何倍も楽です」
「ワレも避ける手間がないのは助かっているぞ。おかげで楽にぶっとばせる。バーンが言っていたのは、これだったのだな」
上機嫌な質問にうなずきを返す。
「そうだ。ダンジョンは野外と違って隊列を組めないし、敵の種類も多いから色々な対策を考える必要がある。だから、それぞれ役割に特化した者が集まってパーティーを組んだ方が効率がいいんだよ」
シロロはバリバリの攻撃特化だし、逆に俺は色々なことができる万能型だ。アルテナのような防御特化が、このパーティーにうまくハマっている。
「そういえばアルテナよ。おまえは以前にもこのダンジョンに潜っていたのだろう?その時はどんなパーティーを組んでいたのだ?」
「前のパーティーですか?それは、その、普通のパーティーでしたよ」
とりつくろった笑顔で言われた言葉に、シロロはうなずきを返した。
「普通か。なるほど、そっちがつまらなかったから、ワレらの方へ移動してきてくれたのだな。まあ、ワレらほど優秀な者はいないからな。ワレらに比べれば、誰もが普通であろうよ」
シャハハ、と笑うシロロに、アルテナは笑顔でうなずいている。それは愛想笑いに近い本心を隠したもののように見えたが、俺は特に何も言わなかった。
そうしてダンジョンを順調に踏破していき、二層目のボス前広場に到着する。
そこで順番待ちを兼ねた休憩を終え、これから挑もうという時に、そいつらは現れた。
「あ、なあ、あいつ。もしかしてアルテナじゃないか?おーい、アルテナ!そこにいるのはアルテナ・ウルフだろ?」
広場に入ってきた三人の若者。使い込まれた武具を身に纏った彼らは、アルテナと年が近く見えた。
最初に声をかけてきた若者が、手を振りながら近づいてきた。
「もう別なパーティー見つけてるんだな。いやあ、あんな別れ方しちゃったから心配してたんだよ。調子はどう……」
「お二人とも行きましょう。ボス部屋が空いたのにいつまでも入らないのは他の人の迷惑になりますので」
「む、アレはいいのか?アルテナの知り合いのようだが」
「いいんです。さあ、早く」
アルテナに腕を引かれて、ボス部屋の中に入る。扉が閉まる時に何か言っていたが、聞き返す前に閉まってしまった。
「なあ、アルテナ」
「もうここはボス部屋の中です。敵に集中してください」
「了解。とりあえずボスを倒そう」
ここまでの道中と同じやり方で、二階層目のボスと戦う。
アルテナの動きが単調で、もたつく場面が少しあったものの、大した被害もなく倒すことができた。
目的だったふたつ目の水晶片を手に入れて、ボス部屋から出てすぐにある扉へ入る。
ここにあるつづら折りの長い階段を上れば出口だ。
上がりながらシロロがアルテナに話しかけていたが、ハイとかイイエしか返ってこなかった。
ダンジョン前の広場に出ると、すでに薄暗くなっていた。
「今日はこれで終わりだな。ギルドに報告してから、アルテナの歓迎会をやろうか」
「かんげいかい?ワレは苦手ではあるが、まあアルテナのためならいいだろう」
どうだ?とアルテナをみるが、聞こえていないようだった。
「アルテナ?」
「え?あ、はい。すいません。調子悪いので、今日はできればこの辺で帰りたいと思います。本当に、申し訳ありません」
深々と頭を下げたあと、本当に調子が悪そうに帰ろうとする。
シロロがそれの肩を押さえて止めた。
「アルテナ、ワレらは今日より一緒にダンジョンを歩む仲間となった。そうであろう?」
「え。はい、その通りです」
「ならば!……ならば、明日はヒマか?一緒にマーケットでも見て回ろうではないか。金のことなら心配ない。リーダーであるバーンが全て出すからな」
「なっ……まあ、いい、ぞ。前の報酬の残りもあるし、これから稼げばいいんだから、大丈夫だ」
カードに残された予算を思い返し、たぶん大丈夫だと計算する。
「疲れてるんなら、明日は休みにするべきだ。どうせなら代金を渡すから、二人だけで行ったらどうだ?」
「気が利くじゃないか。よし、それでいこう。アルテナもいいな?」
「は、はい。わかりました」
そういうことになった。
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