第26話 予想外の訪問
ピーター管理官との決闘の数日後、宿舎の自室でコーヒーを飲みながら冒険者ギルドからの定期連絡を読んでいた。
あの日は予想以上にゴタゴタしてしまったが、なんとか無事に決着をつけることができた。
ピーターは例の不幸な事故によりしばらく入院することになり、その間のクランの運営は他の者が引き継ぐらしい。
今回の決闘により、俺たちに手を出すのはまずいとわかってもらえたはずだ。時間はかかるだろうが、いずれ新人冒険者たちが自由に街に戻れる日が来るだろう。
大部分ではうまくいったが、残念なことが一つだけあった。
「結局、誓約書を書かせることはできなかったな」
「何か言ったか?」
「このままだとお前が戦った意味がなくなるって言ったんだ」
「んっ?何がだ??」
シロロが首を大きくかしげた。どうやら管理官との決闘の理由を忘れているらしい。
「新人冒険者たちに払われなかった報酬を出すって件だよ。それをあいつが了承したから、お前が戦うことになったんだろう」
「ああ、バーンがうまいことのせられた件か。あれは傑作だったな。シャシャッ」
あの決闘のせいで、【ブルー・ナイツ】は大変なことになってるらしい。新人たちが働いた分を返せと言いに行っても、相手にされないだろうな。過去の自分の気楽さがうらめしい。
「そもそも負けるつもりはなかったぞ。やつらのことを調べてあったし、上位メンバーである攻略組が出てこない限り大丈夫だったさ」
クレイタール最大のクランだという油断があったのか、彼らの情報は簡単に手に入った。
ピーター管理官をはじめとした運営組はダンジョンに潜らない者も多い。稼ぎ頭の魔晶石回収組は深い階層までは行かない。
決闘に出てきた武闘派な者たちは、攻略組へ食料などを送って戦利品を回収する運搬組で、攻略組に次ぐ強さを持つ者たちだ。
地上での活動を主に行う地上組はダンジョンのごく浅い階層までしかいかず、運搬組から移動してきたユーザンが一番レベルが高かった。
というわけで、ユーザンを楽に倒せた俺ならば負けないと確信していた。
「ほーん。だったら、その攻略組とやらが出てきたらどうするつもりだったんだ?」
「一人だけなら、勝てないにしても引き分けくらいには持ち込むつもりだったよ。それに俺が負けても、シロロがいると思ってたしな」
「ほう、ワレなら勝てると分かっていたのだな。なんだ、ワレの実力を理解しているではないか。シャハハ」
褒めたら、機嫌良く笑っている。
具体的には、魔晶石を使って大きな水たまりをいくつか作れれば、相性が悪くなければギリギリいけるんじゃないかなと思っている。
だぶん・だろう、の多い穴のある作戦だと言われるかもしれないが、そもそも攻略組はダンジョンからめったに出てこない。出てきたらそれだけで大きな話題になるので、決闘に参加していないだろうことは予想していた。
「おっと、そろそろ仕事の時間だな。あいつらも頑張っているし、そろそろ次の段階に進んでもいいだろう」
「バーン、また魔物が出たらワレに戦わせるのだぞ。後方で腕組みして立っているだけなど、ヒマでヒマでしかたがないからな」
「そうだな。お前にもアレックスたちと協力するやりかたを憶えてもらった方がいいだろう。どのタイミングで教えるかなあ」
準備をしながら考えていると、ノックもなしに扉がバンッと音を立てて開かれた。
「バーンさん、シロロ姐さん。大変だ、【ブルー・ナイツ】の上位メンバーが来たよ!アイツら、ここの責任者を呼べって行ってるんだけど、バーンさんのことでいいんだよね?」
「なん、だと!?」
やつらはダンジョンに引きこもっているんじゃなかったのか?
◇
応接室として使っている部屋の前には、少年少女が中をのぞき込もうと集まっていた。
自分たちの仕事を始めるよう言って追い払い、覚悟を決めて中に入る。
応接室で待っていたのは、【ブルー・ナイツ】の上位メンバーである攻略組のリーダー、【青の剣神】ことケインズ・ブルー。そしてその伴侶にしてサポート役である、ミルシア・ブルーだった。
この二人が【ブルー・ナイツ】の創始者であり、実質上のトップでもある。
「わざわざこんな街外れまで足を運んでいただき、ありがとうございます。それで、本日はどのようなご用でしょうか」
一連の事件を、クランへの攻撃だとして文句をつけに来たのだろうか。警戒しながらも表面上はにこやかに話しかけると、驚いたことに二人はそろって頭をさげてきた。
「こちらこそ、丁寧な対応をしていただきありがとうございます。本日わたしたちは、我々の落ち度を認めるために来ました。なんでもわたしたちがダンジョンに長い間潜っているのをいいことに、我がクランのメンバーが勝手なことをしていたようで、あなたたちに迷惑をかけたとか。なのでそれに関する謝罪と、補償に関する交渉をしたいと思っています」
「謝罪と、交渉?」
クレイタール最大のクランのトップツーが、まさか新人冒険者とそれをまとめる流れ者に直接頭を下げに来たのか。
思ってもいなかった事態に、理解がなかなか追いつかなかった。
「ええと、まずは座って話をしましょう。私も座らせてもらいます。シロロも……」
「ワレは、ここでいい」
相手をソファーに座らせる。
いつもなら黙っていても勝手に座ろうとするはずのシロロが、なぜか後ろで立っていると言いだした。
じっと【ブルー・ナイツ】の二人の方を見ているが、敵意はなさそうなのでそれ以上言わないことにする。
俺は二人の対面に座る。
タイミングを見計らっていたのか、部屋の入り口がノックされる。入ってきたのは冒険者ギルド職員の女性で、どうやらお茶をもってきてくれたようだ。
気が利くうえに、雑務までさせてしまって申し訳ない。
女性が出て行くのを見送ってから、話を切り出した。
「私はバーン・ハントと申します。流れの冒険者ですが、なりゆきで新人冒険者の指導をしています。【ブルー・ナイツ】の方々とは、先日冒険者ギルドに行った時とその前の二回ほど、修練場での試合をさせていただきました」
「はい、こちらの者が一方的に勝負を挑んだと聞き及んでいます。その場には多くのメンバーがいたはずですが、誰も止めなかったとも。本来ならすぐにわたしに知らせるべきことですが、それも故意に連絡を止められていました。リーダーとしての管理が不十分だったこと、まことに申し訳ありません」
座ったまま頭を下げられたので、あわてて止める。
「いえいえ、そんな。頭を上げてください。こちらは特に被害はなかったので、大丈夫ですよ」
「被害のあるなしではありません。聞けば、他の冒険者にまで同じような恐喝まがいのことをやっていたとのこと。クランのリーダーを名乗っておきながら、細かいことを他人任せにしていたわたしの落ち度です」
そう語るケインズは真っ直ぐにこちらを見てくる。本気でそう思っているようだ。
「いま我々は、クランの運営について見直しを行っています。具体的には問題を起こした者たちの再教育と被害者たちへの補償をした後、クランを解散することを検討しています」
「クランを解散する!?」
「はい、そうです。そもそもこんな事態になった原因は、わたしが管理できないほどクランが大きくなりすぎたせいです。わたしたちはダンジョンの攻略を進めるという大義名分のもと、クランの運営を部下に任せきりにしていました。この失態を二度とくり返さないためには、クランを解体して作り直す。それしかありません」
ケインズは熱く語り、隣のミルシアは静かにうなずいている。この二人の意見は同じようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます