第28話 聖騎士アルテナ・ウルフ

【清浄なる泉のダンジョン】の入り口前広場で、冒険者のアルテナ・ウルフと合流した。

いかついフルプレートの鎧を身にまとっているが、兜の下は中性的な美しい顔をしている。


「アルテナ?キサマは女なのか」


シロロのぶしつけな問いに、アルテナは笑顔でうなずく。


「はい。この装備もあって男と間違われることもあります。ですが冒険者として、聖騎士として戦いの場に出る以上、男も女も関係ないと思っています。シロロさんもそうでしょう?」


「う、うむ。そうだな」


アルテナの圧力に、シロロが押されている。

初の顔合わせだから俺が手綱を引かなくてはと思っていたが、心配はなさそうだった。

シロロの前に出て話す。


「キミの事はアルテナと呼んでいいか?冒険者ギルドには、【清浄なる泉のダンジョン】での活動に慣れた、盾役ができる者を頼んでいた。キミは俺たちの盾になってくれるか?」


「はい、よろこんで!シロロさんとバーンさんのお話は、ギルドの方から聞いています。不正を正し、弱き者を救う。英雄と呼ぶに相応しい人であるとのこと。そんな方たちに協力できるなんて、自分はとても嬉しいです!」


アルテナは、目を輝かせてうなずいた。


「そうかそうか。ワレの実力が広まっているとは何よりだな。サインはやらぬぞ。気軽に話しかけられるほど、ワレは安くはないからな」


「俺も素直に褒められるのはうれしいよ。でも、ダンジョンでの集団行動は実際にやってみないとどうなるか分からない。お互いの性格だけでなく、行動面の相性もあるからな。というわけで、さっそくダンジョンに入ってみようと思うんだが、先導を頼めるかな?」


「はい、任せてください。そう言われると思いまして、実は先ほどまで進行ルートの再確認をしていたのです。ですが思ったより時間がかかってしまいまして、少々遅れてしまいました。重ねて申し訳ありませんでした」


深く頭をさげてくる。


「今日は急ぐ用事ではなかったから大丈夫だ。次から気をつけてくれればいいさ」


「ありがとうございます。この失態は、ダンジョンで挽回させていただきます!では、気を取り直して行きましょう!」


一転して元気になり、歌でも歌い出しそうな様子で歩き始めた。

彼女もシロロに負けず劣らず、クセが強そうだ。



アルテナの案内でダンジョンを進む。進行ルートを確認してきたと言ったとおり、迷わずに先へと進んでいる。


「ここを左に進むと魔物がたくさん集まる場所に出ます。行きますか?」


「いいや、先に進もう」


「そうですか……。あ、もう少し先で寄り道すれば、宝箱が湧く部屋もあるんですが」


「そっちもいい。さっきも言ったが、今日の目標は、二層目のボスを倒して三層への直通ルートを通れるようになることだ。本格的な探索は、三層から始めることになる」


「すいません。自分が役立てると思ったんですが、余計なことばかりみたいですね。申し訳ありません。うう……」


アルテナが肩を落とした。


「いやいや、道を教えてもらえるだけでも助かってるよ。ギルドで買える地図だけじゃわからないことも多いし、ここのダンジョンを体験している人の話はとても参考になる」


お世辞ではなく、アルテナの情報は本当に有用なものだった。

調べただけの情報よりも、現地で体験した方が何倍も有用だ。しかも知っている人間に詳しく解説してもらえるので、より理解を深めることができる。


本心からの言葉だったのだが、言われた方は納得していないようだった。


「自分は三層には先日入れるようになったばかりなのです。なので詳しく教えられるのは二層までなのです。それだと自分が雇われた意味はあるのでしょうか」


「十分あるよ。それに、俺の事情はギルドの方にも話してある。その上で紹介してくれたんだから、ギルドもアルテナの実力を認めているってことだ。そうだろ?」


「うーん。そうなんですか?わかりました。ではせめて戦闘では役に立ってみせます」


いちおうヤル気を出してもらえたようだ。背筋を伸ばして歩き出した。

ホッとしていると、今度は背中をつつかれた。


「新人にやけに構うではないか。あんな弱そうなヤツのどこがいいのだ?道案内だけなら、もっと扱いやすそうなのの方が良いだろうに」


シロロがなぜか不満そうな顔をしている。


「道案内だけじゃなくて、戦力としても期待してるんだよ。お前は攻撃役アタッカーで、俺はだいたいどんな役でもこなせるが、突出したものがない。彼女に盾役タンクをやってもらえれば、ぐっと戦いやすくなるんだよ」


「戦いなど、今までどおりワレが一人いれば十分であろう。あんなのが役に立つのか?」


「そこまで言うなら、彼女の実力を見せてもらったらどうだ?ダンジョンで戦えるのかを見るんだから、お前は戦闘には参加しちゃだめだぞ」


「なっ、なんでだっ!ワレの楽しみを奪おうというのか!?」


「文句が多いヤツだな。じゃあ、一層のボスはお前がやるとして、そこまでの雑魚は任せるというのでどうだ?」


「むっ。それなら、まあ、いいだろう」


とりあえず納得してくれたようだ。


「聞こえてたかアルテナ。そういうわけで、ここからボスまでは任せるが、いいか?」


「はいっ!自分の実力を認めてもらうためにも、張り切らせていただきます!」


アルテナは先ほどよりも元気になっている。わかりやすい目的があった方がいいらしい。

シロロは腕組みをして、実力を見てやろうという態度だ。

二人には仲良くなってもらいたいのだが、果たしてどうなるだろうか。



【清浄なる泉のダンジョン】は、複数の階層からなる大型のダンジョンだ。

現在は五層まで探索が進んでいて、三、四層目が主な狩り場となっている。

一、二層目は初心者向けで、ベテランは三層からというのがここの共通認識らしい。


一つの層が二階分あり、層の境目には階段を守るボスがいる。このボスを倒すと特殊な水晶片が手に入り、それがあるとダンジョンの入り口から次の階層までの直通ルートを通れるようになる。


二階とは言っても、このダンジョンはとにかく広い。

クレイタールの中心に泉があるのだが、このダンジョンはその泉を囲むような形になっている。

そもそも泉の水がダンジョンから出てきているものであり、その水質は普通では考えられないほど清くて飲料水としても使えるほどだ。


一層目は泉の周囲をぐるりと回る形になっているが、二層目からは泉の下まで通路が延びている。

小さなダンジョンの何倍も広いため、直通路の開通は必須だった。


「おい、アルテナ。だいぶ歩いたが、まだボスに着かないのか?まさか道に迷ってたりはしないだろうな」


「大丈夫です。もうちょっとですよ。シロロさんはお疲れかもしれませんが、頑張りましょう!」


「む、疲れてなどいない!と言うかむしろ、そんな重そうな鎧を着て魔物と戦い続けているお前の方が疲れているのではないか?」


「このくらい全然平気ですよ?聖騎士隊の訓練で、完全装備でただただ歩かされた時に比べれば、目的地がハッキリ分かっているので楽勝です」


「むう、体力オバケなのだな。バーンの言っていた意味が、ちょっとわかったぞ」


シロロがつぶやくのが聞こえた。

今は一層の二階。アルテナが言ったとおり、もう少しでボスのいる部屋にたどり着けるあたりだ。

道中の魔物は大イモリやコボルトなどの、弱いが数が多いタイプばかりだった。

俺たち以外の冒険者も多いために遭遇率は低いが、それでもなかなかの数を相手にしているはずだ。

それでもアルテナは落ち着いて一匹一匹倒していった。


彼女の戦い方は堅実なものだった。

装備は全身鎧と身を隠せるほど大きなカイトシールド。そしてナックルガードのついた槍だ。敵の攻撃は鎧と盾で全て受け止め、槍で確実に貫いていく。

たまに盾で殴ったり潰したりしているところに、ダンジョン戦の慣れを感じる。


今のところ安心して任せていられるので、俺は彼女が倒した魔物の魔晶石を回収する係になっていた。


「もう少しでボス前の広場です。先にたどり着いたパーティーから順番でボスに挑めるので、他の人は自分の番が来るまで休憩です」

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