第25話 管理官の策略と失敗

修練場には、かなりの人数が集まっていた。どうやら【ブルー・ナイツ】のメンバーのほとんどが集まっているようだった。

アレックスたちを先に宿舎へ返してやりたかったが、ここに来るまでに周りを囲まれていたのでできなかった。


「よくぞ来てくれました。この私、ピーター・フォックスが貴方のもくろみを見抜けないとでもお思いでしたか?残念、そうは行きませんよ」


管理官ことピーターが、眼鏡を光らせて笑う。


「私が一生懸命組み立て、整備したシステムを、よそから来た監察官が台無しにするなんて許されることではありません。【ブルー・ナイツ】は冒険者のトップが率いるクラン。領主のごとき権力にどうこうされるいわれはないのです」


「別に、この街のギルドの内情についてなんて誰にも頼まれてはいないんだが。そっちが勝手につっかかってきたのが始まりだ。新人たちについても、まともな経営をしてたなら、俺は手出しをしなかったよ」


「チッチッチ、ウソはよくありません。貴方が領主と仲が良いのは、裏付けが取れているんです。今さら庶民の味方を気取っても無駄です」


「お前も自分の見たい絵しか見えないんだな。もうどうでもいいや、さっさと始めよう」


戦闘用の装備に変えて始めようとしたが、ピーターが待ったをかけた。


「おおっと、お忘れですか?私が提案して貴方が了承したのは、五対五の勝ち抜け戦です。私と貴方が大将で、どちらか倒された方が負け。そう言いました。つまり、貴方の出番は最後というわけですよ」


眼鏡を光らせるピーターの前に、屈強な四人の男が並ぶ。

全員それなりに強そうで、アレックスたちでは相手にならないだろう。


「ククク、彼らはダンジョンでの魔晶石採取をやっている、戦闘部隊のメンバーです。たとえ貴方がユーザンを倒した剛の者だとしても、彼ら四人と連戦して勝てますか?」


「それがお前の狙いか」


「ククク、思ったよりも簡単に引っかかってくれたようで助かりますよ。今さら逃げることなんてできませんよ?そんなことをしたら、ここにいる【ブルー・ナイツ】のメンバーが全力で阻止しますからね」


ピーターはいやらしく笑う。

俺たちが五人だというのを聞いて、この状況を用意していたのだろう。こいつら一人一人はユーザンほどではないが、それに近い実力はあるようだ。

装備から見て、ユーザンは人間相手の暴力担当で、こいつらは魔物相手なんだろう。

俺はそれでも負けるつもりはないが、新人たちがケガをする事態は避けたかった。


「バーンさん、オレたちもやれます。やらせてください!」


アレックスが言ってくれるが、新人冒険者が勝てる相手ではない。しかもどんな手を使ってくるか分からない。

なので首をふって下がらせた。


「こうなったのは俺の責任だ。お前らを巻き込んで悪かった。それに、心配する必要はない。俺には強い味方がいるんだからな。シロロ、やってくれるな?」


たずねると、ニヤリと笑って拳を前に出してきた。


「シャハハ、そこまで言うのなら仕方ない。ワレに任せるがいい。手加減なしに蹴散らしてやろうぞ」


「後始末の都合もあるから、せめて半殺しで止めてやってくれよ」


「それは向こうの耐久力によるな。シャハハ」


シロロは相変わらずの素手であり、防具も革の軽鎧と、その上からマントを羽織っているくらいだ。

彼女の持ち味はその見た目とは裏腹な攻撃力にあるので、動きを邪魔しない装備を好んでいた。


先鋒に出てきたのは、スキンヘッドの男だった。

手にした手甲は小さな棘がいくつもついている、そぎ取ることを目的とした凶悪なものだった。


「ふむ、見たことのない顔だな。そうか、お前が監察官の連れとやらか」


「くだらん前置きはいい。久々に思いっきり暴れられるのだ。さっさとやろうではないか」


「弱者に本気は出さぬよ。だからみっともなく逃げ回り、醜く悲鳴をあげてくれたまえ」


「シャハッ、鮫肌でワレに勝負を挑もうというのか。面白い。キサマはゆっくりと倒してやる」


シロロは取り出した水筒を開けて、右手を水で濡らした。こちらに放った水筒を、アレックスが受け取る。心配そうな顔でシロロを見ている。


「あいつの実力は知ってるだろ?大丈夫だよ」


「うん、わかってる」


「それでは先鋒戦、始め!」


審判が勝負の開始を告げる。

シロロが右腕を振りかぶりながら真正面から突っ込んでいき、相手も棘つきの手甲を構える。

お互いの間合いが重なった瞬間、シロロが踏み込み拳を振るった。

相手はその速度に驚きながらも、なんとか拳を合わせてくる。


相手の手甲は表面についた棘で削ぐことを目的としたものだ。そのため正面で当たるのではなく、手甲の背で受け流すクセがあるのだろう。それが彼の右腕を救った。


シロロの右拳は、相手の手甲をえぐった。

シロロの右手を濡らした水は、防御する膜であり、衝撃を100%伝える武装でもある。そのため、シロロの怪力は手甲の棘の全てを均等に押しつぶし、その下まで伝わった。結果、手甲の背がえぐれたようにヘコむことになった。


「ぐわあああ!!腕が、腕があ!!!」


男の悲鳴が修練場に響く。

シロロはそれを意に介さずに回し蹴りを打ち、男はもんどうりをうって倒れた。

いつまで待っても起き上がらない男を見て、シロロはがっかりしたように肩を落とした。


「し、勝者、監察官チーム」


審判が決着を告げる。


「監察官じゃないんだが、まあいいか」


水を扱う魔法だけなら、シロロはすでに俺以上だろう。

最初の時のように水に囲まれたステージで戦ったら、俺も危ないかもしれない。


ピーターは驚きのあまり、目を見開いていた。




向こうのチームメンバーは、俺を追い詰めるために選ばれた者たちだったのだろう。

続く者たちは打撃に強い、堅実な立ち回りをする者たちだった。おそらく、以前の俺の戦いぶりを分析していたに違いない。

勝てないまでも俺との戦闘を引き延ばし、疲れさせるのが目的だったのかもしれない。

だが、シロロの攻撃力の前には無力だった


倒れた者たちが修練場から次々と運び出されていき、残るは大将であるピーターだけとなった。


「クマより歯ごたえない相手ばかりだな。最後は誰だ?さっさと終わらせて、またクマ狩りでもやりたいのだがな」


あくびをするシロロの前に、ピーターが押されて出てきた。


「ちょ、あなたたち、なんで押すんですか。放しなさい!……っと、いけない。お見苦しいところを見せましたね」


服パタパタはたきながら言う。


「まさか私にまで順番がくるとは思っていませんでした。ですが、ここまで戦い続けたあなたはもう虫の息でしょう」


「まだ全然余裕だが?」


「……あぐっ。で、ですが、私は手加減などいたしません。私の武器はこの長いムチ。逃げられるとは思わないことですよ」


「逃げんぞ。その前にぶん殴るからな」


「……ぐぐっ。ふ、ふふっ。どうしてもというなら、降参してもいいですよ?私も悪魔ではありませんからね」


「おーい、審判。早く始めてくれ」


「ちょ、ちょっと待ちなさい。まだ話は」


「試合開始!」


「ちょっとお!?」


審判もどこか面白がっている気がする。ピーターは嫌われているのかもしれない。

シロロが一直線に迫る。それに向けて必死にムチを振るい、シロロはそれを払いのけようとした。


「そんなもの……っ痛ぇ!!」


ムチの途中を払ったが、しなった先がシロロの背中に当たった。

腕は補給した水で覆っていたが、背中は普通の皮鎧でしかない。そのせいでムチのダメージが伝わってしまったようだ。


「おっとお?これはチャンスですね。ほらほら、近づいて来てもいいですよ?殴るんじゃないですかねえ?」


ピーターはムチを振りまくり、シロロの前に壁をつくる。

シロロもムチを迎撃しようとするが、ムチを叩いても衝撃はピーターまで届かないので近寄る隙がないようだった。


「ククク、諦めたらどうですか?いつでも降参を認めてあげますよ?」


ニヤニヤ笑いを睨み付けて、シロロは歯ぎしりをしている。

その姿を見ていられなくて、思わず声をかけた。


「シロロ、その男を直接殴るのはあきらめろ」


「そうですよ。あなたが私を殴ることなんてできないんです。だから降参して、次の人に回した方がいいですよ」


シロロがこちらを睨んでくるが、それに向かって首を振る。


「お前のソレは、殴るだけじゃないだろ。さんざん俺が見せてきただろ。お前もやってみろよ」


そう声をかけると、シロロは首をかしげた。


「何をたくらんでいるか知りませんが、私のムチの防壁をやぶることなどできませんよ。そこの子供程度では、このムチを避けることなどできないのですから」


「そっか、これなら避ける必要ないのか」


「えっ」


シロロが右腕を振ると、手を覆っていた水が手のひらに集まり水の玉となった。それを、大きく振りかぶり、思いっきり投げる。


「ひゅっ」


水の玉はムチをすり抜け、ピーターの顔の横を通り過ぎ、観戦していた男を吹き飛ばした。


「むむ、意外と狙いがズレるな。ならもう一球だ」


小粒の魔晶石を砕いて、再び水の玉を作り出す。今度は先ほどよりも整ったフォームで、より力の入った一投だった。


「ぼぽぁっ!」


ピーターはムチで迎撃しようとしたが、水を払いのけることはできずに顔面に直撃した。

大きくのけぞっが、倒れずに踏みとどまる。


「お、おのれ。この私に水をかけるとは……」


「水玉ストレート!」


よろよろと立ち直ろうとしているところへ、さらにもう一球投げ込まれた。


「あふんっ!」


「あっ」


「あっ」


「「「あっ」」」


剛速球は狙いが外れて、ピーターの股間に直撃した。ムチを手から放し、股間を押さえて崩れ落ちる。

誰が見てもわかる、クリティカルヒットだった。


「的が小さいと狙いをつけるのが難しいなあ。バーン、あとで投擲について教えてくれ」


「もちろんだ。不幸な事故は、二度と起こしてはならない」


シロロ意外の全員が、管理官に向けて合掌した。

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